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閑話1:ある国の滅びの序章

 オーパーツが確認されてからの、造幣局とオーパーツ研究所の怒涛の二ヶ月。

 物質の研究に没頭するあまり、物質研究の中でも最高峰のオーパーツ研究所に所属するまでに至った私は10歳の頃からこの業界にいる。副所長になったのはヴァナダンスの御守りの為だが、幸いヴァナダンスも研究者気質で、周囲に不遜な態度で独裁的な所はあるが、私との相性は悪くなかった。

「シューザ副所長。」

 一昨年入所した私より年上の所員、メリーアさんが徹夜明けかと思う程のハイテンションで副所長室に入って来た。その様子にあの苦行の始まった日の事を思い出す。


 今は事務処理中だヴァナダンスがやらないので、ヴァナダンスがサインするだけで良い状態にして渡す様にしている。

「どうしました?メリーアさん。」

 最高峰の研究所に入って来る者はほとんどが私より年上なので、基本敬称付きで呼ぶ。ヴァナダンスは局長か所長で、個人的な時は呼び捨てが多い。

「じゃぁん。やっと見付けたんですよ、巷で人気の化粧品。」

 そう言うメリーアさんの手には日本の100円ショップのロゴの入った化粧水の入れられたプラスチック容器があった。サッと血の気が引いた。

「メリーアさん。それはオーパーツです。今人気って言いました?」

 忙しくなる。研究が滞る。人気ってどういう事、どの程度。最悪だ。

「えっ。」

 メリーアはそれを床に置いて距離を取る。

「まずは研究室から魔力密閉容器を持って来て下さい。」

 メリーアさんは副所長室を飛び出して頼んだ物を持って来ると、素早く化粧品を容器に入れて封印する。

「所長室へ行きます。メリーアさんも説明をお願いします。」

 メリーアさんと2人連れ立って、まずは所長室へ向かい、不在だったので、局長室へ向かう。

「所長。オーパーツです。」

 ヴァナダンスの前に化粧品を封入した容器を置く。ヴァナダンスは中身を暫く眺めて、重い溜息を吐く。

「メリーアさん。経緯の説明を。」

 今後の動きはそれ次第だろう。

「はい。昨日は休日で、最近巷で雑貨屋ライトって所が人気で、そこの化粧水がすっごい良いって評判だったんです。他にも珍しい物とか在りましたけど、どれも結構いい値段したんでとりあえずこれだけ購入しました。」

 巷で人気って何。それって大通りにデカデカ看板あるって事、商業ギルドは何してるの。てかこれ100円ショップでしょう。いい値段って一体どんだけぼったくってんのよ。

「まずは、商業ギルドに確認を、」

 ヴァナダンスの表情を見るに考える事は同じだろう。


 商業ギルドのスーベンさんが真っ青になってやって来る。

「該当の商店、ギルドに登録されてませんでした。」

 スーベンさんは挨拶も無しに言うなり土下座する。一応他の組織なので上下関係は無いが、商業ギルドは各商店の管理と取り扱う商品に問題が無いか管理する事になっている。当然オーパーツ研究所からも、オーパーツに関する確認項目を伝えてある。

「銀行に連絡して、該当商店、店主の口座を凍結しよう。いつから経営しているかの確認も必要だな。」

 ヴァナダンスの指示で私は副所長室へ戻り、銀行宛にオーパーツ関連で口座の凍結を求める書類を書く。私にずっとくっ付いていたメリーアさんから雑貨屋の店主の名前を聞けば、明らかな日本名、アカリ•フタバと判明する。それからメリーアさんには研究室に戻って貰い、銀行へ急いだ。

 スーベンさんは不動産売買店に確認していつから建物が今の所有者の手に渡ったか確認してくれるそうだ。


 銀行で口座が無いと聞き、銀行の頭取であるガルガさんと造幣局へ戻る。ガルガさんを局長室へ送り。勝手にヴァナダンスの名前でマルシャット国内の貨幣の動きの確認を指示する。

