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三.君じゃなかった

「伊賀ロース君だ。皆、仲良くな」


「よろしくお願いします」


 教壇で先生が皆に紹介し、伊賀は深々と頭を下げた。朝練の時と同じく、その容姿と礼儀正しさのギャップに皆、戸惑ったが、ぱちぱちと拍手が鳴り響いた。


「じゃあ、伊賀は山下の隣の席だ。田中、すまんが後ろに移動してくれ」


「えーまじっすか。なんすかそれ」


「まあ、伊賀は日本は初めてだ。山下、同じバスケ部として伊賀を頼むぞ」


 先生がニコニコしてこちらを向いた。

 

「はぁ」


 太郎は何とも言えない声をだして、伊賀が座るのをぼんやりと見た。今朝のダンクと1オン1が脳裏から離れない。あれから30分程練習をしたが、伊賀のテクニックは次元を超えていた。なんでこんな奴がこんな片田舎の中学に?

 

 キーンコーン

 

「あー飯だ、腹減ったー」


 昼になりガヤガヤと皆が食事をしだす中、太郎もやっと昼食にありつけると急いで弁当をだした。この時間が一番至福の時間だ。伊賀は鞄からパンを取り出して食べだした。やはりアメリカンだ。

 

「えっと、伊賀君」


 太郎は黙々と食べる伊賀にとりあえず話しかけてみた。

 

「君、バスケ、めちゃくちゃうまいね。相当やってたの?」


 伊賀はパンをゆっくりと飲み込んだ後、うなずいた。

 

「たぶん……10年くらいかな」


「10年? 今13歳だから、3歳からやってたの? ってか同じ年だよね」


 伊賀はこくんとうなずいた。アメリカ育ちということからもっと積極的な性格かと思っていたが、意外とどこにでもいる日本の中学生っぽい、もっと言えば自分と似た引きこもりっぽい感じがする。少し親近感がわいて、太郎は続けた。

 

「でも、今朝のダンク。すごいね、びっくりした。1オン1も。西本のあの顔。傑作だったよな」


 くくくと笑った太郎を伊賀は不思議そうに眺めた。

 

「傑作……」


 ぼそりとつぶやいてうつむいてパンをかじった。太郎は何かおかしなことをいったかと心配になった。

 

「ごめんごめん。こんな言い方したらあいつに失礼だったね」


(この子はめちゃくちゃいいやつなのかな)

 

 太郎は反省した。

 

「君はどうしてバスケをしているの?」


 伊賀が突然、太郎に聞いてきた。

 

「えっと」


 思いがけない質問に返答に迷った太郎は適当に答えることにした。

 

「まあ、やっぱかっこいいじゃん、バスケって。ドリブルで敵を抜いてシュートきめたら、気持ちいいかなって」


「そう」


 再び黙り込んだ伊賀に戸惑いながらも太郎も尋ねた。

 

「君はどうしてバスケを始めたの?」


 伊賀は驚いた顔をして黙り込んだ。


「それは……わからない。実は僕には三年前の記憶がないんだ」


「えぇ?」


 太郎は目を丸めた。

 

「三年前、ベッドで目覚めた時、僕の隣にはボールがあった。退院後、無意識にボールをもって僕はコートに向かっていた。リングに向かうときの感覚、僕にとってはその瞬間が唯一、かすかに残る記憶だった。ゴールに向かって飛び、空中で相手をかわして、ゆっくりとリングに送り込む。あの感覚を呼び起せば、記憶が戻るかもしれない。そのために僕はバスケをしているんだ」


 思わぬ内容に戸惑った太郎だったか、ふと疑問に思った。

 

「すごく苦労してるんだね。でもどうして日本にきたの? しかも、こんな中学。もっと有名なところもあったのに」


「君に会う為だよ」


「僕に?」


 まさかの告白に太郎は頭が真っ白になった。

 

「僕にのこった唯一の言葉。日本の山下太郎という中学生に出会え、彼が世界で一番のバスケットプレイヤーだ。それに従ってここに来たんだけと……」


 伊賀はじっと太郎を見た。太郎はじっとりと冷や汗がでた。

 

「君じゃなかったみたい……」


 諦めたような伊賀の言葉に、太郎は突然、崖に突き落とされたような虚しさを感じた。

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