第二十七話 黄金の薔薇(8)
「あははははははははっ、いやあ面白かったよ。期待通りのスピーチありがとう。君も壇上に立たせて正解だったね」
「……は?」
目の前で、執務机に座る男は極めて明るく、楽しそうにそう笑ってティナを褒める。
入学式は既に終わり、それと同時にティナはパウラと共に学園長室へと連れて行かれた。入学式以降も色々予定はあるそうだが、この学園長であるグラヴェール・デュラク国王陛下は権威を利用して強引に連れてきたのだった。
「あれで良かったってのか? 俺が言ったのは単なる脅しだぞ?」
「いいんだよ。学園の生徒たちに、これからドラゴンと戦うかもしれないって肌で感じさせる必要があったのさ。それには、実戦経験のある君がふさわしい。怖がらせるくらいで十分さ」
「でも、あんなことしたら出ていく生徒も少なくないと思いますが……」
「それは無いね。パウラちゃんには分からないと思うけど、この学園に入ったらそう簡単に出るわけにはいかないのよ。貴族社会特有のしがらみってのがあるからね」
「え?」
ニコニコしながら、大げさな身振りで話す国王兼学園長。本当に楽しそうだった。
「国、いや三カ国揃っての共同事業みたいなもんさ。国家の存亡を賭けた戦いに参加できるという栄誉を、貴族たちが逃すはずはない。というか、参加しなかったら貴族社会で後ろ指指される事態になる。それは貴族としての死を意味しているからね」
「でも……自分の子供が戦場に立つかもしれないのに……」
「子供一人死んでも体面が保てれば家は生き残る。逆に子供一人を守れば家が潰れる。それは家に属する者全員の死だ。そう考えるのが貴族という生き物さ」
ゾッと青ざめた顔をするパウラ。平民出身な彼女には、体面だの世間体だの気にする貴族の性質は異様に見えるだろう。ティナも貴族の経験など浅いものだが、あの母親を思い出すとそんなものだろうなと分かってしまう。
だがグラヴェールは、そこでフッと笑い張り詰めた空気を払った。
「……でもまあ、安心しなよ。別に全員を戦場に立たせる気なんて無いから」
「え?」
「何も魔術師の育成と言っても、戦場に立つことだけが仕事じゃないよ。新しい魔術を開発したり魔術付与された装備を生産したり回復魔術師として貢献したり――まあ色々ある。我々だって、若い彼らにそんな無理をさせる気は無いよ」
ほっと胸をなで下ろすパウラ。それにティナは、どこか信用できないものを感じた。
「まあそれはいいとして……陛下、一つ伺いたいことが」
「おいおい、別に学園長で構わないよ? この学園では、その役職で就いているわけだからね」
「では学園長、お聞きしますが……どうして黙ってたんです? 自分が国王であることを。グラヴェール・デュラク国王陛下?」
「……だいぶ機嫌悪いね」
当たり前だろう、とは言わないでおいた。
完全にからかわれていたのである。あの馬車だって、どうせわざとあそこで故障させたのだ。図々しくもこちらの馬車に乗るための芝居だったに違いない。
まんまとそれに欺された。しかも、欺されたのはティナ一人だけだったのだ。
「……なんで、黙ってたの」
「だ、だって、絶対陛下のことだから何かしら企んでると思って……あ」
まずいことを言ったと思ったのか、咄嗟にパウラは口を塞ぐ。グラヴェールは気にした様子も無く、ニコニコ笑いっぱなしだった。
――道理でどこかで見たことあるなと思ったら。
ティナは、ようやく自分が抱えていた既視感の正体に気付いた。
今まで、どこかで見たことがあるのかと思っていたが――何のことはない。グラヴェール本人ではなく、記憶の人物と似ているのをどこかで気がついていたのだ。
二十年前、一度だけ出会った人物。
当時のペチニア王国国王陛下、ヴェルナンドとウェザリア王妃殿下の面影をこの男は継いでいたのだ。
――そういえば、こいつが国王ってことは、あの二人は……?