 スーベンさんが戻って来れば報告会の始まりだ。

「建物の売買は四ヶ月前、不動産売買店ニッサの店主がアカリ•フタバに売ったそうです。該当の建物は店舗兼住居の物で、アカリ•フタバはロシマルス公爵の紹介状を提示した為、登録証は確認せずに売買契約を結んだと。」

 スーベンさんは不動産売買店が預かっていた、ロシマルス卿の紹介状の写しを提示する。

「一応。売買の際に登録が必要な事は説明したらしいですが、登録はされなかった様で、それからどうやら今は王室御用達でもあるらしいです。」

 不動産売買店の店主は聞けば色んな噂話も教えてくれたらしく、スーベンさんはその人にフタバ•アカリがオーパーツ売買に関わっている事は、言えなかったそうだ。

「で、ガルガがなんでここにいる。」

 まあ仕事上面識があるが、ヴァナダンスは他人に敬称を付ける事は稀だ、大人しくしているか、逆に怒りが振り切って冷静になれば敬称を馬鹿にする為に付けたりはする。

「当行に雑貨屋ライト、アカリ•フタバ、フタバ•アカリ名義の口座は一切ありません。」

 ヴァナダンスは一瞬思考が停止したが、すぐに眉を寄せ、思考を巡らせた。

「貨幣の動きの確認を、」

 そう言って、指示の為の書類を書き出す。

「指示は戻ってすぐにしておきました。」

 サインが完了したのを確認して、告げる。幸いサインが、指示の前か後かを確認する術は無い。ヴァナダンスも解っているので頷きを返すだけだ。

「四ヶ月前から営業していたとして、現在は王室御用達。収入は相当な物になるな。召喚系なら魔力消費タイプか、金貨等の高価な物品との交換タイプ。仕入れ値に対して売り値には大分色が付いてる様だが、王室御用達という事は、貴族達も手を出すな。」

 どれだけのオーパーツがこっちに流れて来ているのだろうか。

「王族へはアンバーム侯爵の紹介だそうです。アンバーム侯爵令息の成人祝いのパーティーを担当して、そこから貴族内に名前が知れ渡り、更には王族からも紹介を求められたとか。」

 アンバーム卿も王族も身元調査はどこにいったのよ。

「その際に王室御用達だった商店が色々な手続きを飛ばした雑貨屋ライトにイチャモンを付けた事からその商店は王室御用達を取り消され、雑貨屋ライトが代わりに王室御用達に。確かそのイチャモンを付けた商店は王室御用達を外されてマルシャット国を出ています。」

 マルシャット国から手を引いた商店の判断は正しい。例外的に身元も解らない者を傍に寄せる王族に問題があるのに、正しい手順で御用達になった商店を排除したら、それは商店側も怒るだろ。見限られて当然だ。

「王族がフタバ•アカリの身元調査を意図的に怠った可能性は十分にあるな。」

 ヴァナダンスが目を細める。静かな怒りに室内が暫く静まり返る。

「失礼いたします。」

 ノックと共に造幣局の職員が入室する。顔色が悪い。

「所在の解らない金貨が多数有る様だ。」

 交換タイプか。つまりこの世界には無い。恐らく魔法の対価として、物品と交換したのだろう。召喚系の悪い所は物品があちらの世界の何処かからこちらに来るので、例えば店のショーケースや、買い物客の荷物から抜き取られる事になり、交換タイプで金貨が代償という事は、その金貨の欠片が代わりにそこにはあると言う事になる。実際の価値を考えれば、おそらくは本当に細かい粒になるだろうが。

「銀行で暫く金貨の回収を、金貨の代りは証書の発行でどうにか頼む。商業ギルドは各商店の帳簿確認を、銀行もここ四ヶ月の商店の入出金の記録の開示を頼む。それから換金商に事情を説明して協力を仰ぐ、魔法契約で確実に口止めを。帳簿の確認と銀行記録との照らし合わせには造幣局も人員を割く。シューザ、研究所では全業務を止めて、オーパーツの調査と回収の準備を。」

