第3章
私達は造幣局に戻って来た。今造幣局内は引っ越しの準備で忙しい。フタバ•アカリは勾留室にぶち込んで一旦休憩である。
「私達がここにいなければと思うと、ゾッとするな。」
ヴァナダンスが身震いをする。そのヴァナダンスは周囲をスライムに囲まれている。このヴァナダンス、国際造幣局局長、オーパーツ研究所所長として以外にも、スライム研究の第一人者としても有名だ。
「そうですね。誘致に応じておいて良かったです。」
玉座の間ではあんなこと言ったが、ヴァナダンスも私もマルシャット国が滅べば良いなんて一切思っていない。
「今日は疲れた、あの馬鹿は明日で良いか?」
スライムに身を預け垂れ切っている。まあこの二ヶ月、クソほど忙しかった。そしてオーパーツの回収の為に明日から忙しい事は決まっている。
「そうですね。今日は全員帰しましょうか。」
私も疲れている、半分はヴァナダンスのせいだが。所員達も疲れているだろう。
「所員達に連絡して来ますから、少々お待ちを。」
全員返したらフタバ•アカリが勾留室に1人になるが一日食事を抜いても死にはしないだろう。
所員達と造幣局の職員達に帰る様に言って、局長室に戻れば、ヴァナダンスはスライムに持たれて眠っている。ああ、黙っていれば可愛いものを。起こさない様に抱き上げて、帰宅用の擬態魔法を掛けて帰宅した。
造幣局に出勤すれば、既に勤務している職員達が始業の準備で忙しそうにしている。研究所の副所長であるが、ヴァナダンスの御守りなので、研究と事務処理以外はヴァナダンスを見張っている。準備は始業後で良いと副局長からも伝えられているはずだが、中々彼等はそれを聞き届けない。責任感が強いワーカーホリック達で、上に立つ身の私達も結局早めに出勤してしまう。
造幣局の主な仕事は造幣局で貨幣を発行した国の貨幣の流れの監視だ。おかしいところがあれば、その支局に連絡を入れ調査させる。本局で全て監視は出来ないので、毎日監視する国は変わる。支局の方でも毎日駐在国の監視はしているが、能力の高い者は本局に集められるので、やはり劣ってしまう。そしてマルシャット国に関しては本局での監視ではなく、マルシャット国が行う筈だったが、これが全く機能しておらず、フタバ•アカリの所業の発覚まで四ヶ月もかかった。
ヴァナダンスと勾留室へ向かうと、フタバ•アカリは目の下に隈を作っていた。あ、フタバ•アカリに帰る事を伝えるの忘れてた。ずっと昨日から気を張っていたのだろう。まあ、伝える義務は無かったし。この二ヶ月徹夜で仕事なんてよくある事だった。
「おはようさん。昨日の話しいまいち理解出来てないんだろ?説明に来てやった。後、今後の話しだな。」
ザ•横柄な態度で、椅子に座り踏ん反り返る、ヴァナダンス。本人は高齢なので様になっているつもりだが、見た目は子供だ。自分で説明する気も無いくせにこの態度で質が悪いと言う他ない。
「改めまして、オーパーツ研究所のシューザです。こちらは国際造幣局局長、兼オーパーツ研究所所長のヴァナダンス•サーシュット。」
一応自己紹介。自分の事で精一杯で覚えているか不明だ。
「そちらはフタバ•アカリさんですね。調べはついているので、紹介は結構です。」
フタバ•アカリは睨む様に見つめて来る。これ他人に責任転嫁して生きて来たタイプだ。
「局長。魔法解きました?」
一応会話しながら説明を想定していたが、面倒そうだ。
「いや。解くか?」
全力で首を横に降る。
「まだ、大丈夫です。」
要所要所で解いてもらおう。
「じゃあ貴女も自覚ありそうな件から。」
文字は解るらしいので、国際法典から、今回の内容に関係する部分を抜粋して写した物を渡す。
「まず、国際造幣局と連携のある国は、国法に合わせて国際法典を遵守することになります。それはその中で貨幣に関する法律です。」
異世界から渡って来た人物相手なので一から説明してやる必要があるのが非常に面倒だ。しかし、自分がやった事を理解させなければ、今後の処分も理解出来ないだろう。
「各国と造幣局は話し合いで国内で流通させる貨幣の量を決めています。基本的にはその国家の資産が基準で、その国家がどう発展をしたいかというところから、追加で造幣という感じですが、造幣局で作られた貨幣には色々な仕込みがなされます。その中に貨幣の利用範囲に結界を張り、貨幣が結界の外へ許可無く持ち出せない様にする機能があります。」
商人は大金を扱うので、いちいち許可を取るよりは、銀行を介す小切手か、証書の発行で商売を行う。もし許可を取って持ち出せば、次は持ち込み先でも許可が必要で、持ち込み先で換金と言うこともある。一応持ち込み先で使えはするが、最終的にそれらは銀行を介して最初に持ち出した都市に戻って来るというすんぽうになる。
「貴女は転移で持ち出していたので、許可が無いにも関わらす、持ち出せてしまったと言うわけです。」
