8
「また、今日もあいつは闘技を見に来ないのか。」
ため息交じりにつぶやくのは、8代目聖剣士にして
現セジア国王ラディア。
ジュラーム・J・ラディア
初代国王から数えて11代目にあたるこの現国王は
初代の血を一番色濃く継いだと噂される
技量の持ち主。
セジアにこの人あり、ラディアが安泰なうちは
セジアは大陸最強を歌い続けられると、誰もが
認める人物である。
個人技もさることながら、国を治める術もまた
長けていて、ラディアが国王に就いてから
セジアはより屈強に、また国自体も大きくなった。
そんなラディアにも、一つだけ不安要素がある。
後継者だ。
戦いに、まつりごとに費やしてきた人生なためか
早くにお妃を迎えながらも、子には恵まれずに
長くいたのだが、やっと一人だけ授かった子が
女子、つまり王女だったのだ。
女子であれ、強ければ認められるこの国。
もちろん、王女にも剣技を仕込もうと躍起になるが
本人はそれを嫌っている。
闘技に嫌悪を抱く王女に、なんとか興味を持たせたい。
その考えで、闘技場を見ることを促し続けて
いるのだが・・・。
「何とかならないのか、セス。」
そう国王は、自分の座る椅子の後ろにいる人物に
声をかける。
「難しいですね。王女様がご自身から興味を
持たない限り、闘技をご覧になることは
無いでしょうから。」
国王に対し、穏やかだがはっきりとした物言い。
セス=エファス司祭。
先日、ジュンを治療した司祭である。
現国王と司祭の間柄であるが、旧友でもある2人。
ラディアにとってこの国で唯一、完全な
信頼をおける相手。
「それは分かっている。
そこを何とかしたいと言っているんだが。」
椅子の肘掛に頬杖をつき、仏頂面に言葉を返す。
あれやこれやと手をうち、その全てが実にならず
今に至っているのだから、良い返事が返ってくるという
期待も無く聞いている。
「良い芽が育ちつつあります。もうしばらく
お待ち下さい。」
予想外の返事。驚きのあまり、立ち上がって振り返る。
セスの穏やかな、だが凛とした笑み。
その笑みを見た国王は、顔をひきつらせる。
「言わぬつもりか。
お前は昔からいつもそうだ。そうやって軽く触れて
肝心な事は何一つ教えない。」
頭を掻きながら、長年連れ添った相棒の性格を
痛感していた。
「だが、お前がその顔をした時
悪い方向に進んだことは一度も無いんだがな。」
苦笑しながら椅子に座りなおす。
「変わらないな、お前は。
だが、久しぶりに見たよ。お前の企みの笑み。
どうするのか、楽しみに待っているとしよう。」
「ありがとうございます。」
ラディアは眼下で行われてる闘技を眺めながら
どんな手を使うつもりかとあれこれ考えに
更けていった。
一ヶ月が過ぎた。
あれから、ぐだぐだな戦いながらも何とか
生き残っている。
今日も日課のトレーニング中。
最近何とか、鎧を着けても走ったり飛んだり
出来るようになってきた。
俺も成長するんだなぁ・・・
隣のパシムも、無事に生き残ってくれている。
やかましいと思う日も多いのだが、いない時間は
まだ不安は消えない。あいつが戦いに行っている時間は
いてくれる存在の大きさを痛感させられる時間だ。
「それで、この間の相手がよ~・・・」
「で、そいつがまた腕っぷし強くてな」
「ここで俺がこう受けたのよ!」
よくしゃべる・・・やっぱりやかましい・・・。
だいたい、こう受けたのよって言われたって
壁の向こうで行動されているから、全然
見えないんだよなぁ。
しかも、この話・・・
いったい俺何回聞いたんだろう?
もくもくとトレーニングを続けてる俺に構わず
ひたすらにしゃべり続け、たまに
「聞いてるか?」と相槌を促される毎日。
それでも、俺はこの部屋で良かったとつくづく思う。
それにしても、パシムは情報量が多い。
きっと部屋を出て、闘技場に行く道すがらも
案内人にあれこれ話しかけているんだろうな・・・。
ふと、ひたすら話しかけられている無愛想な案内人の
苦痛そうな顔が浮かぶ。
案内人の顔もローブであまり見えないけど、そんな
想像したら思わず吹き出して
「?、なんか笑うようなこと言ったか?俺。」
の返事に声を上げて笑った。
なんか、久しぶりに声を出して笑えた気がする。
それにしても、いつになったらこの状況を
抜け出せるんだろう・・・。
仮に、一週間に一人と戦って、50人に勝つって
いうと・・・。
7日×50人で350日!ほぼ一年じゃん!
・・・こりゃ入試も卒業もだめだ。
でも、現状それしかここを出る手が
ないんだよなぁ・・・。
滅入る気持ちに、今やれることをやるしかないと
言い聞かせ、また身体を動かし始めた。
ガチャン
廊下の扉の開く音だ・・・何度聞いても
嫌な音だよ・・・。
この間パシムが行ったから俺か?
案の定、俺の扉の鍵を開ける音が聞こえた。
「ジュン!頑張れよ!」
「ありがと。行ってくるよ。」
なんだか、戻るべき場所がある気がして
安心感を覚える。
また、今日も戦うために、一歩踏み出した。