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第二十五話 黄金の薔薇(6)

 入学式は、学園に建てられた大講堂にて執り行われる。

 千人近い学生たちと教職員たちを含めた人々を纏めて入れるのだから、その大きさはかなりのもの。その大講堂に、新入生在校生含めたラアス王立学園の生徒たちは椅子に座って待機していた。


 これから始まる、入学式。まずは学園長が挨拶するのでこちらで待っているようにと案内された生徒たちは、みな一様に着席した。

 それぞれ別に決まりなどなく、適当に前の席から詰められて座っているだけなので、大概隣に座った知り合いとひそひそ話に花を咲かせている。


 初めてこのような場に来た、ティナとパウラも同様であった。


「……人多いわね」

「いや、王都住まいのお前ならもっと人が一カ所に集まってるの見たことあるんじゃない?」

「あんなのと一緒にしないでよ! こんな煌びやかな場所でこれだけの綺麗な人たちと同席するなんてあり得ないから! アンタは貴族だから慣れてるだろうけどさ!」

「慣れてはいないな。三ヶ月前までの記憶は無いから」


 あ……と申し訳なさそうな顔をされる。パウラには記憶喪失の話はしているが、時折こうした会話をしてこうした反応をさせてしまう。むしろこっちが失言した気になるので控えていたが、うっかり口が滑ったようだ。


「別にいいって。そう変な顔されるとそっちの方が困る」

「ちょっと、何よ変な顔って……!」

「しっ。静かにしておけ。始まるみたいだ」


 え? とパウラが反応するより早く、講堂の端で控えていた職員たちが動き始めた。先ほどまで少しざわつく程度は無視していた教員たちが、静粛にするよう促した。学園へ到着してからしばらく待たされたが、ようやく入学式の開始らしかった。


 やがて、講堂の奥である壇上へと歩く者が現れた。


 白を基調として、ところどころに金や銀色に光る刺繍が施された、見ただけで最高級品と分かる服。単なる服ではない、全身を覆う高貴さは一目見ただけで特別な存在だと是が非でも理解させるように作られている。


 だが、今のティナはそんなところに目は行かない。

 ティナの視線を釘付けにしたのは、現れた男の顔だった。


「あいつ……!」


 そう、現れたその人物は、

 ついさっきまでティナたちと馬車に乗っていた男――グランだったのだ。


 だが、驚いたのはティナだけではなかった。


「ん――?」


 気がつくと、今まで静まりかえっていた生徒たちがざわつき始めている。それもどうやら新入生だけでなく在校生たちも同様らしい。

 壇上に立った何者かが、誰かみな知っているようだ。その人物がここにいることに、全員困惑しているらしかった。


 そんな生徒たちの動揺は無視して、壇上のグランはあの笑顔をしつつ話し始める。何かしらの魔術を使っているのか、その声は遠く離れていても明瞭に聞き取れた。


「どうも。本年度より我がラアス王立学園の学園長となりました、グランです」


 なんてにこやかに告げるが、それでざわつきは収まったりしなかった。むしろ、何故かより悪化してしまう。より混乱を強めただけだったようだ。


「……まあ、これで納得する人はいないよね」


 と、やはり楽しそうに、グランは笑う。


「よろしい。では、ちゃんとした自己紹介をしましょう」


 そう言ったグランの瞳は、どうしてだがティナの顔を見ていたような気がした。




「このような壇上より失礼いたします。ペチニア王国に限らず各国を代表する皆様方、初めまして。

 私の名はグラヴェール・デュラク……我がペチニア王国の、国王陛下の名を請け負っております。皆様、どうかお見知りおきを」




 その言葉に、ティナはぶん殴られたような衝撃が走った。


 ――国王陛下!?


 思わずパウラの方を振り返る。やっぱりバツの悪い顔をしていた。


 そこで、ようやくティナは気付いた。今までグランに――グラヴェール・デュラクに抱いていた違和感と既視感の正体に。


 ――似てるんだ、あいつらと。


 思い出すのは、ドラゴンハンターだった頃、唯一王城に招かれた時。

 その時は、竜王を倒した褒美として謁見を許された時があった。


 そこで、ティナは初めて顔を拝見することが出来た。

 その国王陛下と、同じく席を並べて玉座にいたのは王妃殿下――両者の顔を。


 グランの顔が、父と母――前国王陛下と王妃殿下にどこか似ている気がしたのだ。それが不思議な感覚となってティナの頭から離れなかったようだ。


 しかし、あのグランが今の国王なら、二十年前会ったあの国王はどうしたのだろうか? それほど老齢でもなかったし、病死の類は想像出来ないのだが――とティナは首をひねる。