転移魔法は希少過ぎて、それを警戒する様な機能は付けていない。付けると造幣コストもかさむし。
「流通量が国によって管理されているということは、貴方が持ち出したのは国の資産ということです。」
造幣局としての実質的な被害は無い。造幣局は国側が資産の管理に必要なツールを貸しているに過ぎない。今回は国側が管理を怠ったので、色々と請求出来る立場で、無駄な引っ越しの費用位がこっちの負担だ。
「そっちの世界でも各国が貨幣の流通量は管理し、国外に現金を持ち出す事を禁じていたはずだ。こっちの世界は文明的に劣っているから、そんなもん無いとでも思ったか?」
ヴァナダンスが責める。ご立腹なので言いたい事は山程あるだろう。説明は私が、説教はヴァナダンスに任せよう。
「溶かした金貨の件もそうだ。貨幣損傷等取締法、紙幣を故意に破いたり、硬貨を鋳潰す事を禁じた法だ。勿論この世界にもある。」
ヴァナダンスは法典の写しを示し突き付ける。ヴァナダンスが整備したシステムなので、ヴァナダンスが怒るのは仕方ない。
「局長。一旦黙って下さい。説教はタイミング決めてますから。そこで一気にお願いします。」
このままヴァナダンスを放置すれば、話しが進まない。ヴァナダンスに対して溜息をを吐く。
「持ち出しに関する事は以上にします。次に鋳潰した件ですが。これも鋳潰しは禁止です。本来は結界から持ち出せないので、結界内での鋳潰しを想定し、鋳潰した場合内部に仕込んだ毒ガスで貨幣損傷犯が動けなくなってる隙に騎士が犯人を確保する事になっています。」
転移による持ち出しが想定されてない上に、鋳潰しまで。今後この対策まで必要になるだろうか。だとすれば、今後ヴァナダンスが忙しくなるし、場合によっては造幣コストが上がる事になる。
「そして貴女はアーロン山の山小屋を無断で使用し、ソーラーと溶解炉を設置しましたね?」
この質問に声は要らないだろう。フタバ•アカリは口を開いたが、声は出なかった。そして思案の結果首を横にふった。ヴァナダンスが怒気を膨らませる。昨日の火事の話しを覚えているのか、アーロン山が結局どこかも解っていないのか。
「では、持ち出した金貨の所在を明かしてみろ。」
怒鳴るヴァナダンスは声を封じた魔法を解く。
「確かに溶かしたけど、火事とか私は知らないし。私以外にも転移者とかがいて、そいつがやったのかもしれないじゃん。」
私は頭に手を当てて溜息を吐く。
「貴様、ふざけるな、」
フタバ•アカリは説明を理解して考える力もないのか、ヴァナダンスがキレている事位、察して欲しい。
「局長。黙って下さい。」
仕方ないので、私が局長とフタバ•アカリの声を封じる。フタバ•アカリがヴァナダンスを刺激する度これでは一生話しが進まない。
「今現在、所在が不明の金貨は貴女が持ち出した分だけです。それは他の国も含めての話です。そして山火事の現場で私達が持って行った解毒剤が効いたという事は、火事の現場にいた中毒者達は、金貨から発生した毒ガスを吸ったと言う事で間違いないんですよ。」
ヴァナダンスが隣で暴れているが、知らん。いつまでもフタバ•アカリに構っている暇など私達には無い。
「アーロン山の火事の原因は貴女です。あの山小屋は麓の集落の方の所有する資産で、まずは貴女はそこを不法に占拠しました。昨日も話しましたが、所有者は重い中毒症状が出て今も治療中です。そして火事の消火に際し、初期消火活動に参加した若い男達が小屋から漏れたガスの影響で身動きが取れなくなり、36名死亡しました。」
造幣局が造った毒ガスなので火事の後処理はキチンとして来た。消火活動に、中毒者へ解毒剤の投与、そして消火後には被害者の捜索を行った。だから数には間違い無い。ヴァナダンスがスライムの指揮を取って隈無く山を捜索した。
「麓の住人は軽い中毒症状で済みましたが、もし局長が、この山火事を貴女と関連付けられなければ、死傷者の数全て死者の数になっていたと思って下さい。」
山火事の後処理をマルシャット国に移管した後、造幣局の職員も研究所の所員も鳥肌が収まらなかった。もしもを考えると恐ろしくなる。
「アーロン山には、オーパーツの回収の際によりますので、覚悟しておいて下さいね。」
フタバ•アカリからオーパーツを受け取った人物を特定する為に、回収には動向させる。それでフタバ•アカリがどういう視線を向けられようと知った事じゃない。
「では、最後にオーパーツですが。それぞれの世界はそもそも世界を構成する物質が違います。似た様な物質は存在します。それこそ金は同じ物に見えますが、この世界の金は魔力を保有しますが、あちらの世界の金は魔力を保有する機能がありません。」
これに関しては頭が痛い。
「溶かした金貨はあちらの世界で現金に換えていたという事で間違い無いですね?そうでないなら、返還を求めますが。」
フタバ•アカリは頷く。
