六.バッドボーイズ
「たろー、はよ起きなー。おくれるよー」
(げっ、もう朝だ。早くいかねえと)
「いってきまーす」
パンをかじりながら太郎は慌てて家を飛び出した。
『秘儀 エレメンタル・ドライブーーー』
あの感触は今でも手に残っている。まさか俺は異世界からきた鳥人なのか。それともただの夢なのか。
「おはよーございまーす」
「うぃーっす」
皆が体育館の中央にあつまって、ピーという笛の音と共にいつものよう朝練がに始まった。
レイアーーップ
先生の掛け声とともに、皆がコートの端っこに整列して順番にシュートを打ち込んでいった。太郎は自分の番がなぜか待ち遠しかった。エレメンタル・ドライブ。もしかして、今ならできるかもしれない。
「太郎、ぼーとしてんな。早くいけ」
先生の声にはっとして太郎はリングに向かって走った。ポンと投げられたボールを受け取った太郎はあのイメージを思い出した。
(いくぜ。秘儀 アルティメット・ダーーーンク)
太郎の体がふわりと宙に浮かんだ。おおーと全員が声を上げた。ボールはポーンとボードに当たり、見当違いの所に飛んで行った。
「おい、まじめにやれー」
先生の怒りの声に太郎は首をすくめた。やっぱこうなるよな。ちらりと伊賀のこちらを見る顔が見えた。何かに驚く顔。あれ? 俺のシュート何かおかしかったか?
「太郎、さっきのやつだけど」
「ん? あのレイアップの事?」
教室の席に着いた後、伊賀が神妙な顔をして聞いてきた。何か予感がして太郎はごくりと唾を飲んだ。何か思い出したのか。やはり俺はイカロス?
「いや、レイアップじゃなくて。気づかなかった? 西本君が体育館の入り口に立ってたの」
「西本が? まじで?」
予想外の返事に肩透かしに会いながらも太郎は驚いた。西本はあれから三か月。一度も学校にきていない。体調不良で親の実家に帰っている、先生の説明に首を傾げた。そんなナイーブなやつだっけか?
「彼の真っ黒に日に焼けした顔。髭を生やして、ぼさぼさに伸ばした髪。まるで荒行事からかえってきたような」
「まじか。あいつもしかして山にこもって修行でもしてたのかな。漫画じゃあるまいし」
「漫画でわるかったな」
突然の声に慌てて振り返った。西本が立っていた。伸ばした髪を後ろでくくり、真っ黒に日焼けした顔。髭はさすがにそっているみたいだが。呆気にとられる太郎の頭越しに西本は伊賀に話しかけた。
「伊賀。おめーだけは許せねえ。だが、俺は変わった。今日、決着をつけてやる。じゃあな」
伊賀は何かを感じたのか顔を壊らばせてじっと固まっている。
(こんな顔をする伊賀を見るのは初めてだ)
太郎はどきどきしながら立ち去る西本を見つめた。
※
体育館はいつもと違って不穏な雰囲気になっていた。西本、まじであいつか? なんか前にもましてガラがわるくなってねぇか。
「伊賀、おめーは確かにうまい。俺なんかじゃ足元にも及ばねえ。だが、俺は見つけたぜ。お前の攻略をな」
「攻略?」
眉をひそめる伊賀が西本からボールをうけとった。
「さあ、こい。伊賀!!」
いつも違い厳しい顔をした伊賀がボールを上に掲げた。西本は両手を広げてじっと腰を落としている。
(いったい西本は何をするつもりだ?)
息を飲んで見守る太郎が汗を拭いた瞬間、伊賀が鋭く動いた。
ストップ・アンド・ゴー
伊賀のドライブの秘密。速度ゼロから突然に百キロに移行する、驚愕の超加速。しかも相手の重心の逆を常につく選眼。派手なテクニック、つまり無駄な動きが一切ない、洗練された、完璧な動き。前と同じく西本はあっさりと抜かれた。
(なんだ、何にもかわってないじゃんか)
その後の予想外の西本の動きに太郎は目を丸めた。後ろから伊賀に襲いかかり、上からボールを押さえつけた。
ピー
先生が笛を鳴らした。
「ファウルだぞ、西本。伊賀、大丈夫か?」
「はい」
倒れた伊賀は落ち着いた様子で立ち上がった。けっ、西本が小さくつぶやいた。
「おい、西本。何やってんだ。そんなことしたら危ないだろ」
辻が大きな声を上げた。そうだー、皆が一斉に西本を責めた。
「うっせー」
西本がボールを拾って、伊賀に投げた。
「ファールだからな。もう一回お前の番だ」
その後の展開に太郎は呆気にとられた。西本の激しい、激しすぎるディフェンスに伊賀は苦しめられているように見えた。がつがつと肘やひざをぶつけて、密着する西本。先生も笛を吹こうか迷っている。ファールぎりぎりの微妙なコンタクトを西本は巧妙に攻めていた。
どん
西本の体があたって伊賀が倒れた。
ピー
「ファイルだ。西本」
たまらず先生が笛を吹いた。
(こんなのバスケじゃねぇ)
太郎は悔しくて拳を震わせた。女性陣は黙り込み、里奈は涙を浮かべている。
「今日はこれぐらいにしておいてやるか」
西本が嫌味な顔を浮かべて体育館を出て行った。
「伊賀、大丈夫か?」
皆が慌てて駆け寄った。大丈夫です。伊賀はふらつきながらも立ち上がった。
「バッドボーイズか……」
ため息をついて小さくつぶやいた先生の声に、太郎は眉をひそめた。バッド?
「偉大な神を倒すために、愚かな人間が導いた答え。かつてのNBAのスーパースター、マイケルジョーダンを潰そうと、悪童達が編み出した禁断の業。反則まがいの、いっ歩間違えばただの暴力ともいえる強硬策。確かに伊賀を止めるにはその方法しかないのかもしれんが」
西本の去った先を見つめた先生は、頭を振って再びため息をついた。