第二十二話 黄金の薔薇(3)
「う~ん……」
早朝。
自室にある姿見の前で、ティナは渋い顔をして唸っていた。
そんな彼女とは対照的に、極めて明るく幸せそうな顔で喜ぶのは、専属メイドであるミリアだ。
「とてもお似合いですよ、お嬢様」
そう褒め称えるミリアだが、姿見で自分の服装を確認しているティナはどうにもそれを受け取れなかった。
「これは……どうにもな」
「サイズはきちんと合っているはずですが、苦しいですか?」
「いやサイズは問題ないよ。きちんと仕立ててもらったんだから。だけど、この服装はなあ……」
そう呟きながら、ティナは改めて確認する。
白いシャツの襟元には赤いリボン。その上には紺色の上着――ブレザーを着る。金色のボタンで二つ留めする形だが、左の胸元には同じく金色の獅子と不死鳥と亀があしらわれたエンブレム――学園の校章が刺繍されていた。
下はスカートなのだが、前に着た白いドレスと違いかなり丈が短い。格子状の刺繍が施された青と黒が主体のスカートは膝が丸出しになっている。いくらなんでも短すぎないか、とミリアに聞いたが「こんなもんです」の一辺倒だった。
「それが学園での正装です。これからお嬢様もご入学なされるのですから、慣れていただかないと困ります」
「いや、別に服装に不満があるわけじゃ無いけど……」
そう言いつつ、やっぱりどこかおかしい気がするとスカートの裾から手を離せないでいた。この姿で目覚めてからの服装など大して気にしておらず、着ても訓練のため動きやすいズボンばかり履いていたティナにとって、スカートというものはどこか編に感じて仕方なかった。
だが、着ないわけにもいかない。
学園――ラアス王立学園は制服登校が義務だった。ある程度装飾品を付けることくらいは許されているものの、着ていないと学園へ入れて貰えない。それが校則だという。
これは、ラアス王立学園という学園の誕生と存在に関係がある。
実は、王立学園を名乗っているものの、ラアス王立学園はペチニア王国だけではなく――ドニアス連合国とバゴール共和国の三カ国による共同によって誕生した学園なのだ。
創立は四十年近く前、竜王がドラゴン族を支配し人類へ宣戦布告をした時期へ遡る。
人類はそれ以前から人類同士での戦いを行ってきたが、このドラゴン族との大戦において各国は協調すべきという事で同意し、三カ国で同盟条約が結ばれる。
同盟は軍事面での協力が主体であったが、それだけでは勝てない。他に必要なものもあった。
それが、優れた魔術師の育成――後のラアス王立学園の創設である。
当時はドラゴンハンターなどいなかったので、ドラゴンを倒すためには魔術師が魔術師によって付与魔術のかけられた武器が必要不可欠だった。その魔術師を育成するため、魔力量の高い貴族を中心として三カ国の英知を結集した学園を作る。その理念の下創設されたのだ。
と言っても、ミリアによるとドラゴン族が滅びたとされる今は、それほど魔術師育成に力を注いでいないただの学園だそうだが――ともかく、三カ国から貴族が集まる学園なのは確かだ。
そうすると、私服だと貴族とは言え富裕度は違うから、目に見える格差が生まれることになる。これが同じ国ならまだしも、別の国の場合明らかに不和の原因になる。互いに意地の張り合いになるか、最悪学園内で戦争を始めるかもしれない。だから下手な格差が付かないよう、生徒には制服を用意していると説明された。
そんなわけで着ること自体は別に構わないのだが、どうにも落ち着かないのは学園登校初日でも変わりなかった。
「しっかりしてくださいませ、お嬢様。これからお嬢様は、フェルベッキオ家を代表して入学なさるのです。堂々としていなければ、家そのものが嘲笑の種になるのですよ?」
「いや、別にそこまで大きなものを抱えている気は無いんだけど……」
「それに、お嬢様は有名人ですから、注目を浴びるのは必須です。今からその落ち着きの無いご様子では、学園では困りますよ?」
「――そりゃ、王都であれだけ派手に暴れればね」
一週間前のアースドラゴンとの戦闘は、王都どころか三カ国全体に駆け巡ったらしい。ティナはあれからほぼ別邸に籠もっていたので知らないが、貴族が面会を願ったり平民たちが屋敷に一目見ようと集まったりと色々あったらしい。なんと、吟遊詩人がネタにしたとかティナの姿を描いた絵すら流行っているとか。パイルバンカー持ってほぼ全裸の。