 ヴァナダンスが指示を出す。私は研究所へ、スーベンさんは商業ギルドへ、ガルガさんは銀行へ帰って行った。所員に指示を出し、各所に提出する書類を造る。銀行宛に、四ヶ月分の入出金の記録の開示請求。金貨の回収要求。代替証書の発行手続き。商業ギルド宛に、帳簿の開示請求。換金商への協力要請、その際の魔法契約に関わる契約書の原紙。それからオーパーツを発見した際の報告書。

 それらの作成が終われば所員達とまずはオーパーツの調査。その後は他に出回っているオーパーツの確認が必要な為、店の方に商品を買いに行き。それらの調査を行う。回収の準備の為に魔力密閉容器の大量生産が始まった。

 造幣局の方では、銀行から提出された書類を商業ギルドの職員達と照らし合わせる作業が始まり。他にもフタバ•アカリがここ王都へ至るまでの調査と、普段の監視が始まった。


 約二月経って、再び造幣局局長室へヴァナダンス、私、スーベンさん、ガルガさんが集まる。全員尽くやつれている。

「報告を。」

 ヴァナダンスはガルガさんに促した。スーベンさんとはずっと書類の精査を一緒にしていたはずだ。

「王都内の金貨は全て回収出来ました。換金商から発行した証書の半券も受け取り、それらの内ほとんどが口座に収められています。雑貨屋ライトの分を除けば。換金商が雑貨屋ライトに渡した分はきっかり未回収です。」

 ガルガさんは金貨の回収に関する書類と、証書の半券の回収経過を纏めた書類を出して来る。ヴァナダンスは頷く。

「造幣局でも現在王都にある金貨が全て銀行に収められている事は確認した。」

 ヴァナダンスからも、造幣局で造った書類を出す。

「商店の帳簿の確認ですが、消えた金貨は間違いなく雑貨屋ライトに支払われた分だと確認できました。雑貨屋ライトが関わった収支のみ、追えませんでしたが金額が消えた金貨と一致します。」

 スーベンさんは分厚い書類の束を、何十組も出してくれる。消えた金貨は3000万1601枚。その全てが雑貨屋ライトに消えた。マルシャット国の総資産は金貨の100倍の価値のある大金貨で1000万枚程度。王都での流通量は大金貨500万枚分で、大金貨換算で約30万枚で1割にも満たない。それが1枚の狂いもなく一致すると言う事は、それ以外の商店は正しく経営されているという、素晴らしい事なのに、フタバ•アカリが全て台無しにしている。

「オーパーツについては、一切魔力が感じられず、周囲の魔力吸収力が強い事が確認出来ました。また雑貨屋で扱ってる品目は多岐にわたります。衣類、アクセサリー類の小物、キッチン用品、洗濯用品、体洗浄用品、食品類はレトルト食品、缶詰、スナック菓子、飲料もペットボトルのお茶からスポーツドリンク、炭酸飲料も在ります。貴族の御婦人に人気の化粧品は特に種類も多かったですよ。これらは100円ショップだけではなく、あちらの高級ブランドが各種揃っていました。そして価格については10倍以上は付いてます。特に貴族向けの設定の場合は30倍から50倍の物も在ります。そして廃棄品の回収サービスはありません。」

