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五.逆異世界転生

 翌日の朝練。珍しく西本は顔を見せなかった。どまどった辻はあきれ返った。


「なんだ、あいつ。ずる休みか? まあ、いいか。おーい伊賀。1オン1やろうぜ。お手柔らかにな」


 すぐに気を取り直した辻はニコニコと伊賀の方へ走って行った。

 

(西本のやつ、大丈夫かな)


 太郎は心配になったが、それ以上は特に気にしなかった。ぐちぐち言うやつは今日はいない。モップ掛けはさぼってやろう。意気揚々と体育館に入ると、伊賀がモップをかけていた。隣で辻が口を膨らませて待ちぼうけている。あわてて太郎もモップを取りに行った。

 

「おはよう」


 太郎は伊賀の隣までさっと床を拭きながら近づいた。おはよう。伊賀はいつものように淡々と答えた。昨日の伊賀のあの話。小説の主人公の記憶。あれはいったいどういう意味なんだろう。

 

「昨日の件なんだけど、何かわかった?」


「いや、特にあれ以上は何も」


「そっか」


 太郎と伊賀は黙って床を拭いた。ピー 集合!! 西本がいない以外はいつも通りの朝練が始まった。

 

      ※

      

 キーンコーン

 

 昼休み、太郎は弁当を食べた後、いつものように机に伏せて寝ぼけていた。昨日は遅くまで異世界転生の小説を読んでいた。加えて朝練。寝不足がたたったな。隣の伊賀を見ると、何かをじっと見ていた。

 

(何を読んでんだ……あっ)


 〝Dunk of Destiny〟 貸してとせがまれて渡した本をまさか学校に持ってきてるなんて。慌てた太郎は、きょろきょろと周りを見回した。

 

「あ、伊賀君。小説が趣味なんだね」


 里奈が興味深そうに近づいてきて、表紙をみて顔を曇らせた。

 

「太郎……これって」


「う……まあ、日本は初めてだからな。まずはわかりやすいラノベのバスケものでなじんでもらおうという、俺の心意気なわけで」


 ふーん。里奈が目を細めた。幼馴染の里奈はどちらかというと社交的なタイプで、一度、自分の部屋にきたときは目を丸めていた。バスケ以外ではあまり共通点は見いだせない。

 

「そうだ、伊賀君。たしか日本のバスケに興味があるんだよね。いい本持ってるんだ。こっちで見ない?」


 里奈が雑誌を掲げた。月刊バスケットボール。イケメンの日本代表選手が腕を組んで、でかでかと仁王立ちしている。その下には華麗なジャンプシュートを決める写真。

 

「それは……」


 興味深そうに雑誌を眺めた伊賀は一瞬太郎を見てためらった後、里奈について行った。

 

「まあ、そうなるよな」


 太郎はため息をついた。ジャパニーズオタクとアメリカから来た超スーパー中学生。しかも、男前。ワ―キャーと女子たちの声が聞こえる。

 

(あーもういいや、とりあえず昼寝すっか)


 太郎はぐにゃりと机にもたれかかって目をつむった。


      ※


「……郎、……太郎や」


 誰だ? まどろみながらも太郎は周りを見回した。どこだ、ここは? 

 

「太郎や、よくお聞きなさい。アメリカからきたあの少年。彼には危険が迫っている。それを助けられるのはおまえしかいない」


 危険? なにいってんの? 太郎はぽかんと声に耳を傾けた。

 

「すぐに、異世界へ戻ってくるんだ。はやく、私の元へ」


 異世界へ戻る? ぼんやりと男の顔が浮かんできた。どこかで見た事がある。あっと太郎は叫んだ。

 

〝風間シュウ〟


 あの小説の主人公が険しい顔をしてこちらを見ていた。

 

      ※


 「……郎、……太郎。太郎!!」

 

 はっと目を覚ますと、伊賀が心配そうにこちらを見ている。やば、授業はじまったか。慌てて教科書を取り出した。授業中、太郎は先ほどの夢をぼんやりと思い出していた。伊賀に危険が迫っている。そして、俺がそれを助けることができる。風間シュウの真剣な顔。授業の内容もまったく頭に入ってこない。

 

「おい、太郎。この問題を解いてみろ」


「えぇ!?」


 突然の指名に渋々と黒板の前に出た太郎はチョークをもったまま固まった。はー、先生がため息をついた。

 

「バスケもいいが、勉強も、もう少し頑張れよ。伊賀を見ろ。日本にきて間もないが、もう宿題もばっちりだぞ」


 おお。クラス中がどっとわいた。太郎、バスケも勉強もまけちゃどうしようもないぞー。からかうような声に太郎は恥ずかしくなって顔を真っ赤にして席にもどった。伊賀の心配そうな顔をちらりと見た。

