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神釣り ―天を裂く糸―  作者: おかゆフィッシング


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第11話 マルタの警鐘

村の夜は早い。

 太陽が落ちると、人々は焚き火を囲み、短い談笑のあと、あっという間に家に戻っていく。

 風の音と、湖面をなでる波の音だけが、夜を支配していた。


 レンはその夜、釣り竿を抱えて小屋の前に座っていた。

 糸を結び直しながら、ぼんやりと空を見上げる。


 ――この頃、どうも胸がざわつく。

 湖に立つと、背の奥で何かが“引かれる”ような感覚があるのだ。

 まるで誰かが、自分の心臓の糸を掴んで、ゆっくりと引き寄せているみたいに。


 「……レン、まだ起きてたの?」


 背後から声がした。

 振り向くと、マルタが薄い羽織をまとって立っていた。

 月明かりに照らされた少女の姿は、どこか儚く見える。


 「うん。眠れなくて」

 「また釣り?」

 「釣りっていうか……なんか、気になるんだ。あの湖」


 マルタはレンの隣に腰を下ろした。

 足元の草を撫でながら、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟く。


 「――あの女、信用しちゃだめ」


 レンは顔を上げた。

 「……リュシアさんのこと?」


 マルタは頷かない。ただ、視線を湖の方へ向ける。

 その瞳は淡く金色に光っていた。

 「昨日の夜、見たの。湖の上に光が走ってた。

  人の目には見えない……でも、あれは“呼ぶ糸”だと思う」


 「呼ぶ……?」


 「向こう側の世界から、何かを釣り上げる糸」

 マルタの声は震えていた。

 「おばさん(レンの母)を連れていった“あれ”と、同じ」


 その言葉に、レンの喉が詰まった。

 記憶の奥、母が光の中で宙に引かれていったあの瞬間が、鮮明に蘇る。


 ――まさか。

 リュシアが、あの“糸”を?


 だが、レンは首を振った。

 「リュシアさんがそんなことするわけない。

  だって、あの人は……優しいし」


 マルタは少しだけ悲しげに笑った。

 「優しい顔をしているほど、危ないんだよ」


 沈黙。

 遠くでフクロウの鳴く声が響く。

 湖面に映る月がゆらゆらと揺れ、まるで深い底から光に手を伸ばすように震えている。


 そのときだった。

 ――ピン、と空気が張り詰める。

 レンの首筋がぞくりとした。


 「……マルタ、今、なんか聞こえた?」

 「……ええ。糸の音」


 マルタがゆっくりと立ち上がる。

 金の瞳が夜の中で光り、手の中に淡い魔力の粒が浮かぶ。

 「やっぱり来てる。あの女、また……」


 だが、その瞬間――


 「こんばんは」


 背後から穏やかな声がした。

 振り返ると、リュシアが立っていた。

 白い衣が月光を反射し、まるで彼女自身が光をまとっているように見える。


 「こんな夜更けに……ずいぶん仲良しね?」

 「リュシアさん……」レンが立ち上がる。

 「釣りの練習?」

 「い、いや……」


 マルタが前に出た。

 「あなた、何をしてるの」

 「別に。夜風を感じに来ただけ」

 「嘘」


 リュシアはわずかに微笑んだ。

 その微笑は完璧に形づくられていて、どこにも感情が見えない。


 「嘘だと思うなら……そう思ってていいわ」

 その声は柔らかいのに、背筋が冷たくなるほどの威圧があった。


 マルタの瞳がわずかに揺れる。

 (――この人、本気で隠してる。

  何かを、“釣ってる”)


 風が吹いた。

 湖面がきらめき、三人の影を揺らす。

 その一瞬、リュシアの背に、淡い光の糸が伸びた。

 マルタだけが、それを見ていた。


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