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第七話 違和感(7)



「……ドラゴンハンター、だって?」


 マリオは、耳を疑ったようだ。


 無理ないかもしれない、とアリティーナも思う。こんな少女が、二十年前に死んだはずのドラゴンハンターと言っても、信じる方がどうかしている。アリティーナ自身もそう思えた。


「ドラゴンハンター……そうか……」


 だが、マリオの反応は意外なものだった。

 否定するでもなく、嘲笑するでもなく、急に考え込む仕草を始めた。予想外の反応だったため、アリティーナの方が戸惑ってしまう。


 何が起きているのか、とアリティーナが困っていると、マリオは口を開く。


「……ドラゴンハンター、正式にはペチニア王国軍対ドラゴン特別重装兵団。二十年も前に無くなった特務兵団の名だ。君は生まれてすらいない。それが君だと?」


 マリオの問いに、アリティーナは頷く。


 対ドラゴン特別重装兵団。確かに、ドラゴンハンターたちはそのような名前でも呼ばれていた。ペチニア王国が、ドラゴンに対する切り札として用意した兵器を扱う、専門の兵を集めた軍団と聞いたことがある。


 ドラゴンハンターと呼ばれたそれらの武器は、非常に扱いづらくまた危険なため、通常の兵士では戦えない。

 故に、軍内から選ばれた特に優秀な者、あるいは特に危険な輩が、専属として対ドラゴンとの戦争へと駆り出された。この件をきっかけとして、ドラゴンハンターは単なる武器の名ではなく、それを扱う者たちの名前にもなった。


 そうして数多くの激戦を制し、ついにドラゴンを滅亡させる――直前に、裏切った王国の手により滅ぼされたのは、アリティーナにとっては数日前だが、時間としては二十年経っている。


 アリティーナの肯定に、マリオはまたしばらく考え込んでいたが、再びこちらに質問してくる。


「……ドラゴンハンターは二十年前、ドラゴン殲滅後にクーデターを画策したが、鎮圧されメンバーは全員死亡したはずだが?」


 ドクン、とまた胸から鈍い音がする。

 今度は胸だけに留まらない。呼吸が荒くなり、息が詰まる感覚もした。


 クーデター。王国を裏切り、王国軍の一員であるにもかかわらず、王国へ牙を向けた。

 違う、とアリティーナは否定する。


 ドラゴンハンターたちは、彼らはそんなことは断じてしていない。完全な潔白だった。

 第一、あの時点ではまだドラゴンを殲滅してはいなかった。ドラゴンたちの王と呼ぶべき者は倒したものの、残党がまだ各地に散らばっているとして殲滅戦を始めたばかりだったのだ。そんな時に、クーデターなどするはずがない。


 間違いなく、王国は汚名を着せ、罠に嵌めてドラゴンハンターたちを殺したのだ。

 しかも、殲滅するはずだったドラゴンたちと手を組んでまで。


「……どうした? 何か言いたいことでもあるか?」

「…………」


 けれど、マリオに対して否定の言葉は吐かなかった。首を横に振ることに留まる。


 言ったところで、何の証拠も無い。元ドラゴンハンターであることも信じて貰えていないのに、アリティーナがいくら否定しても耳を傾けてくれるとは思えなかった。だから、黙っていることにした。


 そんなアリティーナの反応を、どう思ったかは知らないが、マリオは話を再開する。


「――仮に、君がドラゴンハンターとしよう。では、君は何を望む?」

「え――?」


 望む、なんて質問をされ、思わず聞き返してしまう。

 何を聞かれたか、理解はしているものの頭に上手く回らなかった。混乱を初めて頭を整理して、なんとか答えを導き出した。


「――ドラゴン、と戦う……」

「ドラゴンは存在しない。絶滅したのだぞ?」

「――いる」

「メイドたちの話なら、あくまで噂だ。王国も、他の国も、ドラゴンは絶滅したと発表している。それが嘘だと、どうして言い切れる?」


 そうかもしれない、とアリティーナとて分かっていた。


 あの日、ドラゴンハンターたちはドラゴンを殲滅できなかった。少なくとも、あの時点ではドラゴンはまだ生き残っていただろう。

 しかしそれが、今も生きている保証にはならない。どのような理由で結託したかは知らないが、その後に今度は王国か、それ以外の誰かに殲滅された可能性もある。今現在、大概の者が死んでいると思っているということは、やはり死滅していると考えるのが普通だった。


 でも、そんなことは関係無かった。


「……ドラ、ゴン殺、す……」


 アリティーナは、たどたどしい喋りながらも、強い決意を持って答えた。


「それ、が、ドラゴン、ハンターの……意義……」


 ドラゴンが滅んでいようといなくとも、することは変わらない。

 いつかドラゴンと戦うその日まで、強くなる。

 それだけが自分の使命だと、アリティーナはマリオへ告げた。


「……そうか」


 アリティーナの覚悟が伝わったのか、マリオは少し天井を見上げるとまた前と一緒の微笑みを取り戻す。


「だが、そんな体ではドラゴンどころか魔物とも戦えまい。勝手に鍛えているようだが、そんなものではいつまでかかるものか。専門の家庭教師を雇ってもいいが?」

「……お願い、したい」


 これはアリティーナにとっても都合の良い話だった。自分一人でのトレーニングでは限界がある。指導してくれる人間が居るのは有り難かった。


「それに、君はあと三ヶ月で学園に入学するんだ。ドラゴンハンターだかなんだか知らんが、これは決定事項。教養や淑女としての嗜みも覚えて貰う必要がある。訓練だけに時間を割いてくれては困るんだが?」

「――なら、頼みがある」


 また新たに願いを加えた孫娘に、祖父は何かと思い尋ねてみる。


「ほう? 今度は、何がお望みだ?」

「……回復、術師が欲しい」

「回復術師……? まあ、それくらいなら用意できるが……」


 回復術師とは、魔術師の中でも回復術と呼ばれる怪我を治癒したり病気から回復させる術に適性のある者たちを指す。戦場では重宝される存在ではあるが、病気の治療という点では医者よりは劣り、また大概戦闘は苦手とする者が多くどっち付かずとも揶揄されることもある不遇の者たちだった。

 そんな者を、どうしてアリティーナが必要とするかマリオは理解できなかったが、取りあえず応じることにした。


「……あ、りが、とう……」


 とだけ言って、アリティーナはその場から杖をつきながら歩いて去ろうとする。


「ああ、ちょっと待ってくれ」

「……?」


 しかしマリオは、地下室を出ようとしたアリティーナを止めて、最後の質問をする。


「君がアリティーナで無いのなら――君の本名はいったい何なんだ?」


 その質問に、アリティーナは少しの間考えると、


「――無い。そんなの」


 とだけ言って、ゆっくりと立ち去っていった。


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