 

(こんな俺が伊賀を助けるなんて、なんてバカげた夢なんだ)


 さっさと忘れることにした。


      ※


 その夜。

 

「太郎、太郎や」


 また、この声。うるさいなー、ほっといてくれ。

 

「伊賀が危ない。すぐに」


「あーもう、俺なんかがどうにかできるわけないだろ。あいつはバスケも勉強も、女の子にもモテて、俺なんかがでしゃばる隙なんてないっつーの」


 シュウがあきれ返ってため息をついた。

 

「伝説の鳥人がなんてざまだ。逆異世界転生でこれ程にスペックダウンするとは……」


「逆異世界転生? 俺が?」


 太郎は眉をひそめてシュウの方を見た。

 

「鳥人、別名イカロスと呼ばれた伝説のバスケットプレイヤー。君の飛び上がる高潔な姿は敵味方関係なく、全員に畏敬の念を抱かせた。伊賀は君の一番弟子。あれだけ熱心に教えていた頃の姿が懐かしい」


 シュウは情けなさそうに首を振った。

 

「俺があいつの先生? んなことあるわけねーじゃん」


「仕方がない。これは使いたくはなかったが、そうも言ってられない。強制転送装置を利用して君をこちらに送還する」


 えぇ? 太郎は慌てて後ろに下がった。何言ってんの、この人?

 

「ア、ブダ、ぱらぺったん、ぽーつのほいっ」


 あのかっこよかったシュウがなんて間抜けな。呆気にとられた太郎は突然何かに吸い込まれるような圧力を感じて、思わず足を踏ん張った。

 

「なんだ、体がどんどんと前に」


 あーっと声を上げて太郎はシュウに吸い込まれていった。

 

「太郎、君ならきっと記憶を戻して帰ってこれる。そして、伊賀を救ってくれ」


      ※

      

 気づくと太郎は見た事もない場所に立っていた。荒れ果てた大地。薄暗い空。じっとりと湿った空気。ふと前方に見慣れた物が現れた。あれはまさか。巨大なバスケットコートが前方に不気味にたたずんでいた。

 

「やっと戻ってきたな、イカロス。てめーとは最終決着をつけぇねえと」


 巨大な体に大きな角を頭に生やした鬼のような顔をした怪物がバスケの試合服を着て立っていた。

 

「おまえ、まさか。デス・クラッシャーのエース、アルヴァンじゃ」


 怪物は眉をひそめた。

 

「何寝ぼけたこと言ってんだ。アルヴァンは俺のおやじだ。俺はガルヴァン。長い間、どっかにほっつき歩きやがって。ついに俺の顔を忘れたか?」


「これは夢だ。早く目覚めないと」


「あぁ? 逃げようってのか。勝ち逃げは許さねえ」


 突然周りに巨大な金網が出現した。えぇ? もしかしてこれ絶対絶命ってやつ? 太郎は泣きそうになった。

 

「さあ、勝負だ、イカロス。受けてみろ、魔力 スラッシャーー!!」


 ミサイルのような閃光がこちらに飛んできた。

 

「これ絶対バスケじゃねーよ、死ぬやつだよ」


 腰を抜かしてその場に座り込んだ太郎の頭上を轟音を立ててボールが通過した。突然、太郎に理解しがたい現象が起こった。くるりと一回転してボールの勢いを殺してキャッチすると、そのままの勢いで、投げ返した。

 

 ドカーン

 

 ガルヴァンに直撃したボールは黒々と巨大な煙を上げた。


「やるじゃねーか、イカロス。やっぱお前は俺の宿敵だ」


「いやいや、なんで平気なのこの人? てかなんで俺こんなことできてんの?」


 両腕をみてふと違和感を感じた。こんな腕が長かったっけ? 立ち上がって目線が普段より高い事に気づいた。顔を触った。長ぼそい顔。俺、誰?  シュウの言葉を思い出した。逆異世界転生。鳥人、別名イカロスと呼ばれた伝説のバスケットプレイヤー。

 

(もしかして、俺、スーパーヒーロに転生したの? いや違う、元のスーパーヒーローに戻った?)

 

「いくぜー 連続 魔力 スラッシャーー」


 頭がこんがらがった太郎は慌てて前を見た。またあれが、しかも連射で? 

 

「終わりだー イカロスー、死にやがれ!!」


「だから、こんなのバスケじゃねーって言ってんだろ!」


 段々と怒りが湧いてきた太郎は大声で叫んだ。

 

「秘儀 エレメンタル・ドライブーーーーからのアルティメット・ダーーーンク!!」


「なにぃぃぃ!!」


 驚愕の表情を浮かべるガルヴァンに横目に、太郎はすべてのボールをキャッチして、リングめがけてぶち込んだ。

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