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神釣り ―天を裂く糸―  作者: おかゆフィッシング


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第14話 光の来訪者

夜の湖は、鏡のように静まり返っていた。

 月の光が水面を銀に染め、風も音も息を潜めている。


 レンは桟橋に腰を下ろし、竿を垂れていた。

 釣りをしているというより、何かを確かめるような眼差しで。

 その指先は小刻みに震えていた。


 ――また、来る気がする。


 水面の奥に、あの“白くて光る糸”が揺れている気がしてならない。

 見間違いであってほしい。

 けれど、胸の奥がざわめくたび、確信に変わっていく。


 「……あの日と同じ匂いがする」


 呟いた瞬間。

 風が止み、世界の色がわずかに変わった。


 湖面が月光を裂き、静かに波立つ。

 水の奥から――光が伸びてきた。

 細く、淡く、けれど確かに存在を主張するように。


 レンが息を呑む。


 やがて、その光の中から“何か”が降りてきた。

 水しぶきも音もない。

 ただ、光がほどけるように形を取る。


 ――人だ。


 白いローブを目深に被った女性...

白銀の髪が隙間から覗く。

 背に淡い光の羽をたたえ、月明かりを背負って立っていた。顔は見えない。しかし、直感で分かった。


 「……リュシア……さん?」

 レンが震える声で問う。


 女は答えない。

 ただ、湖の水を踏むように一歩進み――

 その目をまっすぐ、レンに向けた。


 「レン=カミナギ」


 その名を呼ぶ声は、夜気を震わせた。

 冷たく、美しく、そしてどこか痛みを含んでいる。


 「あなたに、伝えに来た」


 「伝える……?」


 女はかすかに首を振り、言葉を選ぶように口を開く。

 「――逃げて」


 「は?」

 理解が追いつかない。


 女はレンの前に立ち、空を見上げた。

 「すぐに“天”が動く。

  あなたは“観測対象”から、“駆除対象”に変わった。

  ここにいたら、消される」


 レンは一歩退いた。

 「駆除……? なんの話だ!」


 女は痛むように唇を噛む。

 「時間がない。わたしは命令を破ってここに来た。

  本当なら、あなたを――」

 その声が震えた。

 「――殺すように言われていた」


 その瞬間、背後の林が爆ぜた。


 「レンッ!」


 光陣が地を走る。

 マルタが駆け出してきた。

 その手には古い杖――いや、術式の媒介器が握られている。


 彼女の瞳がリュシアを捕らえた瞬間、結界が展開された。

 「“上の者”……! あんた、あの子を取りに来たのね!」


 「違う、やめて!」

 リュシアが叫ぶ。

 だがマルタの耳には届かない。


 「レンを守る!」

 マルタの掌から光が奔る。

 大地が震え、封環の輪がリュシアを包んだ。


 「くっ……!」

 リュシアの羽が広がり、光を打ち消そうとする。

 白と金の閃光がぶつかり合い、夜空が震えた。


 レンは立ちすくみ、ただ見ていた。

 「やめろ……! 二人とも!」


 叫びは風に飲まれる。

 マルタの足元に刻まれた術式が輝きを増し、湖面の霧を裂いた。


 「わたしの前で、また誰かを奪わせはしない!」


 その言葉に、リュシアの表情が一瞬だけ痛みに歪む。

 「奪いに来たんじゃない……! 守りに来たの!」


 「嘘を言うな!」


 光が爆ぜ、結界が破裂するように弾けた。

 飛び散った光粒が湖を照らす。


 その中心で、リュシアは片膝をついた。

 彼女の髪が風に散り、肩から血が滴る。


 それでも、彼女は立ち上がった。

 レンの方へ向き直り、震える声で言う。


 「レン……、もし、生き延びたいなら――東の森へ行って。

  “白の塔”の下に隠れなさい。

  次は、わたしじゃなく“黒翼”が来る」


 「黒翼……?」


 「彼らは迷わない。命令のためなら、子どもでも焼く。

  ――だから逃げて」


 マルタの表情が凍る。

 その声の真剣さに、敵意の裏にあった“迷い”が見えた。


 リュシアは光の羽を広げ、夜空を見上げる。

 「ごめん。

  本当は……もっと早く伝えたかった」


 光が弾け、彼女の姿が夜に溶けていく。

 残されたのは、羽の欠片と、言葉の余韻だけ。


 レンは拳を握りしめ、唇を震わせた。

 「逃げろって……どういうことだよ……」


 マルタがそっと彼の肩に手を置く。

 「……分からない。でも――あの子の涙は、嘘じゃなかった」


 月が雲間から顔を出す。

 湖面に映る二人の影が、静かに揺れた。

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