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第二十六話 黄金の薔薇(7)


 あまりに唐突なことに、呼ばれてもしばらくボケッとしていたものの、すぐに教員に連れてかれてティナも壇上へ立った。


 グラヴェールは、呼び出した三人の女生徒にスピーチをお願いしたいらしい。一番目として壇上へと立たされたパウラは、持っていた紙を開いてスピーチを始めた。事前に打ち合わせ済みだったのは明白である。


 内容は、まあ国のため世界のために頑張りますという特段当り障りの無いものだった。きっと、パウラが考えたのではなく国の偉い人が読むように指示したに違いない。聞いている分には非常につまらないスピーチだった。


 義務的な拍手が終わりパウラが壇上を去ると、次にエインス・ネウが壇上へと立った。場違い感が強すぎたパウラと違って、こちらは自信満々威風堂々といったところで、紙など用意せずスピーチを開始した。


「――まずは、挨拶させていただきます。初めまして、わたくしはエインス・ネウ。このペチニア王国の公爵家の娘でございます」


 初めの挨拶は、別段当たり前のことを言うだけだった。ティナはこの体になってからエインスとは初めて会うが、アリティーナはこの公爵令嬢に信仰に近い特別な感情を抱いていたらしい。だから、どのような人物か非常に気になっていた。


「今さっきご紹介されたように、わたくしは呪われた――悪魔の力と称される、闇属性の持ち主です」


 その途端、会場が再びざわついた。


 闇属性が、神と悪魔の戦争で悪魔が用いた力と伝説で語られているのは、御伽噺で子供も知っている。実際に闇属性なんて存在しないが、それが忌むべき力とする認識が世界中にあった。

 ところが、この少女はその力を隠しもしなければ、わざわざ必要も無いのに改めて宣言までしたのだ。普通なら考えられない行動に、誰もが驚いてしまう。


「――ですが、わたくしはそれを不幸と思ったことはありません」


 次の台詞に、大概の者が面食らってしまう。混乱されっぱなしの講堂内の人々を、エインスはなおも一撃食らわせていく。


「むしろ、この力で世界を、人々を救えるというなら幸いです。これから世界は、大きな戦いが起こり大変な時代を迎えるでしょう――けれども、わたくしは恐れません。

 皆が平和で幸せに暮らせる世界、わたくしが望む世界を作るために、わたくしはこれからも戦う覚悟です。素晴らしい結末を手に入れるため、わたくしと共に目指したい方は、是非とも『黄金の薔薇』へ一度お立ち寄りくださいませ。以上です」


 エインスの話が終わると、講堂全てからさっきとは比べものにならないほどの拍手が響いた。思わずドキッとするような割れんばかりの拍手に、パウラはビビってしまっていた。


 そうしてエインスは壇上を去る。次は当然の如く、ティナが促されてしまう。


 ――どうしたもんかな。


 やむを得ず壇上に立ち、少し考える。当たり前だがスピーチ原稿なんて用意していない。

 ちらと視線を移すと、グラン――グラヴェール・デュラク国王陛下は、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。絶対に、悪ふざけかからかい目的なのを隠そうともしない。ティナは腹が立った。


 しかしこうして立った以上、何か話さねばどうしようもない。


 どうしようかなとしばし考えて、結局一つしか思い浮かばなかった。


「えー……皆様初めまして。私はアリティーナ・フェルベッキオと申します」


 淑女教育で叩き込まれた上っ面を使い、笑顔で何とか挨拶する。


「このような場において、私のような者が特に申し上げることはありませんが……一つだけ、言わねばならないことがあります」


 壇上から見ると、講堂からの刺すような視線がよく分かった。伝説の光属性、闇属性と同じく、ドラゴンを半裸で退治した少女にみな関心をいかに寄せているかということだろう。

 そんな奴らに対して、ティナが与えた言葉は簡潔だった。


「先頃、王都に出没したドラゴン――アースドラゴンですが、あれはただの雑魚です」


 は? と誰もが思ったことだろう。壇上から見える人々が、明らかに戸惑いの色を見せるのを確認すると、ティナは続ける。


「ドラゴンの脅威というものは、二十年も経っているため知らない、よく覚えていない方も多いので明言せねばなりませんが、あの程度がドラゴンの強さであっては困る、と言いたいのです」


 今度こそ困惑は強くなる。何言ってんだこいつと誰もが呆気に取られている。誰かに止められるかもとは思ったが、ティナは止められるまで続ける気だった。


「あれはドラゴンでも弱い方。どの種族のドラゴンが生き延び、どれほど生きているかは私も存じませんが――あのドラゴンより弱いと言うことはないでしょう、多分。実際に大戦になれば――恐らく、ここの人間で生きて帰れる者がどれだけいるか、見当付きません」


 恐らく、ほとんどの人間が頭でも殴られたような衝撃を受けたことだろう。誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。


「……かつて、ドラゴンを倒していった戦士たちは、英雄と呼ばれはしましたが、それは極一部――大概は、ドラゴンに喰われるか焼かれるかして殺されました」


 ティナは、かつての戦士――ドラゴンハンターたちを思いだしていた。

 パイルバンカーという最強の対ドラゴン兵器を持っていても、いやだからこそ彼らは死地へと向かい、そして倒れていった。

 ドラゴンハンターがどれほどの数いたのかなどティナすら知らないが、あの裏切りまで生き延びたのはほんの僅かだったことは間違いない。それが、ドラゴンと戦うということだ。


「私は希望的なことなんか何も言わない。ただ現実的なことだけ言わせて貰う。

 ――今ここで怯えている奴は、ドラゴンと相対した初日に死んじゃうよ。それだけだ」


 とだけ言って、礼を済ませると壇上から降り去ってしまう。控えていたパウラが、慌てて追ってきた。

 戻る間際、傍にいた教職員らの顔を拝んだ。ほとんどは呆然としているだけだったが、


 ――なんであれで笑ってんだよ。


 一人だけ、グラヴェール学園長が顔を膨らませて爆笑したいのを堪えている様子だった。


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