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第二十四話 黄金の薔薇(5)

「……え? パウラを学園に招いたのはあなたなんですか?」

「ええ。と言っても、私が探し出したわけではなく、部下の報告を聞いて交渉に伺っただけですが。私、こう見えて少し偉いもので」


 なんて馬車の中でにこやかに話すこの男、名前はグランというが、胡散臭さは微塵も減らず、ティナは却って警戒心を強くしていた。


「あの……偉いって、具体的にどのような役職に就いているのですか?」

「おやおや、またそれですか。アリティーナさん、先ほども申し上げましたが、世の中全て知ることが幸せとは限りませんよ? 特に男女の関係とは、少しぐらい秘密を抱えているぐらいが面白いのですよ」


 何言ってんだこいつ、と言ってやりたかった。

 しかし、それは出来なかった。


 パウラもミリアも、この男に対する反応がおかしい。関わりたくないというか、腫れ物にでも触るように忌諱している。こんな二人は見たことがなかった。

 どうやら二人はこの男が何者か知っているらしかった。だがそれを口にしようとしない。ニコニコと笑うこの男が、妙な威圧感をかけているせいだ。


 確かに、かなり偉い立場の男らしいが、そのような男がどうして自分に会いに来たのか――と思っていると、グランは笑顔のままで問いかけてくる。


「ところで……見てましたよ。この前のこと。思わず見とれてしまいましたよ、アリティーナ嬢」

「……何をい仰います。あんな貧相な体、見たところで何も楽しくないでしょうに」


 そう返すと、グランは一瞬キョトンとするものの、すぐさま大爆笑した。


「あっはっはっは! いやあ、そう卑下するものではありませんよ! 私としては、むしろあのような控えめな体格こそ美しいと……おっと」


 そこまで言って、グランは口を塞いだ。ティナ以外の女性陣から鋭い視線が刺さっている。


「失礼、今のは口が滑りました。お忘れください。お話はそれではありませんよ。あなたの――ドラゴンを相手にした戦い振りです」

「……その話をするために、わざわざこんな場を?」

「いいえ。ただの好奇心ですよ。学園に入ると、話どころか会うのも難しくなりますからね。お顔を一度拝見したかっただけです」


 好奇心、で普通の人間がこんな形で会いに来るのは難しいだろう。只者じゃないことは分かるが、ティナは自分の想像以上にこのグランという男はやばい男かもしれない、と思いだした。


「――実を言いますとね、この一週間あなたに会いたい、あなたを取り調べたいという輩は山ほどいたんですよ。国内外を問わずにね」

「え?」


 言われてみて、当たり前の話だと気がついた。


 あんな往来で、ドラゴン相手に大立ち回りを演じたのだ。しかも、伝説のパイルバンカー相手に。どこの誰であろうと聞きたいことは腐るほどあるはずだ。

 だが、ティナの暮らしは穏やかなものだった。誰一人として、パウラ以外訪れる者は居なかった。

 ならば、誰かがそのような者たちを止めていたことになる。


「……あなたが?」

「まあ、私は命じただけですが」


 命じただけ、と言うが、そんな軽い話ではないはずだ。国内外を問わずやって来る者たちを全員止めるなんて、生半可なことじゃないだろう。下手な者が行えば、外交問題にまで発展するはず。


 だとしても断行できたとなれば、この男はそれが出来る身分であるということだ。


「……おや?」


 と、そこで窓の方を見ていたグランが何かに気付く。ティナとパウラもそちらへ視線を移した。


「見えてきましたよ。ラアス王立学園が」


 グランの言うとおり、馬車は丘を一つ越え、目的地である学園を見えるところまで来た。


「……わ。おっきい建物」


 パウラが思わず声を上げる。


 全体の大きさだけで言えば、王城フェイルより上だろう。巨大な中央の塔がそびえ立っている周りに、三つの小さな塔が囲うように並んでいた。四つの塔を囲うように、外壁が学園という名の街を完全に取り囲んでいる。

 あれが、ラアス王立学園。かつてドラゴンとの戦いにおいて重要な、魔術師を育成するために用意された世界最大の学園だった。


「あれがラアス――凄い建物だな。ドラゴンと戦うために、よくあんなもの建てたなあ」

「まあ、昔はずっと貧相でしたがね。何しろ戦時中に建設されましたから。改修を繰り返し、あれだけの巨大建造物になりました。私としては昔の方が慎ましくて好きでしたが」

「いつの話をしてるんですか……でも、学園なら建物の立派さは確かに関係無いですね。頑強さならともかく」

「そういえば、ここって何度かドラゴンの襲撃に遭ってるんだっけ。よく無事だったわね」


 パウラは平民であるが、それでも昔話を王都の民から聞く機会くらいはあったのだろう。そんな風に呟いてくる。


「まあ、当時色んな場所が襲われてたし、学園に限った話じゃないけどな。でもまあ、それもまた昔話――魔術師養成学校は、今では貴族の社交場だって聞くし、どんなところなんだろうなあ」


