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神釣り ―天を裂く糸―  作者: おかゆフィッシング


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第20話 空の向こうから

静寂。

 黒翼の残骸が消え、風の音だけが残った。

 崩れかけた塔の隙間から射す光が、まるで湖面の反射のように揺れている。


 レンは剣を突き立て、肩で息をしていた。

 “糸を斬った”という感覚が、手のひらにまだ残っている。

 それは、魚の引きを断ち切った時の感触に似ていた――けれど違う。

 もっと、命の奥底に食い込むような、重たい感触。


「……空の糸も、こんな感じなのかな」

 ぽつりとこぼしたその声に、リュシアは微かに息を止めた。


「空の糸を……見たの?」

「見た。母さんが消えたときに」


 レンの声は静かだった。

 記憶をたぐるように、どこか遠くを見つめている。


「湖の上だった。光の糸みたいなのが空から垂れて……母さんの手に刺さって、

 気づいたら、空に引かれていって……」


 リュシアの喉が、小さく鳴った。

 その描写――覚えている。

 あの時、自分が使った糸の感触。

 人の体温が伝わるほど、近くで見た“恐怖の目”。


(やめて……思い出さないで……)

 心の奥で叫ぶ。けれど、レンの言葉は続く。


「その光を、もう一度見た。

 今日の戦いで、俺の中に同じ何かが流れた気がする。

 あの糸を斬れる気がした」


「……」

 リュシアは、答えられなかった。

 彼が斬ろうとしているのは、“空の糸”。

 それは同時に――自分が母を釣り上げた、その罪そのもの。


「リュシア、俺、あの空に行きたい。

 母さんがどこに行ったのか、知りたいんだ」


 リュシアの胸が痛む。

 母親を奪ったのは他でもない自分。

 けれど今、自分がその息子を守ろうとしている。


(私は……何をしてるの……?)


 唇を噛んだ。

 言葉にすれば、彼の心を壊す。

 沈黙しか、選べなかった。


 レンは空を見上げる。

 瓦礫の隙間から覗く青空。

 そこに、光の線がうっすらと揺れているのを感じた。


「釣りって、似てるな」

「え?」

「どんな魚が食うか分からないけど、糸を垂らす。

 でも、その先に誰かの手があるかもしれない。

 空も、きっとそうだ。俺は……もう一度、糸を垂らすよ」


 リュシアの喉が詰まった。

 その無邪気な決意が、胸を刺す。

 ――この少年は、私の罪の証。


 それでも、もう一度守りたいと思ってしまった。


「……空は、あなたを見ている」

「だったら、俺も見返してやる」


 レンの笑顔が、眩しく見えた。

 リュシアはそっと目を逸らし、振り返る。


「行きましょう。黒翼は終わっていない。

 空の向こうが、動き出している」


 二人が歩き出す。

 その背に、風が吹く。

 リュシアはもう一度だけ空を見上げた。

 あの日、自分が放った“神糸”が、まだ微かに輝いている。


 彼女の頬を、一筋の涙が伝った。

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