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咎の上に咲く花

『記録の森の白雪姫』罪に記されたわたしと、皮肉な美青年の謎—咎の上に咲く花ー【完結記念】

作者: mythic shift

『罪に記されたわたしと、皮肉な美青年の謎ー咎の上に咲く花ー』の完結記念として、本編では語られなかった“もしも”の物語を、童話のかたちで描きました。

本作の報道官、リシュアンを「白雪姫」に見立てていますが、彼は一筋縄ではいきません。

予定調和的に与えられた“毒林檎”と、“記録”の構造が、ひとつの口づけによって、ほんの少しだけ予定を外れ、 消されかけた名前が──もう一度、世界に受け取られる。

そんなおとぎ話です。

【場面:王宮内・謁見の間、漆黒の鏡の前】


アデルは玉座の間の一角、重厚な緞帳に囲まれた"鏡"の前に立っていた。

鏡面は静かに揺らめき、淡い銀色の光を放っている。


【アデル(継母役)】

「鏡よ鏡。この王国で──誰がいちばん、正しく、美しい?」


しばしの沈黙ののち、鏡の中から静かな声が返ってくる。 どこか神官のような、しかし妙に皮肉めいた響きを持った声だった。


【ルドヴィス(鏡)】

「……昨年までは、あなた様でした」

「ですが、正しさとは記録の如し。移ろうものでもあります」


【アデル】

「……何が言いたい」


【ルドヴィス】

「"いま最も美しく、正しくある者"──それは、森に住まう青年」

「名はリュシアン。彼の声は澄んで、誰よりも深い問いを投げかけています」

「そして、その問いは、国の秩序にすら届く力を持ち始めました」


【アデル】

「……森の、誰だって?」

「そのような記録、見た覚えはないが?」


【ルドヴィス】

「そう。記録には、まだ"記されていない"のです」

「ですが、記されざる者こそが時に構造を揺らすもの。お気をつけて」


アデルの手が、玉座の肘掛をきつく握る。


【アデル】

「……其奴を"消せ"。その名が記録される前に、すべてを消去しろ」


【ルドヴィス】

「では、第一章を始めましょう。これは、記されなかった者たちの記録──」


鏡の奥で、頁が一枚めくれる音がした。



【場面:森の道端・午後、リュシアンが資料整理しているところ】


リュシアンは倒木に腰掛け、帳面を手にしていた。

額に薄っすらと汗が浮かび、時折ペンを持つ手を止めては深く息をついている。


日が傾きかける森の中、小鳥たちがさえずる横で、静かな時間が流れていた。


そのとき──草を踏む音が近づいてくる。


【ナディーラ】

「まあ、こんなところでお会いするなんて。偶然ね」


リュシアンは一瞬だけ顔を上げるが、表情は変えずに帳面を閉じた。

その動作がわずかに緩慢で、普段の彼らしくない。


【リュシアン】

「……用件をどうぞ。偶然を信じるほど、楽天的ではありません」


ナディーラは唇を吊り上げて笑い、籠を持ち上げる。


【ナディーラ】

「随分とお疲れのようね。顔色も優れないし……森で採れた林檎はいかが?」

「甘くて香りもいいし、体力回復にも効果的よ」


リュシアンの目が、林檎へと落ちる。 艶のある赤。だが──光の当たり方が、どこか不自然だった。


【リュシアン】

「……生産者の記録はありますか?」


【ナディーラ】

「……は?」


【リュシアン】

「最近の青果には、出荷記録と産地票が付くのが普通です」

「それがないということは、違法な流通品という解釈になりますが」


ナディーラの口元がひくつく。


【ナディーラ】

「……ふふっ、冗談も上手なのね」

「毒なんて入ってないわ。気になるなら──ほら、私が味見してあげてもいいのよ?」


【リュシアン】

「お気遣いなく。あなたの"味見"ほど、信用ならないものも珍しい」


ナディーラが一歩前に出る。


【ナディーラ】

「まあ……本当に警戒心が強いのね。だからこそ、殿下はあなたを──」


【リュシアン】

「それ以上は。"使者"なら、使命だけ果たしてください」


一触即発の空気が、枝の揺れに溶けていく。


【ルドヴィス(どこからともなく)】

「第二章:林檎の献上失敗。記録完了。次章へ移行する」



ナディーラを冷たくあしらい、扉を閉めた直後。


【リュシアン】