「正直言いますと、下卑た視線で見ている者も少なくないと思います。私も学園には同行するとはいえ、周囲にはどうか警戒なさいますよう」
「いや、こんな貧相でしかも筋肉だらけの体なんて見たがる人いないと思うけど……」
「お嬢様、世の中にはそのような姿であるからこそ欲情する殿方もいます」
「それ、やっぱり普通の男にとって面白くない体だって言ってるのと同じ事だな」
「それと、別に下卑た視線とは変態的な意味とは限りませんよ」
つまり、何かしらの思惑があって近づく輩もいるという意味だろう。まあ伝説のドラゴンハンターのような少女が現れたとすれば、自身のため使えないかと思う者も出てきて当然だ。貴族社会とは悪意と下心で満ちている。散々利用した挙げ句始末されていった、かつての戦士たちを知る身としては十分痛感していた。
「……王国からは何も言ってこないの?」
「いえ、何も」
変な話だった。
ドラゴンハンターたちを抹殺したのは王国とドラゴン族たちである。正確なところは分からないが、少なくとも王国がそれを知らないとは思えない。だというのに、ドラゴンハンターを彷彿とさせる自分を放っておくのは変だ。正直言って、この屋敷に王国とドラゴンが攻めてくるかも思っていたくらいなのだが。
第一、あのパイルバンカーはどこから来たのか? あの戦いでドラゴンハンターたちが殺されたなら、パイルバンカーも用済みとして破壊されていても不思議ではないのに、二十年も経ってまだ残っていたのも変ならば、あの時あの場所に飛んできたのも変だ。誰かが保存していたとしか思えないが、具体的に誰なのかは分からない。
一応、想像出来る人間は一人居るものの――下手に相手取るには難しい奴だった。今は黙っておくのが得策かもしれない。
とにかく今は、入学式に向かうのが最善だ。王国やドラゴンなど気になる奴らはいるが、考えても仕方がない。アリティーナ・フェルベッキオとして、やらなくてはいけないこともある。そう自分に言い聞かせて、ティナは準備することにした。
学園は、王都ラングから程近い場所に用意されていた。当時はドラゴンの襲撃が絶えなかったため、適当な施設を用意する間もなくかつてドラゴンの襲撃に遭い壊滅した街を再建する形で用意したが、今は改修が進んでかなり美しく強固な要塞としても機能する都市そのものと言えるらしい。かつては訪れたことがなかったので、楽しみではある。
それに、あまりに多くのことを考えていてはいられない事情も別にある。
「……で、来てるの?」
「もう既に、ご到着して通してあります。これ以上待たせるのはどうかと思いますが」
「分かってる。とっとと行こう」
ティナもようやく腹をくくる。言うとおり、いつまでもこんなところで自分の制服姿を眺めていても仕方ない。
既に大方の荷物は学園に運び終えている。学園では寮生活になる――別に近くなので王都の屋敷に帰っても構わないそうだが、ティナは断った――ため、ミリアが必要なものを先に手配して運ばせた。残りは、最低限の手荷物と自分の体ぐらい。
けれど、ティナにはもう一つ運ぶべきものがあった。
ロビーまで歩いたところ、玄関の前で待っていた人物がこちらに気付いた。
「……おはよ」
「……おはよう。パウラ」
そう言って挨拶してくる彼女は、形としてはティナと同じ制服姿ではある。
しかし、見ている分にはとてもそうは思えない。
とにかく体格が違いすぎる。身長がだいぶ差があるだけでなく、手足はスラリと伸びているし胸の大きさも圧倒的だった。というか、ティナの方は胸なんてあるのかどうかすら分からない程度しかないが。
そんな衣装を着た彼女も、どこか慣れない様子である。平民出の彼女にとってこのような服は着たことがないのかもしれない。あるいは単にスカートが恥ずかしいのか。
お互いどうにも受け入れがたい格好だが、学園に行く以上はこれは必須だ。我が儘は言えない。
「……んじゃ、行こうか」
「わかった。私も覚悟決める」
そう言うと、二人は外に待たせてある馬車へと向かった。
両者にとっての初登校は、こうしてなんともぎこちない様子で始まるのだった。