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第十九話 ドラゴンを狩るもの(6)

 爆発音と共に、アリティーナの身が弾け飛んでいく。


 逃げようとしたアースドラゴンは、背を向けていたのが災いした。急激に迫ってくる狩人に対応間もなく、思い切り衝突される。


 しかし、少々勢いが激しすぎた。半壊していた闘技場の壁をぶっ壊して、外へ出てしまう。アースドラゴンとデカブツを持った少女が、宙へと舞い上がる。


 アースドラゴンは翼を持たない。空中ではジタバタするしか出来ない。

 だが少女の方はそんなことに構いはしなかった。空中でも身をよじり、パイルバンカーを振り回してドラゴンの胸へと矛先を押しつけた。


「くたばれっ!」


 ガキィン、と轟音が響くと同時に、穿たれたパイルバンカーの牙がドラゴンの胸を貫いた。

 頑強な鱗も骨も、『ドラゴンの心臓』を守ることは叶わず、一撃で砕かれてしまった。

 絶叫と共にアースドラゴンは地面に墜落すると、大地に血を垂れ流しただの屍と化した。


「はあ、はあ……」


 ドラゴンの死肉をクッション代わりに着地したアリティーナは、息を荒くする。


 ――まずい、もう限界だ。


 パウラにかなり魔力を融通してもらったものの、やはり焼け石に水だったようだ。これ以上の無茶は難しい。意識が飛びそうになっていた。

 このままでは倒れるのは時間の問題。早々と、終わらせる必要があった。


「……くっそ」


 既にボロ切れとなっていた純白のドレスを、ビリビリと引き裂いて剥がす。あの可憐な少女を際立たせていた美しいドレスは見る影も無いが、それでも体を隠していた布は、血と汗と泥で汚れて不快なだけである。


 力任せに脱ぎ捨てて、白のブラとパンツだけになった少女は、しかしその姿に美しいだの可愛らしいという形容詞を着けるものは誰も居ない。


 ドレスに劣らぬ白く透き通るような素肌は、先ほど捨てたボロ布と変わらず血と汗と泥で汚れていた。全身所々傷だらけで、おまけに体の右側は火傷の跡すらある。

 明らかに、パイルバンカーの爆風によって焼かれた跡だった。強すぎる爆発は後方に飛ばしたとは言え、全てを打ち消せるわけでは無い。使用者の体に衝撃と熱は伝わってしまう。薄い布程度では、肌が燃えて当然である。


 ただでさえ消耗したアリティーナを、パイルバンカー自体が疲弊させていた。このままでは、打ち込めるのはせいぜい二発が限界、とアリティーナは推測した。


「……まあ、なんとかなるか」


 アリティーナはそう結論づけると、迫ってくるアースドラゴンへと視界を移す。


 逃げれば良い話なのだが、あちらはアリティーナの限界を知らない。今逃げようとした奴が仕留められた以上、もはやこの小さなドラゴンハンターを殺さぬ限り助からないと思ったのだろう。


 そうして、大地を這って襲い来るドラゴンに、アリティーナはパイルバンカーを構えた。が、


「……? もう一匹どうした?」


 とアリティーナが気付いた、その時、


「っ!?」


 突如、地面が激しく脈動した。

 あっという間もなく地面がひび割れ、アリティーナが立つ場所を起点にして穴が開く。


 その下には、巨大な口を開けた黄土色の竜が待ち構えている。


「な――っ!」


 アリティーナは流石に驚愕する。


 前から馬鹿正直に来ていたアースドラゴンは、囮だった。地下をねぐらとするアースドラゴンは、当然のことながら地面を掘り進める特性がある。それこそモグラのように穴を掘って、アリティーナを下から喰らうため控えていたのだ。


 完全にパイルバンカーを明後日の方向へと向けていたアリティーナは、対応できない。地面を失い浮いている状態で、そのまま容赦なくアースドラゴンに喰われるだけか、と思われたが、