「あちらの世界にもオーパーツの研究所があるなら良いですが、魔力を持った金があちらにどういった影響を及ぼすか解りません。もしかしたら、もう取り返しがつかない何かが起きているかもしれませんね。」
私達にはどうしようもないし関係無いけど、それに少しでも責任を感じてくれればいいが、あまり期待は出来ない。
「こちらでは魔力を持たない貴女の世界の物質は周囲の魔力を吸収しますが、保有出来ないので、吸収を続けます。人が身に付ければ、身に付けた人物は魔力を吸われ続ける事になります。」
この辺は昨日も説明したが、何度でも説明する、大事な事だ。
「食べ物や化粧品はもっと悪いです。体内に吸収され、取り除く事は出来ません。吸収された分、個人が持つ魔力の総量は減少し、吸収され続ける事になります。これが重篤化した場合を魔力欠乏症と呼びます。ここまでくれば魔力の回復薬では間に合わなくなります。」
正確には市販の魔力回復薬が効かなくなる。高価な物を用意すれば効きはするが、購入し続けられる者などいない。一国の王でも不可能だ。
「更にはゴミの廃棄。ゴミの回収はしていましたか?」
してないのは知っているが、あえて聞く。フタバ•アカリは首を横に降る。ああ溜息が止まらない。
「あちらでもゴミの分別はあったでしょう?分別されたゴミはそれぞれの異なる処理がなされていましたね。では、焼却すれば有毒物質が発生する物が有る事は知っていますね?」
フタバ•アカリは頷く。
「この世界には、あちらと違い化学製品はありません。基本的には自然由来で焼却処分が一般的です。そしてこちらでは焼却処分されたゴミから発生した有害物質にも魔力を吸収する性質があります。」
世界的に見れば対した量ではないが、転移や召喚が管理出来なければ、いつか世界は崩壊する。もしかしたらこちらの世界も魔力という存在が無くなり、あちらの様な世界になるのかもしれないが、そういった進化に関する事は今日明日の問題ではない。
「だから出来るだけ、回収する必要があります。協力して下さい。中には便利だから手放さない者や、1人位大丈夫だと隠す者もいるでしょう。それが本人の意思に因るものでも賠償責任は貴女が負っていく事になります。」
フタバ•アカリは何処か他人事に感じている様だ。
「では処分ですが。もう二度と魔法は使えません。」
昨日ヴァナダンスが嵌めたのはそういう腕輪だ。犯罪者用にしては綺羅びやかだが全て高等魔術を込めた宝石なので、完全に魔法を封じ、例えば腕を切り落として腕輪を外すなんて事は、強い防御魔術が組み込まれているので不可能だ。追跡機能もあるので逃亡も不可能になっている。
「マーリン聖教国で罪人として、苦役に付いて貰います。マルシャット国や山火事の被害者、その家族への賠償も行う事になると思って下さい。恐らく苦役からの開放はありません。」
賠償額を考えれば恐らく返しきらない。もしくは返し切れる様に、きつい苦役を与えられる事になる。マーリン聖教国には移転者や転生者が住まう地区が有る。問題を起こさなければ、そこで普通に生活も出来たはずだし、マーリン聖教国に住まないとしても、必要な教育は受けられたはずだ。
「以上です。後は2人で好きにして下さい。私は仕事に戻ります。局長、お戻りの際はご連絡を。」
2人に掛けた魔法を解いて、足早に部屋を出る。年寄りは説教が長くて困る。廊下を歩きつつ見付けた職員にヴァナダンスが部屋を出たら連絡をくれる様に頼み、造幣局の隣の建物へ入る。こっちは研究所だ。研究所内は回収の遠征の為に大忙しだ。引っ越しの準備もしないといけないが、それは遠征が終わった後になるだろう。遠征にどれだけの魔力密閉容器が必要になるか解らないので、それぞれ製造して片っ端から、マジックバックへ詰め込んで行く。ああ、研究がしたい。しかし暫くは無理だろう。遠征に引っ越し。その後はこの件の後処理をしなければならない。ああ、頭が痛い。今日も帰りたい。
説教が終わったヴァナダンスは真っ直ぐに副所長室に来た。連絡を頼んだ職員も一緒だった。忙しかったはずなのに、ヴァナダンスの御守りを押し付けた様で申し訳ない。
ヴァナダンスが私の元に真っ直ぐ来たのは愚痴の為だった。フタバ•アカリはほとんど反省の色が見えないらしく、特に鋳潰しの山火事の件が長引いたらしい。自分のせいで死者が出たという事が実感出来ないのだろう。
「向こうでの犯罪記録も確かめた方が、良いかもな。詐欺なんかをやっても、騙された方が悪いって言い出すぞ。あれは、どんな躾を受けてきたんだ。」
ヴァナダンスをこんなに怒らせる人物は中々いない、マーリン聖教国の元上層部連中だって、ヴァナダンスには嫌われていたが、全く相手にされていなかった。
「手配しておきます。」
それによって、もっと重い罰が与えられる可能性は十分にある。それからも私は仕事中だというのにヴァナダンスはずっと愚痴っていた。
次話は明日の20時に更新します。