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第二十三話 黄金の薔薇(4)

 ゴトゴトと馬車の中で、ティナとパウラは対面に座っていた。

 隣には、ミリアも同席している。狭いながらも紅茶の用意などお世話をするため同席してもらっているのだが、多分必要ないとは思ってはいた。


 何分王都と学園は近いので、馬車に乗っていればすぐに到着する。

 と言っても少しは時間に余裕があるので、ティナはパウラと会話することにした。


「……ティナも、学園寮に泊まるんだろ?」

「まあ、私はわざわざ王都に戻る必要ないしね」


 ラアス王立学園には、学園に併設されている学園寮がある。王都かあるいは近場に家がある生徒はそのまま来ることも許されているそうだが、他国からも生徒が来ている都合上学園寮は必須だった。


 ティナも王都に屋敷がある以上別に通学しても構わなかったが……馬車に毎日乗るのも面倒だったので学園寮を都合してもらった。なお、お付きの使用人一人を同行させることも認められているため、ティナは当然ミリアを選んだ。


 当然のことだが、それらは毎日馬車を用意する金もお付きを雇う金も用意できる人間のみであり、家に金が無い貧乏貴族や――平民には到底無理な話だった。


「しかし……でもどうして俺の馬車に乗ることにしたの? 王国が直々に招いたのなら、迎えの馬車くらい寄越しても良いはずだけど」


 実は、ティナの馬車に乗せてくれるよう頼んできたのはパウラだった。当日自分の足が無いため、是非お願いしたいと懇願してきたときは了承したものの、よくよく考えると変な話だ。そうした理由から、今日改めて聞いてみることにしたのだ。


「あー……それはね」


 すると突然、、何か言いにくそうな仕草を始めた。パウラからすれば珍しい反応だったので、何か深い理由でもあるのかと思った。


「いや、別に隠すようなことじゃないんだけど……私を学園に招いた人の話はしたでしょ。元々馬車を用意してくれるはずだったのに、その人がティナの馬車に乗せてもらったらって」

「……は?」


 ティナはポカンとしてしまう。何故その人が、わざわざ面倒なことを仕組んだのか意味が少しも理解できなかった。


「……誰なんだ、その人って」

「……聞かない方がいい」

「はい?」


 またしてもだいぶ渋い顔をしている。なんか嫌なことでもあった――のではなく、ずいぶん疲れた顔をしていた。


「……誰?」

「ごめん。言うなって言われてるの。それに、どうせ長くても数時間後には誰だか分かるし」

「え、それってどういう……」


 そこまで言ったところ、急に馬車がガクンと止まる。


「な、なんだ?」


 まさか盗賊でも出たのか? と思ったが、流石にそれは無いと思い直した。ここは王都から学園まで続く街道。しかも今日は学園の入学式なのだから、警備も厳重のはず。そんな状況で襲ってくる盗賊など居るはずがない。

 ならばまさかドラゴンか、と思ったティナは、ミリアの制止も聞かず馬車から飛び出した。そこで目にしたのは、


「……ん?」


 なんと、そこには馬車が一両止まって街道を塞いでいるところであった。どうも溝にでも入って車輪が壊れでもしたらしく、立ち往生しているらしかった。

 それだけなら不運な事故なのだが、何か様子がおかしかった。


 こちらの馬車の御者も護衛として同行した騎士も、誰かに威容にヘコヘコしていた。どちらかというと道を塞がれ迷惑している立場のはずが、相手側に対していやにへりくだった取っているのだ。


「……おや、そこの君は!」


 そうしていると、その頭を下げていた相手がこちらに気付いて寄ってきた。二十代か三十代前半くらいの男性だが、その人物の顔が見えた途端ギョッとした。


 何か、やたら派手な奴だった。服装自体は別段どうという事の無いシャツとズボンなのだが、派手なのは彼自身の容姿にあった。


 輝くような金髪のロングが、日の光に照らされてやたらピカピカしている。金髪なんて貴族には大して珍しくないというが、ここまで照らされているのは異様であった。

 それに対して、緑のまるで宝石の如く光る瞳を有する顔も整いすぎて逆に異質さを感じさせるくらいだった。要するに、顔が良すぎる。パッチリと好奇心旺盛そうに開かれた両眼も、高い鼻も、小さく切り揃えられたような唇も、とにかく顔の形から何から生きた人間とは思えないほど綺麗なのだ。


 かつても今もあまり人間の顔になど詳しくないティナだが、それでもこの男が普通の人間とは違う養子の持ち主だと分かる。一言で言えば、無類の美青年、と言ったところか。

 そんな男が駆け寄ってくれば、誰だって驚いてしまうだろう。ティナは焦ってしまったが、それに気付かぬ男はティナへと下へたどり着くと息を切って謝罪の言葉を述べる。


「いやあ申し訳ない。こちらの馬車が壊れてしまいましてね。今どかしている最中なので、大変恐縮ですが少し待っていただきたいのですが」

「はあ……まあいいですけど」


 などと言われれば、そう返すしかない。入学式まではまだだいぶ時間があるので構わないのだが、しかしそう言うと男は喜色満面の笑みをして、


「おお、ありがとうございます! なんと心の広いお嬢さんだ、素晴らしい! まさに貴族の名にふさわしい心持ちですね! 感動いたしました!」


 とこちらの手を握りしめて熱い心の内を語ってくる。

 こんな程度のことで何言ってんだこいつ、と口にしたいのを堪えていた。どうも、かなり変な輩らしいとティナは判断した。


 ――あれ?


