四.異世界から来たバスケ少年
「伊賀。もう一回おれと勝負しろ!!」
放課後の練習。西本が伊賀に声をかけてボールを投げた。伊賀は黙ってボールを受け取って投げ返した。
「いいよ、何度でも」
ガヤガヤと廻りが騒いだ。またあいつらやってるぜ。西本もいい加減あきらめろよな。周りの雑音に西本が顔をゆがめた。
「気にする事は無い。君は正しい」
伊賀が西本に語りかけた。
「なに、えらそうに説教ぶってんだ」
西本がドリブルを仕掛けた。左右に細かくステップしたその足の間をボールが目まぐるしく交差した。
クロスオーバードライブ
西本が最も得意とする仕掛け。太郎は息を飲んだ。だが伊賀はピクリとも動かない。
(くそっ)
西本が左に大きく切り込んだ。伊賀の右足がわずかに下がった。
(今だ)
西本がすかさず右に鋭く切れ込んだ。
どん
呆然とする西本の前に、伊賀が倒れていた。
チャージング
先生が手を叩いて声を上げた。キャーキャーと女子が騒いだ。
「君は動きが単調だね」
「なんだと?」
伊賀が立ち上がりながら涼し気に西本に話しかけた。
「今朝の練習をみてパターンは把握した。右、左、右。ワン、ツー、ワン。先が読めればブロックも簡単だ。厳しいようだけど、もうちょっと頭を使わないと世界は厳しいよ」
「伊賀、俺にバスケ教えてくれよぉ」
一斉に全員が伊賀の元に駆け寄り、西本が輪の外に押し出された。うつむく西本に太郎はかわいそうになって声をかけた。
「まー西本、本場アメリカにはかなわないって」
「うっせー、ど下手はだまってろ!!」
唖然とする太郎を後に西本は体育館を出て行った。
※
「お疲れー」
「じゃーなー」
部活が終わり皆が帰宅する中、太郎は伊賀と一緒に帰り道を歩いていた。
「やっぱ、君はすごいね。西本は帰っちまったし。調子にのってたあいつにはいい薬だ」
太郎は慌てて口をふさいだ。伊賀はこういう話が嫌いだったっけ。
「彼も違った」
「え?」
ぼそりとつぶやいた伊賀は真剣な顔をして太郎に向き合った。
「僕は世界で一番のバスケットプレイヤーに会うために、わざわざ日本にきた。僕の記憶。かならずその人なら戻してくれるはず。なのにどうして……」
肩を震わす伊賀に太郎はかける言葉が無かった。
「えっと。まあまだ来たばっかりだし、それほど思いつめなくてもいいんじゃないかなぁ。そうだ、家にきなよ。日本の事、知らないだろ。バスケ以外にも、もっと楽しい事があるんだ」
「バスケ以外。そんなこと考えた事もなかった」
戸惑う伊賀を太郎は強引に引っ張って、家まで連れていった。
※
「あら、まあ。太郎、珍しい。お友達を家に連れてくるなんて」
「ちょっと寄るだけだから、いいだろ」
まあ入って入って。ニコニコと笑う母親に照れくさくなって太郎は伊賀の背を押して二階に上がった。伊賀は戸惑いながらも太郎の部屋に入って目を丸めた。小さい部屋に所狭しと並ぶ人形のようなおもちゃ。本棚にびっしりと詰め込まれた本。壁に張り巡らせられたキラキラした目をした女性の絵。
「ジャパニーズ オタク」
伊賀は思い出したようにつぶやいた。
「まあ、そうだよ」
太郎は恥ずかしくなって頭をかいたが、開き直って、伊賀に自分の趣味を紹介した。
「フィギュアはレア物ばかりなんだ。ラノベは初版やサイン入りもあるし、ポスターは全て限定版。4Kで見るアニメシーンはまるで現実。どう最高でしょ?」
伊賀はぽかんとして周りを見渡した、ふと何かに気づいたように本棚に近づいて一冊の本を取り出した。
「これは?」
「おっ、見る目あるね。〝Dunk of Destiny〟 異世界転生ラノベの新たな金字塔。バスケの天才だった中学生、風間シュウは、不慮の事故で命を落とすが、目覚めたらバスケの技術がすべての力を持つ異世界に転生していた、って話。あー俺もシュウみたいに転生して女の子にモテたらなー」
太郎はつぶやいた後に思わず口を押えた。俺がバスケしてる理由、伊賀にばれちゃったか。太郎の言葉を伊賀は気にする様子もなく、小説を手に取って表紙をじっと見ていた。まさか。伊賀の顔色がさっと青白くなった。
「この人、この人が山下太郎だ。間違いない。僕が探していた人だ」
「えぇ? この主人公が?」
太郎は目を丸めて表紙をまじまじと見た。
(もしかして、逆異世界転生ってやつ? この小説の世界にいた伊賀は何かの拍子でこっちの世界に転生した? 確かにそれなら伊賀の超人的なバスケスキルは納得がいくけど。でもそんなことってあるの?)
伊賀は本をぺらぺらとめくって眉をひそめて、真剣な顔をして太郎を見つめた。
「太郎。僕は日本語がまだよく読めない。代わりに読んでくれないか?」
「えぇ? 僕が読むの? ちょっとはずかしいなぁ」
「頼む太郎、もしかしたら僕の記憶が蘇るかもしれないんだ」
必死な伊賀に渋々太郎は読み聞かせることにした。
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『Dunk of Destiny』のクライマックス、異世界バスケの頂点を決める「神々のトーナメント」決勝戦。シュウと彼のチーム「聖ドラゴンズ」は、絶対王者「デス・クラッシャー」との激戦に臨んでいた。
試合は最終クォーター、残り時間はわずか。スコアはデス・クラッシャーが一点リード。相手チームのエース、アルヴァンの放つ「魔力スラッシャー」は百パーセント防ぐことができない圧倒的な威力を誇っていた。その力に絶望感を感じるチームの中、シュウの驚異的な活躍により、なんとか均衡を保っていた。
残り十秒、ボールがシュウの手に渡った。相手チームが全員で封じ込めようと手を伸ばした。しかし、シュウは全てを見越していた。彼の目がまぶしく輝いた。一瞬で状況を分析する、彼が異世界で得た新たな力「エレメンタル・ドライブ」を発動する時が来た。
「これが、俺の限界の先だ!」
シュウは信じられない速度で敵たちをかわし、全身から溢れる魔力をボールに集中させ、リングに向けて跳躍した。空中で彼の周りに光のオーラが現れ、その姿を包み込んだ。
「アルティメット・ダーーーンク!」
その瞬間、天空から放たれた雷のごとく、シュウのもつボールはリングに突き刺ささった。衝撃でコート全体が震え、息を呑んで見守っていた観客は雷鳴のような歓声をあげた。
〝風間シュウ〟
異世界の伝説的バスケスターが、今ここに誕生した瞬間だった。
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「違う。この世界は僕は知らない」
「えぇ? 結構、必死で読んだのに」
がっくりした太郎に伊賀は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、太郎。でもこの話は僕の記憶には一切ない。直観だけど違うと思う。でも、この表紙の顔にだけは見覚えがある。なぜだろう」
たまりこむ伊賀に太郎はどう声をかけていいか、わからなかった。