表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

六.バッドボーイズ

「たろー、はよ起きなー。おくれるよー」


(げっ、もう朝だ。早くいかねえと)


「いってきまーす」


 パンをかじりながら太郎は慌てて家を飛び出した。

 

『秘儀 エレメンタル・ドライブーーー』


 あの感触は今でも手に残っている。まさか俺は異世界からきた鳥人(イカロス)なのか。それともただの夢なのか。

 

「おはよーございまーす」


「うぃーっす」


 皆が体育館の中央にあつまって、ピーという笛の音と共にいつものよう朝練がに始まった。

 

 レイアーーップ

 

 先生の掛け声とともに、皆がコートの端っこに整列して順番にシュートを打ち込んでいった。太郎は自分の番がなぜか待ち遠しかった。エレメンタル・ドライブ。もしかして、今ならできるかもしれない。

 

「太郎、ぼーとしてんな。早くいけ」


 先生の声にはっとして太郎はリングに向かって走った。ポンと投げられたボールを受け取った太郎はあのイメージを思い出した。

 

(いくぜ。秘儀 アルティメット・ダーーーンク)


 太郎の体がふわりと宙に浮かんだ。おおーと全員が声を上げた。ボールはポーンとボードに当たり、見当違いの所に飛んで行った。

 

「おい、まじめにやれー」


 先生の怒りの声に太郎は首をすくめた。やっぱこうなるよな。ちらりと伊賀のこちらを見る顔が見えた。何かに驚く顔。あれ? 俺のシュート何かおかしかったか?

 

「太郎、さっきのやつだけど」


「ん? あのレイアップの事?」


 教室の席に着いた後、伊賀が神妙な顔をして聞いてきた。何か予感がして太郎はごくりと唾を飲んだ。何か思い出したのか。やはり俺はイカロス?

 

「いや、レイアップじゃなくて。気づかなかった? 西本君が体育館の入り口に立ってたの」


「西本が? まじで?」


 予想外の返事に肩透かしに会いながらも太郎は驚いた。西本はあれから三か月。一度も学校にきていない。体調不良で親の実家に帰っている、先生の説明に首を傾げた。そんなナイーブなやつだっけか?

 

「彼の真っ黒に日に焼けした顔。髭を生やして、ぼさぼさに伸ばした髪。まるで荒行事からかえってきたような」


「まじか。あいつもしかして山にこもって修行でもしてたのかな。漫画じゃあるまいし」


「漫画でわるかったな」


 突然の声に慌てて振り返った。西本が立っていた。伸ばした髪を後ろでくくり、真っ黒に日焼けした顔。髭はさすがにそっているみたいだが。呆気にとられる太郎の頭越しに西本は伊賀に話しかけた。


「伊賀。おめーだけは許せねえ。だが、俺は変わった。今日、決着をつけてやる。じゃあな」


 伊賀は何かを感じたのか顔を壊らばせてじっと固まっている。

 

(こんな顔をする伊賀を見るのは初めてだ)


 太郎はどきどきしながら立ち去る西本を見つめた。

 

      ※


 体育館はいつもと違って不穏な雰囲気になっていた。西本、まじであいつか? なんか前にもましてガラがわるくなってねぇか。

 

「伊賀、おめーは確かにうまい。俺なんかじゃ足元にも及ばねえ。だが、俺は見つけたぜ。お前の攻略をな」


「攻略?」


 眉をひそめる伊賀が西本からボールをうけとった。

 

「さあ、こい。伊賀!!」


 いつも違い厳しい顔をした伊賀がボールを上に掲げた。西本は両手を広げてじっと腰を落としている。

 

(いったい西本は何をするつもりだ?)


 息を飲んで見守る太郎が汗を拭いた瞬間、伊賀が鋭く動いた。

 

 ストップ・アンド・ゴー

 

 伊賀のドライブの秘密。速度ゼロから突然に百キロに移行する、驚愕の超加速。しかも相手の重心の逆を常につく選眼。派手なテクニック、つまり無駄な動きが一切ない、洗練された、完璧な動き。前と同じく西本はあっさりと抜かれた。

 

(なんだ、何にもかわってないじゃんか)


 その後の予想外の西本の動きに太郎は目を丸めた。後ろから伊賀に襲いかかり、上からボールを押さえつけた。

 

 ピー 

 

 先生が笛を鳴らした。

 

「ファウルだぞ、西本。伊賀、大丈夫か?」


「はい」


 倒れた伊賀は落ち着いた様子で立ち上がった。けっ、西本が小さくつぶやいた。

 

「おい、西本。何やってんだ。そんなことしたら危ないだろ」


 辻が大きな声を上げた。そうだー、皆が一斉に西本を責めた。

 

「うっせー」


 西本がボールを拾って、伊賀に投げた。

 

「ファールだからな。もう一回お前の番だ」


 その後の展開に太郎は呆気にとられた。西本の激しい、激しすぎるディフェンスに伊賀は苦しめられているように見えた。がつがつと肘やひざをぶつけて、密着する西本。先生も笛を吹こうか迷っている。ファールぎりぎりの微妙なコンタクトを西本は巧妙に攻めていた。

 

 どん

 

 西本の体があたって伊賀が倒れた。

 

 ピー

 

 「ファイルだ。西本」

 

 たまらず先生が笛を吹いた。

 

(こんなのバスケじゃねぇ)


 太郎は悔しくて拳を震わせた。女性陣は黙り込み、里奈は涙を浮かべている。


「今日はこれぐらいにしておいてやるか」


 西本が嫌味な顔を浮かべて体育館を出て行った。

 

「伊賀、大丈夫か?」


 皆が慌てて駆け寄った。大丈夫です。伊賀はふらつきながらも立ち上がった。

 

「バッドボーイズか……」


 ため息をついて小さくつぶやいた先生の声に、太郎は眉をひそめた。バッド?

 

「偉大な神を倒すために、愚かな人間が導いた答え。かつてのNBAのスーパースター、マイケルジョーダンを潰そうと、悪童達が編み出した禁断の業。反則まがいの、いっ歩間違えばただの暴力ともいえる強硬策。確かに伊賀を止めるにはその方法しかないのかもしれんが」


 西本の去った先を見つめた先生は、頭を振って再びため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