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第二十話 黄金の薔薇(1)

「アリティーナさん、あなたは――わたくしと同様、『悪役令嬢』なんです!」

「……は?」


 色取り取りの美し花々が咲き乱れる、美しい庭園。

 その中心に拵えられた、白く輝くテラス。


 そのような場所で、テーブルに用意された紅茶とティーセット越しにそんなことを言われ、人はどんな顔をすべきだろうか?

 フェルベッキオ伯爵家令嬢、アリティーナ・フェルベッキオ――ティナは、その答えを知らずただ呆気に取られるだけだった。


 目の前の、縦ロールを何本も巻いた派手極まりない金髪碧眼の少女が、力強く断言する様が、とんでもなく奇妙に感じられた。


 ただ、正気かお前とか何言ってるんだとかにべもなく撥ねつけるわけにはいかなかった。


 何しろ相手は、伯爵家より更に上、公爵家令嬢。

 『黄金の薔薇』と称されるクラブの主催者たる、エインス・ネウであったからだ。


   ***


 時は遡り、アリティーナ・フェルベッキオ――ティナが、アースドラゴンたちを討伐した翌日。

 ティナは、王都にあるフェルベッキオ家の別邸の一室にて過ごしていた。


 包帯でグルグル巻きにされ、ベッドで寝かされているティナはゲンナリした様子であったが、それは怪我のせいではなかった。

 ベットの横で、つらつらとお説教を続けるメイド、ミリアのせいだった。


「……とにかく、しばらくは安静です。お医者様も言っていたでしょう? 本来なら、入学を延ばすべきとも思いますが……」

「それは勘弁してくれ。そんなことになったらあのお母様がまたキレるよ」

「平気です。あの方はいつも怒っているような方ですから」


 また辛辣なことを言うなあ、とティナは呆れてしまう。このメイド、結構口が悪いとこの三ヶ月で悟っていた。


 とにかく、今のティナがボロボロなのは事実だった。幸い、程度は軽いとは言えあれだけの激戦を繰り広げたのだ。無傷では勿論済まず、一日寝ていたくらいである。そして、起きたティナを待っていたのがミリアによる説教の時間だった。


「でもまあ、入学には間に合うんだろ? だったら問題ないじゃないか。こうして無事なだけ、喜んでくれないかな」

「それは勿論神にいくら感謝してもしきれません。ですが、そもそも死にかけるような真似をしたことに私は怒っているのです」

「――まあ、ね」


 実際、無謀と言えば無謀だろう。

 アースドラゴンを見つけたとはいえ、あんな街中で戦いを仕掛けるなんて端から見れば暴挙だ。仮にアースドラゴンだということに気付いたら、騎士団にでも知らせれば良かった。彼らにドラゴンを倒せたかは不明だが、ティナが一人で立ち向かうのは無謀としか言い様がない。


 逸ってしまったのだろう、と今なら分かる。

 ドラゴンハンターとして、ドラゴンが――自らが殺すべき相手が生きていた。

 それを、喜んでしまった。求めていた相手が現れて、勢いのまま行動してしまった。


「…………」


 今寝かされている部屋の窓からは、王都の様子が一部ながらも見下ろすことが可能だった。


 昨日散々暴れ、壊れて崩れていった建物たち。幸い死者は出なかったそうだが、家を失い屋根も無い空の下で一夜を過ごした者、壊れた家や道路を再建するため忙殺されている者も少なくあるまい。あの闘技場だって、元通りになるためにはどれほどの時間と金が浪費されるか。


 この惨状は、他でもない自分の仕業である。

 そう思うと、流石に落ち込む物があった。


「……まあ、反省はしているようですがね」


 ティナの様子からそう受け取ったミリアは、説教をそこで終わらせた。


「しかし、これからはあんな真似はしないように。命がいくつあっても足りませんからね」

「……まるで、これからもあんなことがあるような言い方だな」


 ティナの呟きに、ミリアはギョッとした顔を一瞬する。

 ジト目をしながら、今度は自分の番とティナは問い詰めることにした。


「ていうか、お前何処行ってたんだよ。お嬢様から目を離してさ」

「で、ですから言ったではないですか。衛兵に捕まっていたのですよ! 本当にそこは、申し訳なく思っています!」

「……衛兵、ねえ」


 衛兵とは王都と王族を守護する王国騎士団の中で、王都の門番や巡回などを担当している者たちのことである。彼らには、犯罪者や不審者を捕縛する権限を持っている。


 ミリアの話によると、少し目を離した隙にティナが人混みに紛れて消えてしまったため、慌てて探していたところ、衛兵から怪しまれて詰め所に送られたとのことだった。その後ドラゴンが暴れ出し、ミリアが詰め所から脱出して現場に駆けつけるとほとんど裸でパウラに抱きかかえられたティナを見つけたとのことらしい。