「……やれやれ。もう来ないといいんですが」


その声が終わらぬうちに、ふらりと身体が傾ぐ。 額に触れた指先は、ほんのり熱を帯びていた。


【リュシアン】

「……っと、これは……しまった」


そのまま、玄関に倒れる。


【ドック(症状の逐次記録係)】

「し、心配ですぞ……! 症状を記録せねば!」


【ハッピー(救急草担当/ポジティブ記録官)】

「誰か、薬草を!」 


【グランピー(記録基準の遵守担当)】

「ぬるま湯で額を冷やせ!手順を確認しろ!」


その混乱のさなか、扉がそっとノックされる。


【リア(王子)】

「こんにちは。……通りすがりなんですけど」

「騒ぎ声が聞こえたから」

「ちょうど林檎を、貰って……その、役に立つかなと思って」


【ドック・ハッピー・グランピー】

「救世主きたー!!」



慌てて通されたリアが、持参した林檎で手際よくすりおろしを始める。

一口分をスプーンにすくうリア。そして、ふと躊躇する。


【リア】

「念のため、私が先に味見しよう」


──スプーンを口に入れるリア。


【リア】

「…………」


【ドック】

「……どうです? 効能を記録いたします」


【リア】

「……なんか、甘い……けど、舌の奥が、しびれ──」


バタッ!!


【ハッピー】

「──おい、王子のほうが倒れたぞ!!?」


【グランピー】

「どうすんだよ!!手順が全部狂った!」


【ドック】

「お二人とも落ち着いてください。状況を整理しましょう」


……と、そのとき。 昏睡していたリュシアンの指が、わずかに動く。


【リュシアン】

「……うるさい……なんですか、この騒がしさ」


目を開け、隣で倒れているリアに気づく。


【リュシアン】

「……君、何やってるんですか」

「まったく、僕が倒れる予定だったのに」


ため息をひとつ。


【リュシアン】

「役割が逆じゃないですか」

「なるべく、決められた筋書きを平和的に回避しようと思ってたのに」


少し間をおいて、優しくリアに近づく。


【リュシアン】

「……仕方ないですね。今回は、僕の番です」


そう呟くと、そっと顔を近づけ──


【リュシアン】

「"おとぎ話"なら、ここで目覚めるはずですよ、王子」


唇を重ねたその刹那──


【リア(夢うつつ)】

「……リュ……シアン……?」


薄く目を開けたその瞳に映ったのは、確かに彼の姿だった。


二人とも、しばらく見つめ合ったまま動けない。

リュシアンの頬がほんのり林檎色に染まり、リアも戸惑ったように瞬きを繰り返す。


【リア】

「えっと……今、何を……?」


【リュシアン】

「…………医療行為です」


【リア】

「医療行為?」


【リュシアン】

「……おとぎ話における、標準的な蘇生術です」

「治療として、やむを得ず、ですね」


【ドック】

「記録いたします!『医療行為としての口づけ』!」


【リュシアン】

「記録しなくていいです!!」


そのとき、ふと部屋の隅にある古びた鏡に目が留まる。

光の加減か──鏡の中に、見慣れない男が映っていた。


【ルドヴィス(鏡越し)】

「……なるほど。“記されざる感情”ほど、物語を揺らすものはない」

「構造が微笑む瞬間だ。こういう"例外"を、私は愛してやまない」

「第三章──“予定外の口づけ”。記録、完了」


リュシアンが鏡に近づこうとすると、像はすっと消える。


【リュシアン】

「……鏡まで、皮肉を言うとは」


【リア(まだぼーっとしながら)】

「……助けてくれて、ありがとう」


リアは少し目を伏せて、続けた。


【リア(まだぼーっとしながら)】

「でも、さっきの……ちょっとだけうれしかった」


【リュシアン】

「何がですか?」


【リア】

「……キス。記録には……残さないでくださいね」


【リュシアン】

「……それは困りましたね。記憶に残ってしまったので」


【ドック・ハッピー・グランピー】

「おおおおー!!」


【リュシアン】

「君たち、仕事に戻ってください!!」


──The End.

読了いただきありがとうございました!

来月初旬より別キャラクターの本編公開予定です。

おたのしみに!

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