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「お隣さん、お隣さん!」
どこからかかけられた声に意識が戻る。
ビクっと起きると同時に背中の痛み。
顔をしかめながら、声のする入り口に歩き出した。
ものすごく身体がダルイ。
「お隣さん、起きた?俺はパシムってんだ。
あんたは?」
隣の部屋の住人なのだろう。声だけが廊下を伝って
聞こえてくる。
一瞬、英語みたいに下の名前から言うのかな?などと
場違いな疑問が浮かんだが
「沖田 純」
「起きた順?」
「オキタ ジュン!」
「んじゃ、ジュンでいいな。ジュンはどこから
来たんだ?」
この質問に、初めて自分の今の状況と聞きたいことの
多さを思い出す。
「ここ、ここはどこ?」
「は?」
「なんで人同士殺しあってんの??」
「どうやったらここから出られるの?」
「なんでこんなところに閉じ込められて」
「おい、おい!ちょっと待て!何を言っているんだ?
言っていることがよく分からないぞ。」
あ・・・落ち着け、落ち着け・・・。
ス~~~ッ、ハ~~~。
「すみません、まず、ここは何て言う国ですか?」
「は?おいおい大丈夫か?
ここはセジア、傭兵王国セジアだぞ?」
「傭兵王国セジア???初めて聞く・・・。」
「はぁ?ジュンは聖剣士になるために、ここに
来たんじゃないのか?」
会話が噛み合ってない。
「ん~、ここはどのあたりの国なんですか?ヨーロッパ?アメリカ?」
「ヨーロッパ?アメ・・?どこの国だ?それ。」
やばい・・・、一個ずつ聞いてるつもりなのに
全然繋がらない・・・。
「じゃあ、ここから出られる方法って何か
ないですか?」
同じ牢屋に入ってる人に聞く質問じゃないかも
しれないけど、聞かずには居られなかった。
「ここから出る?そりゃ、負けて死ぬか勝って
闘士になるかしかねぇなぁ。」
「死・・・んん。負けるとか勝つって?勝って
闘士っていうのは?」
「本当、何も知らないんだな、ジュン。
よく生き残ったな。ここセジアじゃ、闘士や聖剣士を
選ぶために、数ヶ月に一度、人を集めて戦わせるんだ。
さっきしたのが、ふるいにかけるみたいなもんだな。
そこから今度は、一対一で戦い勝ち抜いていく。
50人勝ち抜ければ晴れて闘士になって、この城の
外に出られるってことだ。分かったか?」
「って、50人!?んな無茶な??」
「無茶でも何でも、やらなきゃ出られないんだよ。
ここに来たからには。っていうかここに来る奴は
大体自分から来るもんなんだぜ?
ジュンみたいに、何でいるのか分からないなんていう
奴はいねぇからなぁ。」
「自分から?なんで殺し合いしに?」
「そりゃここの聖剣士になるためよ!なれりゃ
他の国なら一国の王にだってなれるくらいだからな。
闘士だって、なれりゃ傭兵として食いっぱぐれること
無くなるしよ。」
「じゃぁ、・・・え~、パシムだっけ。パシムも
なるために?」
「もちろんさ。家は貧しいからなぁ。
聖剣士になって偉くなって、家の連中を全員楽に
暮らさせてやるんだ。」
「そっか・・・大変なんだな・・・。
で、何とか負けて無事出る方法は無いの?」
「負けは戦闘不能になるか死ぬかなんだけどよ。
気絶とか、腕か足か切り落とされても
戦闘不能なんだろうが・・・。
まぁ行けば分かる。」
「え・・・それって」
言葉を遮るように、外から鐘の音が聞こえてくる。
「昼飯だ!」
はしゃぐパシム。微妙に不安な言葉を残したまま
話は途切れた。
運ばれてきた昼食を、あっという間に食べ終えたのか
隣からいびきが聞こえ始めた。
なんでそんなに気楽にいられるのか・・・少々
羨ましいくらいだった。
これから起こる自分の身の危険・・・それを思うと
食えない寝付けない。
なんとか、気絶したふりで生き延びて出られないか。そのことばかりを考えていた。
数日が過ぎた。
まるで死を宣告されてるような日々。
不安感と絶望感につぶされそうになりながらも
唯一の話し相手であるパシムの気楽さに
少しだけ助けられていた。
ガチャン
不意に、廊下の扉の開く音。食事の鐘は鳴っていない。
神経が切れんばかりに張る。
扉の鍵を開ける音。
この部屋じゃない。パシムの部屋だ。
「よっしゃー!出番だ!」
なぜそんなに喜べるのか、本当に不思議になる。
「パシム!がんばれ!!」
叫ばずにはいられない。
今、おかしくならないでいられるのは、パシムが
いるからだ。
まかせておけ!という言葉を最後に、廊下から
出たのか、部屋に静けさが戻る。
いつもなら、ほうっておいても喋るパシムがいないと
こんなにも静かになるのか。
遠くの水受けから落ちる水滴の音が、耳元で
聞こえるようだ。
不安で潰されそうになる。
「パシム・・・戻ってきてくれ・・・」
祈るような、つぶやくような声でそれだけを
口にしていた。
ガチャ
扉の開く音。何時間経ったのだろうか?それとも
数分だったのか?
再び、隣の扉の開く音が聞こえ
「お疲れさん。」
案内人の無愛想な声が響き、扉の閉まる音。
廊下の扉の閉まる音が鳴るが早いか
弾けた声が飛んできた。
「いょっしゃー!ジュン!勝ってきたぞ!」
ものすごい安堵と大粒の涙があふれた。
涙声を聞かれるのがシャクだったから、ぐっと腹に
力を込め
「おつかれ、おめでと」
だけを言葉にした。
ひたすら、パシムの武勇伝を繰り返し聞き続け
次の日が来た。
安堵の大きさからだったのか、張っていた神経が
少し緩んでいた時。
ガチャン・・・廊下の扉の開く音。
全身の毛穴が開くような、心臓が飛び出すような
緊張感。
俺の扉の鍵を開ける音がする!
硬直して身動きが取れない。呼吸が出来ない。
案内人が目の前に現れた。ひざが震えて
歩き出せない。その時
「ジュン!どんな理由であれ、今ここに
いちまってるんだ!生き残れ!
国には逢いたい人とかいるんじゃないのか!」
この言葉で、両親、理子、友人たちが浮かび上がる。
久しぶりに思い出した顔。
自分に必死で思い出せずにいた顔。
「生きたい、帰りたい。」
案内人のうるさいとの叱咤も関係無く、叫び続けて
くれているパシム。
生き残ってやる、絶対に生き残ってやる!
ずっとあきらめ続けていた心の中に、初めて
心の底から、生き残ろうとする気持ちが湧き出した。