少し気にはなったが、後にすることにした。今は質問することが多い。
「まあまあ、不機嫌になる気持ちは分かるけど許してあげて、口止めしていたのは私なんだし」
「では聞きますが、なんで身分を隠して接近するような真似を?」
「勿論、君をからかいたかったから……あ、ごめん許して。今のが冗談だから。なんか持ってないはずのパイルバンカーの影が見えるんだけど。ちゃんと説明するから。
でも……まあと言っても理由は大して変わらないんだけどね。単純に、君という人間のことが知りたかったからさ」
「……俺の?」
「そう。正確には今の……三ヶ月前までの記憶を持たない、現在のアリティーナ・フェルベッキオという少女について知りたかった」
そこで、今までの柔和な顔つきだけは一緒だが、射るような視線が追加される。先ほどまでの飄々とした態度からは信じられないほどの迫力に満ちていた。
「……何故、そんなことを?」
「何故って、それは普通でしょう。年端もいかない少女が、いきなりパイルバンカー持ってドラゴンを五体も倒しちゃうんだもん。警戒しない方が変だって。
――しかも、そいつは自分をドラゴンハンターなんて言ってるとか」
「……っ!」
その言葉に、ティナは身構える。
ドラゴンハンター。自分が、二十年前に王国に裏切られ破滅したドラゴンハンターの記憶を持っていると話したのは、たった一人。
マリオ・フェルベッキオしか知らないことを、この男は知っている。
つまり、この男とマリオは繋がっているということだった。
「……そう警戒しなくて良いって。別に何かする気は無いから」
「は……?」
が、グラヴェールはこちらに対して、両手を上げて降参の姿勢を見せることで返した。
「別に君が誰であれ、それでどうこうしようなんて気は無いよ。私としては、君に助けてほしいだけだから」
「助ける……? 何しろってんだ?」
「決まってる。ドラゴン退治だ」
そう言うと、グラヴェールはゆっくりと立ち上がりこちらへ寄ってくる。
「実際、どれくらいのドラゴンが生存しているかははっきりしない。だが、勿論あのアースドラゴンが最後ではないのは確実――『竜人大戦』の再来も懸念される。であるなら、我々人類が来たる戦いに備えて必要なのは何かな?」
「……兵器か?」
「兵士さ」
ゆっくりと、柔らかな声で諭すように語りかける。懐柔しようという姿勢が丸出しだった。
「実戦経験というのは大事だよ。二十年も経った今の王国、いや三カ国にも、ドラゴンと戦った経験があるのは年寄りばかりだ。最もドラゴンと死闘を演じた戦士、ドラゴンハンターたちも、もはや生き延びていないからね」
「……反逆罪で全員処刑されたんだったかな?」
「……まあ、その点の話はここでは置いておいて」
露骨に話を逸らされた。ジト目をするが、別段気にする様子も無く続ける。
「とにかく、ドラゴンと戦った経験のある君は必要な人材だ。誰であれ、粗末に扱う気は無い。私に出来ることは、何でも頼んでくれていい」
「――なら、一つ頼みたいことあるんだけど」
「なんだい?」
「パイルバンカー返せ。お前が持ってるんだろ」
返さなきゃ殺す、という視線で告げると、グラヴェールは苦笑しつつも執務机の引き出しを開けて、中から何かを取りだした。
「……なんだこれ?」
取り出してきたのは、腕輪だった。胴のような鈍い色をした、どこか不思議な気配のする奇妙な腕輪が机の上にゴロリと転がされる。
「着けてみて。そして、ちょっと軽く念じるといい」
「…………」
言われたとおり、装着して魔力を流し込んでみる。すると、
「うおっ!?」
「えっ!?」
目の前に、ドカッと何かが落ちてきた。
思わず手にした巨大な鉄の塊は、あまりにも見慣れた代物だった。
「えっ、これって……」
パウラでもよく知っている、その物体は、
あのアースドラゴンたちをも屠った伝説の兵器――パイルバンカーだった。
「空間魔術の応用だよ。それさえあればいつだってパイルバンカーを手元に呼び出すことが……う?」
グラヴェールの説明を無視して、ティナはパイルバンカーを隅から隅まで観察する。舐めるように、撫でるように、どんな些細なところも見逃さずに調べている。
「…細工した形跡は見当たらないな」
「当たり前でしょ。君私のこと信用できない?」
「不可能だ」
ひでーとか言っているグラヴェールを無視して、腕輪に念ずると、またパイルバンカーは消えた。どうやら、ティナの意志一つで自在に収納可能らしい。
「……いいのか。こんな物持たせて。どんな場所でも携帯できる武器なんか、渡したら危険と思わないのか?」
「別に。君を信用している――と言っても君は信じないか。それね、君が望むとおり自在に出せるけど、その代わりパイルバンカー出したらこっちに通告されるようになってるのよ。つまり君が何か事を起こそうとすればバレバレってこと。理解してくれた?」
そっちだって信用してないだろ、とは言わないでおいた。まあこれぐらいは当然だろうとティナでも納得できる。
「まあ、他にも色々言いたいことあるけれど、そろそろ時間かな。行ったらどうだい?」
「……なんで知ってるんだよ」
「そりゃ、勿論君のことを愛しているから――あごめんごめん、パイルバンカー向けないで」
瞬間的にパイルバンカーを出し突き出すと、慌てた様子で命乞いをする。呆れたかおをしつつも、パイルバンカーを戻して言うとおり向かうことにした。
「パウラ、悪いけど先に戻っててくれか。俺は行ってくるから」
「で、でも本当に大丈夫……?」
パウラもこちらの身を案じてそう尋ねるが、ティナは特に返事もせず部屋を立ち去った。
実は、入学式の直後に呼び出してきたのは、学園長だけではなかった。
別にお目にかかりたいと願われていたが、学園長が来て欲しいと願ったためその後ということにしていただいたのだ。
ラアス王立学園、その中でも最高クラスの生徒たちの集い、生徒会。
通称『黄金の薔薇』より、お茶会の誘いを受けていたのだ。