 調査中に何度、ふざけんなよ、っと叫んだ事か。

「元の価値は何故解るのです?それに100円ショップとは?100円とはなんです?他にも解らない単語がチラホラ有ったような、」

 ガルガさんは聞いては来たが興味はそこまで無さそうだ。

「100円ってのは、向うの金の単位だ。こっちではそうだな林檎2つというところか。」

 ヴァナダンスが説明してやる。ガルガさんは他の答えはと待っている。ヴァナダンスはその話しはあまり自分からしたがらない。本人曰く黒歴史だという。

「後の説明は局長と私が転生者だから、解り通じるところです。本来造幣局と研究所があった、マーリン聖教国には転生者、転移者向けの特区が在ります。」

 説明の後半は関係無いが、そういえばそこの出身と勘違いされるのでよく使う。ヴァナダンスは転生者な上に若くして成長が止まり、エルフの集落を追い出され、マーリン聖教国へ行き着いた。転生者、転移者向けの特区を設置したのはヴァナダンスだ。私も転生者ではあるが出身は全く関係無い他国だ。研究にのめり込んで、気が付けばオーパーツ研究所に流れ着いたに過ぎ無い。

「転生者ですか?」

 ガルガさんは物珍しそうに私達を見る。

「別に何があるというわけではありません。前世の知識を持ってるだけです。あとは異常なスキルや魔法を持ってる事も在ります。転移者は異世界から体ごとこっちに来たってだけです。まあ、その際に異常なスキルや魔法を得てしまうんですが。」

 それが今回の原因の一端だろう。転移して得たのが、交換タイプのオーパーツ召喚魔法といったところだろう。ガルガさんは恨めしそうである。ガルガさんにもそれが解ったらしい。

「まあ、そういう事。」

 ヴァナダンスは首をガクリと落とす。しかしすぐに顔を上げ書類を渡して来る。

「これがこっちの捜査資料。雑貨屋ライトの顧客名簿に、フタバ•アカリを監視してからの行動記録。そして王都までの移動経路。」

 騎士達が頑張った結果だ。

「ああ、スーベン。魔力回復薬のここ一年の需要と供給、値上げ幅の確認を頼む。」

 書類の説明に入ろうとして、ヴァナダンスが思い出した様に指示をする。疲れが見える。キレが無い。

「で、だ。」

 ヴァナダンスは切り替えて書類を示す。

「顧客は周辺住民は勿論。王都在住の貴族は大量に雑貨屋から買い付けている。中には領地に運ばせている物もある。」

 回収範囲が王都までの移動経路だけでは済まなくなった。

「約二月分のしかないから、ここには乗っていない者もある可能性十分だ。マルシャット王には全ての貴族を集める様に求めよう。」

 確かにもうこれでは国全体の問題だ。

「行動の監視の方だが、ほとんど店を出ない。出て貴族からの呼び出しだけだ。召喚物で生活しているんだろう。」

 ヴァナダンスはそれを鼻で笑う、こんな生活の何が楽しいのかと。

「転移魔法が使えるんでもなければ、クソつまらん奴だ。」

 ああ、口が悪い。まあ確かに昼間は店を営業し、呼ばれて貴族の所に行く以外、家を出ていない。何を楽しみにこんな生活をとは思う。貴族達にチヤホヤされて喜んでいるのだろうか。

「で、王都に来るまでだが、ロシマルス卿の領地に出現したのが大体一年前、そこで三か月過ごして、領民がロシマルス卿に紹介、ロシマルス卿の屋敷で一月過ごして二月掛けて王都まで着ている。同行者はロシマルス卿が付けた護衛と世話人2人。道中の集落や都市では行商をしていたらしい。この時もロシマルス卿の同行者が登録証の代りの様な役割を果たしていた。ちなみにフタバ•アカリは東の国出身で、後継争いで国を追われた貴族と言う事になっている。」

 身辺調査もせずに身分を保証するなんてなんて質の悪い事か。

「マーリン聖教国にフタバ•アカリの身元調査を依頼したが、フタバ姓の貴族はどの国にもいない。更にアカリという名前もどこにも記録が無い。ついでにその人物についてはマルシャット国からの問い合わせは一切無かったと。」