 どこか納得いかない話だが、ミリアはそう説明していた。


「……そう。分かったよ。じゃあもう一つ聞きたいんだけど……あのパイルバンカーはどこなの?」

「お嬢様、先ほどの私の説教聞いていましたか?」

「いや聞いてたけど。でもこれは関係無くさ。どこ行ったのって聞いてるだけ」


 ティナはそう答えるものの、実のところそれだけしか気にしていなかった。


 あの時、どうしてパイルバンカーが飛んできたのが、誰が何故投げつけたのか。どこであのパイルバンカーを隠していたのか。何を考えて自分に渡したのか。まさか、単なる気まぐれではあるまい。

 そいつのおかげで助かったとは言え、果たして何者の思惑なのか。知らないわけにはいかなかった。


 そして、あのパイルバンカーは誰にも渡したくなかった。あれは自分のものである。誰になんと言われようと、それだけは譲れなかった。


 その意志を理解したようで、ため息を一つつくと、ミリアは答える。


「……王国の方が持って行きました」

「な、なに?」


 王国、と聞いてティナは焦る。

 王国は、かつてドラゴンハンターたちに汚名を着せて全員抹殺した裏切り者である。まさかその事実を忘れてはおるまい。パイルバンカーなんかがそいつらに渡ってしまえば、間違いなく処分されるだろう。考えられる最悪の展開だった。

 思わずベットから飛び出そうとするが、怪我が痛くて動けない。ぐっと呻いたところで、ミリアが制してくる。


「大丈夫です。色々確認したいことがあるだけそうですから、すぐに戻ってくると当主様が仰っていましたよ」

「当主様が……?」


 当主様とはマリオ・フェルベッキオ。フェルベッキオ伯爵家の当主でアリティーナの祖父である。彼はティナの正体がドラゴンハンターだと知っていた。そんな彼が、はっきり明言するということは本当に大丈夫という保証があるのだろうか。ティナは不思議がった。


 どうもあの老人、何かしら裏があるようで怪しい……そう思っていると、ドアがノックされた。


「失礼します。ティナは起きていますか?」


 声の主に気付くと、ミリアは「はいはい」と言ってドアを開ける。


 現れたのは、パウラであった。昨日と同じ出で立ちだが、伯爵家の屋敷に入るにはいささか場違い感が強い。本人もそれを承知しているらしく、周囲に気を使い萎縮してしまっていた。


「どうも。そんな畏まらなくて良いよ。貴族って言っても所詮伯爵だし」

「いやいや。平民からすれば伯爵だってとんでもなく上の人たちだって」


 パウラはそう返す。ティナからすればいきなり伯爵令嬢だったわけで自覚がないが、これが平民の貴族に対する普通の反応なんだろうなと理解した。


 実際、平民であるパウラがこうして屋敷に入ること自体があり得ない。彼女は、ティナを助けた事実と最初に目覚めた時ティナ自身が了承したために許されているだけだった。

 そして、彼女がこうして通うのにはちゃんとした理由があった。


「それで、調子はどう? 一応回復させてはみたけれど」

「ああ。だいぶいいよ。でも入学に間に合わせないといけないから、もう少し頼めるか」

「分かった」


 と応じると、彼女はティナの傍によってその胸に手をやる。

 手の平から、温かく淡い光が輝き、ティナを包んだ。


 「おお……」とミリアも魅入られている。ティナは、まだ所々続いていた痛みが引いていくのを感じていた。


 パウラは、ティナが倒れてからも回復魔術をかけてくれていた。自分だって魔力の底が尽きかけていただろうに、それでも精一杯癒やしてくれていたのだ。

 それもあって、ティナは目覚めるとパウラに怪我の治癒を依頼することにした。回復魔術師はこの王都にも在籍しているが、パウラ以上の者は居ない。ティナはそう確信していた。


 そして、こうして来てもらったのには、もう一つ理由があった。


「……ありがとう。もう大丈夫だ」

「え。もう少し続けるべきだと思うけど」

「いいよ。お前だって疲れてるだろ? それより――一つ良いかな?」


 ティナの問いに、パウラは何かを察したらしく。決意した顔を見せる。


「――うん。分かってる。チャント説明するわ」

「……いいのか? 話したくないなら、別に構わないけど」

「別に良いわよ。どうせ、一週間後には世界の誰もが知ることになるんだから」

「一週間後……どういうことだ?」


 訳が分からずにいると、パウラは意を決して、ティナへと告げる。




「私はね、世界にただ一人の……伝説の光属性の魔力を持っているの」  

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