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武具部屋の前で鎧を外してもらう。
胸に激痛が走った。
痛みと罵声の遠ざかりが、混乱していた頭を少し
鮮明にする。
胸の痛みが尋常じゃない。
おそらく肋骨が折れているんだろう。
このまま次を戦うのか?
一週間やそこらじゃ治りきらない。
様子を見ていた案内人が、武具部屋の隣の部屋に
入るように促した。
部屋の中はこじんまりとした、だが珍しく壁に装飾が
施してある部屋。
部屋の真ん中にはベットが一つ。そこに寝るように
促され、しばらくして反対の扉から一人の人物が
現われた。
案内人と違う、白?白銀?のローブに装飾。
位が上っぽいらしく、案内人は頭を下げて部屋から
退出した。
その人物が、寝ている俺の胸に手を添え、なにやら
ぶつぶつ呟き始めた。
何をされる?という不安は、添えられた手から来る
温かさに消えていく。
ものすごく心地の良い温かさ。
冬の陽だまりに居るような感覚。
3分くらいか、その状態が続き呟きが止まる。
同時に温かさも消えた。
何だったんだ?でも、気持ち良かった。
・・・あれ?・・・え??痛みが無い?
「え?、ええ??何で?」
聞こうとする俺を制し、話しかけられた。
「何故、相手に止めをさそうとされないのですか?」
穏やかな口調。
端正で優しげな顔つきに安心感を覚える。
だが、意志の強そうな声。
返事に困った。
というか、今の出来事に頭が混乱して考えが
まとまらない。
「え、っと・・・今のは何?」
「聞いているのはこちらです。」
確かに先に聞かれた。落ち着こう、まず。
「殺したくないから。人同士が殺しあうなんて
信じられない。」
「ここはそういう国と知って来たのでしょう?」
長々と、今の自分の状況を説明しようかと思ったけど
そこまで頭は落ち着いてくれなかった。
「嫌なものは嫌なんです!」
子供のような返事をしてしまったと思い、付け足す。
「この国と違い、俺は人の命の尊さを教える国で
育ちました。
殺すことが正義なんて、とても思えない。」
「なるほど。ですがこの先、より辛い状況に
なりますよ?」
ぐ・・・。
「それでも、出来ることなら殺したくない。」
「そうですか。御武運を祈ります。」
それだけを告げ、来た扉に戻っていった。
こっちの質問もあったのに・・・。
「そりゃ、癒しの魔法だろ?
ありゃ気持ち良いよなぁ。」
「癒しの魔法かぁ。魔法・・・魔法??」
「なんだ?ジュン。魔法も知らないのか?って言っても
俺もここに来て初めて見たんだけどな。」
魔法・・・そりゃ、ゲームや漫画の世界じゃ
知ってるさ。
だけど、本当にあるって・・・。
いよいよ、自分の居た世界から遠くなった事を
実感させられた。
「あれ?魔法があるって事は、死んだ人も
生き返らせたり出来るの?」
「はぁ?んな話聞いたこともねぇぞ?
俺も魔法に詳しくはないけど、そんなのが
出来るわけないだろ?」
やっぱり、ゲームや漫画ほど都合よくは無いのか。
確かに、癒しの魔法もゲームなんかじゃ一瞬だけど
それなりに時間かかってたもんな。
「魔法が使える人間はあんま居ないからな。
ここくらい大きな国なら、何人も居るんだろうけど
俺のところみたいな田舎じゃ、よほどじゃない限り
居ねえよ。」
殺したり、殺されたりしても復活出来るんじゃって
気持ちは、あっさり却下になった。
「じゃあ、負けて生き残った人も
治してもらってるの?」
「いや、それはしてくれないらしいぞ?血止め
くらいはするみたいだけど、切り落とされた腕や足を
くっつけるのはすごい金かかるらしいぜ。
って、これは、案内人の受け売りだけどな。」
ますます安易に負けられない・・・。
「勝ち残れば治してもらえるんだ?」
「傷がひどい時はな。
次の出番まで早くて7日くらいなんだが、それまでに
治りそうな傷なら、食事の時に持ってきてくれる薬草で
治せって事みたいだ。」
そういえば、俺も背中の切り傷は
治してもらえなかった。
「ってか、あの苦い草はおかずじゃなく
薬草だったんだ・・・。俺食っちまったよ。
あれどうやって使うの?」
「あっはっはっは!食っちまうやつとか初めて聞いた!
すり潰して出た葉の汁に効能があるから
すり潰した葉を傷口にあてるんだけど、食って
治ったなら、食っても効果あるんだな。」
一つ良いこと教わったよと言われたが、ものすごく
釈然としない。
「もともと、魔法の治療を受けようとするには
莫大な金額が必要みたいだからな。
だから、俺たちみたいな平民はされたことも
頼んだこともない。
城にはお抱えの司祭や、修道士がいるから
やってくれるんだろうが、細かいのは自力で治せって
事なんだろ。」
とりあえず、大きな傷受けても勝てば
治してもらえるって事か。
「やっぱり、生きて出るには勝ち抜くしか
ないのか・・・」
「今回は止め、させたのか?」
「出来るわけないじゃん。そんな事。」
「しなかったのか?大丈夫だったのか?観客とか。」
「大ブーイング。臆病者やらなんやら言われたよ。」
「ダイブーイ?あぁ、罵声の事か。
まぁそれくらいじゃすまなくなってくぞ?」
「どういう事?」
「あいつらは賭けをしてるからな。負けを期待すれば
そっちに賭けないだろ?金が懸かってるんだ。
なんとしてでも負けさせたくなるさ。」
尋常じゃない罵声は、そこからきてたのか。
「司祭?かな。白銀のローブ着た人にも言われた。
この先辛くなるって。」
「しゃべったのか?司祭様と。珍しいな。
まず下のもんには声なんてかけないんだけどな。
というか、治療に来る事自体珍しい。」
「へぇ?穏やかそうなイケメンで、そんな
いけ好かない感じに見えなかったけどな。」
まぁ、とりあえず辛いのは間違いないんだろうな。
でも、だから殺せと言われても、出来ないものは
出来ない。
がんばって強くなるしかないって事か。
魔法のおかげで元気になっている身体に
また鞭を入れ始めた。