 これでマルシャット国の責任は免れない事が確定した。

「マルシャット王はフタバ•アカリの身元確認を意図的に怠った。それはフタバ•アカリの扱う品がオーパーツである可能性を解っての事だろう。」

 ヴァナダンスはハッキリと断定して、深い息を吐く。

「各人、マルシャット王へ提出する書類の作成を頼む、完成した後確認して、マルシャット王へ送り、フタバ•アカリを拘束する。スーベンは拘束の際に王城まで同行を頼む。商業ギルドだけの責任では済ません。」

 登録証の確認が徹底されていなかったのは商業ギルドの管理不足だが、そもそも原因は貴族達が身元を保証したせいでもある。

「今日はこれで、終いにしよう。」

 また深い息を吐く。私達は一緒に局長室を出る。まだまだやることがあるし、3人共足取りが重い。もっと早く気付けていたら、そもそもマルシャットが国内の貨幣の流通を監視してるはずじゃないのか、事が落ち着いたらそっちにも調査が必要だろう。先送りの為に造幣局の出口でスーベンさんとガルガさんを見送って、造幣局内を通り抜けて研究所に向かおうとすると、騎士が足早に局長室へ向かっている。何事かと呼び止める。

「あの。急いでどうしました?」

 面倒なので少しでも先送りしたいという、無意味なむしろ無駄な悪足掻きでしかない。

「シューザ副所長。実はアーロン山で火事と言う報告が王都に入って来たのですが、危険なガスが発生した恐れがあり、消火活動が難航しているそうで、そのアーロン山といえばアカリ•フタバの通過経路でして。」

 局長の御守りの私にも騎士は丁寧に説明してくれる。

「火事にガス、ですか。局長に連絡ですか?。」

 アーロン山、確かにさっきの資料にもあった。火事であの周辺のオーパーツが燃えたら面倒な事になるか。

「はい。なんだか胸騒ぎがしまして。」

 騎士は落ち着かな様子だ。

「では、一緒に行きましょう。」

 私は騎士と局長室に戻る。ヴァナダンスは難しい顔で、自分が造った書類を読み返していた。

「局長。アーロン山で火事が発生したそうです。」

 騎士は入室するなり、いきなりそう告げた。胸騒ぎがするとはいえ、一応上司だろう。

「そこで、危険なガスの発生が確認され、消火活動が難航しているそうです。」

 そういえばオーパーツの中にも燃やすと有害ガスを発生させる物がある、もしかしてそれ関連だったりするのか。防護マスクでも用意して、消火活動に参加した方がいいか。

「火事。ガス。アーロン山。」

 ヴァナダンスがブツブツ繰り返しながら、書類を睨む。

「転移。か、」

 ヴァナダンスがボソリと呟き立ち上がる、その顔は見る見る血の気が引いて行く。更にはブルッと体を震わせた。

「騎士を集めろ。シューザ、偽造防止ガスの解毒剤をありったけ用意しろ。すぐにだ。」

 ヴァナダンスの指示で、ヴァナダンスがどこに思考が至ったかは解らなかったが、解毒剤が必要という事で、金貨が鋳潰された可能性には行き着いた。返事もせずに、研究所に急ぐ。どの程度必要か解らない上に、そんなに大量には準備していない。

「注目。」

 研究所に入るなり、声を張り上げる。廊下にいた者以外も部屋からもぞろぞろと所員が出て来る。

「偽造防止ガスの解毒剤を可能な限り精製しろ。」

 普段は丁寧な対応する様心掛けるが今はそんな余裕は無い。さっきの確認した資料を記録から引っ張り出す。アーロン山の周辺の住民の数は幾らだったか。

「最低でも500は必要だ。1時間おきにアーロン山へ向けて発送しろ。私は今ある分を持って行く。」

 研究所には30本しかない。しかしアーロン山周辺の住民は450はいる。消火活動が難航しているといことは既に中毒者がいるはずだ。火の届く範囲にいれば炎に巻かれる事になる。