 と、そこでティナはふとした違和感に気付いた。


 ――こいつ、どこかで見たことあるような……


 ティナの記憶は、アリティーナ・フェルベッキオとして目覚めた三ヶ月間と、それ以前の――ドラゴンハンターとしての記憶しかない。そして、ドラゴンハンターだったのは二十年も前の話だ。


 故に、この男が三十代前半ならば、最大でも十五歳くらいだろう。仮に同一人物だとして、二十年も経っているなら容姿も変わりそうなもの。当時会ったのなら、これほど目立つ顔の男に会えば記憶に残っているはずだ、とティナは思った。


 では、この既視感は何だろうか? ティナは見当が付かなかった。


「おや、どうしました? 私の顔に何か付いてますかね?」

「あ、いえ別に……」

「それは良かった。ところで、申し訳ないのですが、あなたの馬車に同行させてもらえませんかね?」

「……はい?」


 急にそんなことを言われて目を丸くする。凄い爽やかな顔をしているが、とんでもなく図々しいことを言ってきた。


「いやぁ、何しろ私の馬車はこんな有様でして。このままだとたどり着けなくなっちゃいますからね。どうしたものかと思っていたら、皆様が現れたわけで。だから是非とも、乗せていただきたいのですが宜しいでしょうか?」


 宜しいでしょうかも何も無い。いきなり他人の馬車に乗せてくれなんてティナですらおかしいと分かる。しかも、それを当然のように言ってくるのだ。


 相当変な奴が現れたな、とティナも思ってしまう。何言ってるんだと怒ろうとしたが、


「……乗せてあげようよ」


 と、後ろから賛同される。


「え?」


 振り返ると、相手はパウラだった。しかし、様子がおかしい。


 何か、様子がおかしい。疲れ切っているような困っているような、とにかく顔色が悪かった。第一、何故かこちらを見ないようにしている。


 しかも、様子がおかしいのはパウラだけではなかった。ミリアに至っては口をあんぐりと開けて唖然としているし、他の御者や護衛たちも似たり寄ったり、どいつもこいつも、この男の顔を見て呆然としている。


「……おや、パウラさん。お久しぶりです。こんなところで出会うとは奇遇ですね」

「……どうも」


 そうしていると、なんとこの怪しい男とパウラは顔見知りらしかった。だが男は親しげだが、パウラの方は明らかに忌諱している。非常に面倒くさそうだった。


 何者なんだこいつ、と思っていると、男はこちらに向き直った。


「……やはり、記憶を失ったというのは本当のようですね、アリティーナ・フェルベッキオさん」

「え?」

「いやね、今更ですが、私とあなたはお知り合いだったのですよ。ですのでどうしたものかずっと気にかけていましたが……残念です。私のことも忘れているとは」


 面食らってしまう。なんと、かつてのアリティーナとこの男は顔見知りなのだという。


 ――こいつ、わざとここで待ってたのか?


 何故わざわざそんな面倒をするか分からないが、少なくとも偶然ではあるまい。こんな小芝居をしてでも、こちらに会いたかったらしい。


「……昔の私と、あなたはどのような関係だったのですか?」

「いや、失礼。意地悪が過ぎました。そんなことはお気にせずとも結構です。記憶を失ったことにあなたは何も悪くないというのに、こんな真似をして恥ずかしく思います。どうか許していただきたい」


 何かいきなり謝りだした。なんか忙しい人だなあと思いつつ、とりあえず聞かねばならない質問を行うことにした。


「……あの、あなたのお名前は?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


 全然言っていない。そう気付くと、また大げさな身振りで嘆きの動きをする。


「なんたる不覚! 私ともあろう男が、淑女の前で名乗りも行わぬ無礼を働くとは! いえ、あなたの記憶喪失のことを知っておきながら、怠ってしまったのは私の不埒さ故、本当に申し訳ない!」


 なんかとんでもなく変人が現れたなあ、と周囲の人間たちのようにティナも疲れた顔をすると、男は先ほどまでとは打って変わり、不敵な笑みをしつつ礼をしてこう言った。




「――そうですね。どうか私のことは、グランとお呼びください。フェルベッキオ家のお嬢様?」


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