 などとぼやいてみる。ティナとしては、乗り気になれない学園生活の愚痴を出しただけのつもりだったのだが、


「ええ。全くその通りと私も思いますね。――今までは、の話ですが」


と、意味深な口ぶりをされてしまった。


「……? それってどういう……」

「おや?」


 と、そこで馬車の外が騒がしいことに気付いた。

 窓から顔を出して見てみると、反対方向から馬車がまた現れていた。


「あれは……?」


 向こうも馬車だったが、様子がおかしい。


 馬車自体はティナたちが乗っている伯爵家所有の馬車より豪華そうに見える。大きさも形も、外側に金や銀色に輝く装飾をされているところを見ると、物凄い金持ちが酔狂で作るか、あるいは物凄い立場がある人物しか乗れないような豪華さがあった。


 その豪華そうな馬車が、かなり急いでせききって走ってきたらしく、牽いている馬も息を荒く吐いている。だいぶ無茶をさせたらしかった。

 そんな尋常でない急行軍で駆けてきた馬車から、何人か降りてきた。どれもこれも貴族らしい派手で色鮮やかな衣装を纏った連中が、馬車に揺られたのであろうおぼつかない足で出てきた。このような場所で実に奇妙な光景だった。


「あー……来ちゃいましたねえ、迎え」

「はい?」


 ティナが聞き返す間もなく、グランはこちらの馬車から降りてしまう。


「あ、ちょっと!」


 聞きたいことが山ほどあるティナは、グランを止めようとするが、


「――アリティーナ嬢」


 と、グランは今までの明るそうな声色とは打って変わった、冷静で冷徹な声でティナに声をかける。


「な、なんです?」


 ビビってしまったティナだったが、反射的にそう聞くと、


「……君の学園生活、私としてもできる限りのことはしたいが、限度というものはある。気をつけるように」

「気をつける……? アンタ、いったい何者なんだ?」

「それは――言わないでおこうか。とにかく、私の忠告は一つだけ――

 どんな美しい薔薇にも、鋭い棘はあるものさ。決して上辺だけの美貌に乗せられないよう。それでは、また会いましょう。光の巫女と竜殺しの英雄よ」


 そう恭しい礼を終えると、グランを迎えに来たらしい者たちが駆け寄ってくる。

 あっという間に、グランは彼らに連れて行かれて学園の方へ消えてしまった。


「……何だったんだ、あいつ」


 呆気に取られていると、パウラが疲れた様子で答えた。


「……多分、すぐに分かると思う」

「いや、そろそろ言ってくれてもいいんじゃない? 今居なくなったしさ」

「お嬢様、我々もそろそろ学園へ向かいませんと」


 有無を言わさずミリアに強引に乗せられてしまい、ティナたちを乗せた馬車は移動を再開した。


「……なんだ、薔薇って」


 憮然とした表情をしたティナは、グランが残した言葉を思い返していた。


 薔薇くらいはティナとて知っている。あの色取り取りの綺麗な花は、ドラゴンハンターだった時代もアリティーナとして目覚めて以降もどこかしらで拝むことが出来た。

 ただ、その下に潜む鋭い棘の痛みは、経験したことがなかったが。


 けれども、それがどういった意味合いを持つのか? ティナには見当が付かなかった。


「……お嬢様。実は、一つ心当たりがあります」

「え?」


 すると、意外なことにミリアが推測を述べてきた。


「覚えておいででしょうか? あの日、お嬢様が向かうはずだったお茶会を主催した方を」

「ああ、エインス・ネウ公爵令嬢のアレか。あんなことになって俺が倒れたから、断ってくれたんだっけ……で、それがどうかした?」

「実は、学園には生徒会があるのですが、その生徒会は実質エインス様が実験を握っているとか」

「――ん? いやエインス様は俺と同学年でしょ? まだ生徒でもないのに、支配してるの?」

「私も詳しくは存じませんが――その生徒会は、こう呼ばれているそうです」


 そこでミリアは一旦切ると、いつもの優しい雰囲気を消してこう告げた。




「黄金の薔薇、と」


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