 言い捨てるなり、薬品保管庫に向かう。持ち出し申請の書類は後で良い。追加の精製指示もそれらの持ち出し申請も発行する時間が惜しい。

 私は解毒剤をヴァナダンスに持たせて、ヴァナダンスの後ろで馬を繰り、騎士達とアーロン山へ急いだ。普段から顔を隠すのに使っている仮面には防護マスクの機能もあるので、全員仮面を着用したままで、現場に付けばヴァナダンスが指揮をとり騎士とスライムが消火活動に駆け巡る。

 ヴァナダンスがテイムしているスライムは基本ヴァナダンスが持つ飼育小屋という空間にいるが必要に応じてそこから呼び出せる、そしてその数は数百万を超える。

 私はスライムとガスの中毒者の確認と解毒だ。ヴァナダンスがスライムに私の指示を聞くように言ってくれたので、スライム達は私の求めに応じて、動いてくれる。私の方にはスライムの言いたい事はさっぱり解らないが、スライムに重篤な中毒者から連れて来る様に言えば、スライム達で話し合って、私の前に中毒者を連れて列を成す。それを私が解毒していく。ただし30人分しかないので、すぐにそれも終わる。後は頼んだ後発を待つだけだ。スライム達に中毒者達の様子の観察と異変があった場合の連絡を頼む。確認出来た住人は400人にも満たない、外出中という事もあるだろう。私一人では400人は見きれないが、スライム達が見てくれる。今はここに居ない者達の無事を祈るばかりだった。暫くして後発が持って来たのは100と少し。持って来た所員も加わり、中毒者を解毒していく。周辺の集落からも消火活動に参加者があり、いつの間にか中毒者は増えていた。後発で解毒剤を持って来た者は都度帰し、追加の精製分を指示する。


 漸く事態が収拾した頃には、私達が消火活動に参加してから一日経っていた。火事は消火が終わり、現在は騎士とスライム総出で解毒して回っている。解毒剤の追加の精製も次で止めて良いだろう。

「シューザ。」

 疲れ切ったヴァナダンスが優しく声をかけてきて、隣で手を引く。

「少し休め。」

 気遣ってくれているのだろうが、今それは出来そうにない。

「じゃあ、局長も休んで下さい。」

 断られる事は承知の上だ。というか、自分も出来ない事指示すんな。

「いや、私は山の中の捜索に当たる。」

 ヴァナダンスは強く手を握って来る。私もそれを握り返し、視線を合わせる。

「じゃあ、私も休みません。私は局長の御守り役ですから。」

 からかったつもりはないがヴァナダンスは目を怒らせる。ああ、そういえば一応身長が低いの気にしていたのを忘れていた。

「勝手にしろ。」

 吐き捨てて火事の現場にスライムを向かわせる。まあ捜索するって言ったって、本人がするわけではないのは解っていたが。


 結果焼跡からは36人の焼死体が見つかった。そして火元の山小屋の残骸を、解毒剤を運んで来てくれた所員と確認する。所員にも数人転生者と転移者がいる。

 その結果、山小屋の残骸はソーラーと溶解炉であると結論付けられた。

 そして聞き込みで現場で最も重篤な中毒症状が出ていた者が山と山小屋の所有者で、半年前から山小屋が不法に占拠されており、所有者は抗議の為に幾度となく山小屋に出向いていたと解った。所有者はその為に重い症状が出たのだった。


 火事の後処理を、マルシャット国に移管し私達は研究所に戻った。所内も造幣局の方も葬儀の様に重い空気だった。メリーアさんがもしオーパーツを研究所に持って来なければ、アーロン山の周辺住民は皆死んでいた。私達が気付かなかったから悪いと責められる訳では無いし、金貨に仕込んだ毒ガスは犯罪者を動けなくする目的で、致死性は無かった。今回はそれが火事という最も相性の悪い災害と組み合わさったから、死者まで出てしまった。しかし鋳潰すということは火を使う、火事の可能性はゼロではなかったともいえる。可能性の話しをしだせばきりがない。私達が悪いとも悪くないとも誰にも言えない事だった。