 そうしている間にも、グラヴェール・デュラク国王陛下の演説は続く。


「さて、まずは学園長として、ここに来られた皆様にお祝いの挨拶をしなければなりませんが……残念ながらそうはいきません。皆様に、お話しすることがあります」


 そこで一転、先ほどまでの笑顔を消し去り、国王陛下は真面目な顔になる。講堂内もそれとともに静まりかえった。


「既に……皆様もご存じでしょうか、先日、我々の王都ラングがドラゴンに襲撃されました」


 勿論、それに誰も驚きはしない。二十年前滅んだはずのドラゴンが現れたという事件は、とうの昔に世界中に知られていることである。

 だが、国王グラヴェールの話はそれだけでは無かった。


「これは、今まで内密にされていたことですが――ドラゴンの生存が確認されたのは、これが最初ではありません。既に、各地で散発的な襲撃は発生していました」


 講堂内のざわつきが、更に酷くなる。パウラに至っては息を呑んでいるが、ティナは別段驚きはしなかった。


 ――やはり、か。


 まさか、あの五体だけ運良く生き延びていたとは思えなかった。明確な理由は無いものの、他に生きているかもしれない、という予感はあった。

 困惑する生徒たちに対し、グラヴェールは追い打ちをかけるように話を続ける。


「これは、二十年前の『竜人大戦』――ドラゴンと人間との戦争が終わっていなかったことを意味します。各国は、対ドラゴン戦において協調することを同意いたしました。世界の平和と人類の救済のため、我々は団結することを約束します。

 そして――もう一つ、すべきことがある。対ドラゴン戦闘に必要な人材の育成です」


 その発言に、ざわついていた生徒たちがピタッと黙る。

 彼らは、知っているのだ。この学園が、何のために作られたか。


「皆様もご存じとは思いますが、この学園――ラアス王立学園は、元々ドラゴンとの戦いに備えるため、ドラゴンとの戦いに必要な魔術師や魔導騎士を育成するために創設されました。まあドラゴンが滅びた今はそのような役目は自然消滅し、各国と貴族間の交流の場として機能していましたが――ドラゴンが復活した今、本来の役目を取り戻します」


 つまり、魔術師養成機関としての学園に戻るということだろう。今の学園は本当にただの貴族御用達学園だったのに、戦争に駆り出されると聞いて生徒たちは誰も彼も顔を青くしている。


「――ですが、ご安心ください。我々には期待すべき者、優れた才を持つ若者たちがいます」


 と、いきなりそんなことを言いだした国王に、よれ戸惑う生徒たち。

 彼らに対して、グラヴェールは大げさな身振りで生徒たちが座る席の一つへ手を差し出す。


「一人は、神と悪魔の戦いにおいて、人類に救済の光をもたらしたという伝説の魔力、光属性の持ち主である『光の巫女』――パウラ・ノービス様」

「え?」


 ティナが驚いて振り向くと、パウラがゆっくりと起立して壇上の方へと歩き出した。


「え、お前……」


 ゴメン、という仕草をしてパウラは行ってしまう。どうやら、最初から打ち合わせ済みだったらしい。

 そしてパウラが壇上に上がり、グラヴェールの隣に立つと、国王は言葉を続ける。


「次に、同じく伝説の魔力と呼ばれる闇属性の持ち主にして、既に様々な公共福祉や治安回復、魔物討伐などで名を馳せている『闇の巫女』――エインス・ネウ公爵令嬢様」

「なに?」


 エインス・ネウ。その名が呼ばれ、ティナは驚愕する。


 ――闇属性だと?


 闇属性。

 かつて神と対立した悪魔が用いていたという、光属性と同じ伝説の魔力。その出自から、光属性とは逆に忌諱されている呪われた力と教わった。光属性だけでも御伽噺の領域なのに、まさか闇属性までいるのかと信じられなかった。

 そして、その闇属性を持つのが、あのエインス・ネウだと聞けば耳を疑うのも当然だった。


 そんな考えを巡らせていると、「はいっ!」というやたらデカい声が響いた。


 声の方へと向くと、これもやたら派手な女が歩いていた。

 遠目からでも分かる、美しい金髪。それを何本もの縦ロールで形成して、頭だけでもだいぶやかましい女だった。


 やがて壇上に現れた彼女を拝見した者たちは、大概が見とれてしまう。


 美しく、綺麗な整った容姿。遠目からでも、彼女の美貌が尋常じゃないと分かる。くっきりした目元、ツンと高い鼻、柔らかそうで健康的な色をした唇。きめ細やかで触り心地のよさそうな旗。どれもこれも完璧で、あのグラヴェールと肩を並べてもまったく見劣りしないほどだった。

 体格もパウラの制服と一緒のはずなのに、印象は全然違った。服が窮屈に感じるほど大きく見える胸、スラリと伸びた腰と足。どれもこれも女性としては優れすぎている、とティナでも分かるほど華美を誇っていた。


 光と闇、二つの力を持つ少女が、同時に壇上へ並ぶ。

 このような場で注目されることに慣れていないパウラは、見事に恐縮してしまって辛そうだった。反対に流石は公爵令嬢といったところか、エインス・ネウは平然とした様子で周囲に笑いかけるまでしている。その笑顔に、ティナの周囲にいる者たちまでうっとりしていた。


 伝説の魔力を持つ二人の少女。その力を、ドラゴンとの戦争に貢献させるということだろうか。

 そう、誰もが思ったはずだろう。


「――そして、もう一人」


 だが、グラヴェールはさらに別の人間を招こうとする。エインスが「え?」と驚いて国王陛下を振り返っていた。

 そんなことに気付いた様子も無く、グラヴェールは三人目へと目を向け、手を伸ばした。




「先の王都におけるドラゴン襲撃において、たった一人でドラゴンを殲滅した英雄――

 アリティーナ・フェルベッキオ伯爵令嬢様です」

「……は?」


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