 再びスーベンさんとガルガさんを呼び山火事の事を説明する。

「アーロン山で山火事があり、そこで毒ガスが発生して、初期消火活動に当たった若い男衆が36名亡くなった。」

 ヴァナダンスの出だしに2人共、それは大変だ程度の反応だった。

「毒ガスの発生源は王都から消えた金貨、3000万1601枚。火元の山小屋にはエネルギーを発生させるオーパーツと溶解炉のオーパーツが発見された。」

 ガルガさんは金貨に毒ガスが仕込まれているのは知っている。スーベンさんはそれは知らないが、商人なら貨幣の取り扱いとして鋳潰す事が国際法典に反する事を知っている。

「交換タイプの召喚魔法が使えると判断していたが、恐らく転移、それも異世界転移が使える。鋳潰した金を向こうで現金に替えれば大金になる、そしてその換金した現金で買い付けてこっちに転移で自ら持って来ていたのだろう。数倍の価格で販売しているので、現金は手元に残る。繰り返せば増え続けて減る事は無い。」

 金貨は同量の金よりも価値が低く設定されているし、色々混ぜてある。だから鋳潰しを警戒している。偽造しても価値が下がるなら金のままの方が良いので、偽造の心配は無い。金メッキは警戒が必要だが。それは重さを確認すれば一発で解る。

「国王は?」

 本当なら隠してはいけないんだろう。

「フタバ•アカリの件と合わせて報告する。」

 死者が出た原因だけ見れば造幣局の責任と言われても仕方ない。責任が無いとは言わないが、ただ一度でもマーリン聖教国にフタバ•アカリの身元確認をしてくれていれば。貨幣の監視を怠っていなければと声を上げたくなる。

「マルシャット国の貨幣の動きの監視は行われていなかった。」

 誘致の際に約束された監視体制は無かった。監視が行われているはずの場所は無人の空き家だった。ヴァナダンスが作った造幣局に関するシステムは生活を豊かにする為のもので、決して誰かを殺したかった訳では無い。マルシャット国の誘致を受け入れたのも、マーリン聖教国から出たいという思いだけでなく、マルシャット国が貨幣の監視を自ら行うと声を上げた事が嬉しかったからだ。己の作ったシステムの理解者が出来た様で嬉しかったのだ。

「この件が終われば、国際造幣局及びオーパーツ研究所はマーリン聖教国へ戻る。」

 ヴァナダンスの静かな怒りはスーベンさんとガルガさんにしっかり届いた。2人共唾を飲む。

「マルシャット国へ提出する書類の作成を急ぎます。職員、所員には引っ越しの準備も行わせましょう。」

 確かにマーリン聖教国へは戻りたかったが、こんな形で戻りたかった訳では無い。解毒剤に関する書類の作成も終わってないので、休みはまだまだ先になるだろう。

「スーベン、ガルガ。悪いが至急書類の準備を頼む。」

 2人は緩慢に頷く。スーベンさんは書類をよこす。サッと目を通すと、魔力回復薬のここ一年の販売数を纏めた物だった。ここ半年で急増し今では去年の4倍。詳しく調査したくないが、既に魔力欠乏症に罹っている者がいる可能性もある数値だろう。ヴァナダンスにそれを渡す。更に気が重くなる。

 報告会を解散し私は2人の見送りはせずに、副所長室へ急ぐ。研究所では所員達が黙々とオーパーツ回収の準備を行っている。

「事が片付き次第、マーリン聖教国へ戻る事が決まった。解毒剤持ち出し、精製、精製分の持ち出しに関する書類の作成手伝いを。」

 決定事項を伝え、書類を作れる所員に声をかける。その者達と書類を作成し、私達は今夜も眠らない。


 徹夜で、書類を作り、騎士が王城へ届け、貴族を至急全員集めた場合の最短日数を確認し、その日に国際造幣局から重要な話しが有る事を伝えさせた。

 集まるまで休めるかといえば、そんな事は無い。魔力密閉容器を黙々と造る。ヴァナダンスの指示で順に一日休暇があったが、私達はそれどころでは無かった。


 雑貨屋のある路地に続く大通りに揃った白い仮面の騎士達と同じく仮面に白衣のヴァナダンスと私。造幣局を出た時誰の目も怒りに燃えていた。

「私とシューザが先に店舗内部に入り、フタバ•アカリの魔法を封じる。シューザからの合図で突入し、身柄を確保しろ。」

 ヴァナダンスは指示を出すと、仮面の擬態魔法を使う。私もそれに倣い仮面の擬態魔法を使い。ヴァナダンスと手を繋ぎ雑貨屋へ向かった。その間私達は何も発しない。店に入ればフタバ•アカリは私達を不躾な視線で値踏みして来る。ああ、腹が立つ。ムカムカする。店内にあるのはほどんどが100円ショップのロゴが入っているのに、値段はどれもその10倍以上。転売クソ野郎が、他人が作ったもんに価値以上の価格付けて儲け出しやがって。クソが。

「どうしたの?」

 フタバ•アカリがヴァナダンスの前に面倒臭そうな表情でしゃがんでいる。

「これ。上げる。」

 ヴァナダンスはフタバ•アカリの腕に魔法封じの腕輪を嵌める。そしてその宝石に顔を綻ばせる。そして私を見上げた。私は思いっ切り侮蔑の視線を向けていたと思う。するとフタバ•アカリの表情は嫌悪に変わった。

「確保しました。」

 私は店の外に声をかける。密かに接近して待機していた、騎士達が店内に入って来て、フタバ•アカリを取り押さえる。

「ちょっと、貴方達何なの?ここが何処か解ってるの?」

 知るかクズが。自分が世界の中心だとでも思ってんのか、クソ野郎。脳内で思い付く限りの悪態を吐く。

「店内の捜査をお願いします。その後にオーパーツの回収をして下さい。」

 帳簿等が有ればいいが。それにしても大量に持ち込んでくれた物だ。

「引っ張り出せ。」

 ヴァナダンスが取り押さえる騎士に指示を出し、店外へ出るのを追いかけた。これでとりあえずオーパーツが広まる事も止められる。


「どうしました、メリーアさん。」

 ただ今日は徹夜明けのハイテンションで間違い無い。研究所には今オーパーツが溢れている。暫くは忙しいのだから。

「良い事思い付いたんですよ。処分方法の模索と同時進行で、この世界に似た成分が無いか探しても良いですかね。そしたらこの世界にあるもので安全な化粧水が作れると思うんですよ。」

 メリーアさんの瞳が希望で輝いている。興味の対象を見付けた同類の眼だ。

「良いですけど、記録をしっかり付けて、論文の提出もお願いします。ただ、オーパーツって意味解ってます?」

 それはオーパーツ研究所がある理由でもある。この研究所に所属する全員の悲願。

「オーパーツって、製造法が不明の未知の物質、時代背景に合わない遺物、又この世界に存在しない物質で構成された物体って事ですよ。エルフの所長がどれだけの期間研究してると思いますか?」

 メリーアさんの様に再現が目的では無いが、似た物質が無いかは研究されている。有りはするだろう、金はどちらにも存在する。ただ魔力の保有が出来るかの差だ。化粧品の成分も概ね化学物質だが、この世界でもそういうものは作れる様にはなるだろう、しかしそれらを作れる程この世界の文明は進んでいないし、魔法がある限りそこには到達出来ない。物理学や化学が発展していないし魔法がその妨げになっている。魔法物理学や魔法化学がある限り、魔法に付随しない物理学と化学は後回しになっていく。

「まあ、頑張って下さい。」

 お互い研究方面が違うので、他人事で励ましておいた。


次話は明日の20時に更新します。

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