「――ファイヤボール!!」


 と叫んで左手を下から襲いかかったドラゴンへと突き出すと、手の平から炎の球が生まれ、アースドラゴンへと放たれる。

 馬鹿みたく口を開けていたアースドラゴンは、その口の中に炎が入り込むと溜らず悶絶して暴れてしまう。


 魔術は、他の教育と共にこの三ヶ月みっちり教えてもらっていた。アリティーナの体は元々高い魔力を有していたため、覚えることは容易だった。と言ってもまだまだ未熟で、防御魔術と身体強化魔術以外は、せいぜい初級の炎系攻撃魔術であるファイヤボールくらいしか使えなかったが、不意打ち程度には役に立つ。



 その隙に、アリティーナはドラゴン自身が作った穴へと着地する。ドラゴンの背を取り、後ろから左胸を、垂直にでは無く下から突き上げるような形で狙う。


「うらぁ!」


 爆音と同時に、ドラゴンの身が穴からアリティーナと共に打ち上げられる。

 パイルバンカー後部の排出口を閉じ、パイルバンカーを穿つと同時にドラゴンごと吹き飛ばしたのだ。

 その飛ばされた先には、囮役だったアースドラゴンが控えていた。


「ナニィ!?」


 残ったアースドラゴンにとって、それら全ての動きは一瞬であった。対抗する暇が無く、気付けば心臓を穿たれた仲間の身が自分に激突してくる。

 ひときわ大きな音がして、鼻っ柱にぶつけられたアースドラゴンは半壊した闘技場で出来た瓦礫の中へと突っ込んでいった。


「はあ、はあ……」


 既に事切れたドラゴンの死体を踏みつけ、残った一匹の下へと向かう。

 絶え絶えの息でグラつく足を奮い立たせて、ドラゴンが突っ込んだ瓦礫の山にたどり着いた。


「ま、待て、待ってくれ!」

「……あ?」


 しかし、そこに居たのはドラゴンではなく、怪我だらけの全裸の男だった。


「……なんだ、さっきの神父じゃねえか」


 先ほど、アリティーナが気付いた神父に化けていたドラゴン。眉間に剣をぶっ刺した男が、瓦礫の中で命乞いしていた。


「ゆ、許してくれ! 頼む、命だけは助けてくれ!」

「……お前らいつも同じやり方だな」


 二十年前も、人間に化けられるドラゴンは同じ事したなあと思い出していた。最後、殺される寸前になると、こうして人間の姿になり助けを求める。同情を誘っているのが見え見えだった。

 無論、当時のドラゴンハンターたちは、そんなものに惑わされはしなかったのだが。


「…………」


 無言で、パイルバンカーを神父だったドラゴンの顔面へと突きつける。「ひっ!」と悲鳴を上げるが、アリティーナは少しも矛先を緩めはしなかった。


「お、お願いだ! 見逃してくれ! 我々は人間を滅ぼそうとなどしていない! 二十年前とは違うんだ! ただひっそりと、世の中の片隅で暮らしたいだけなんだ! 頼む、どうか、どうか私だけは……」

「……ひっそりと、ねえ」


 その言葉に、アリティーナはパイルバンカーをゆっくりと下へ降ろす。

 ほっと安堵した神父に対して、アリティーナは質問をする。


「一つ聞いていいかい神父様?」

「な、なんだい? なんでも聞いてくれ!」

「お前、ここに来てから何人子供喰ったの?」


 その問いに、神父の顔が硬直すると同時に、

 アリティーナはパイルバンカーの先端を人間の姿をしたドラゴンの胸部――心臓へと定めた。


「――死ねや」


 神父に化けたドラゴンが悲鳴を上げる暇すら与えず、

 バゴォン、というパイルバンカーの咆哮が響き、最後のアースドラゴンへと穿たれた。


「はあ……」


 全てのドラゴンを仕留めた事を確認すると、アリティーナの体から力が抜ける。

 パイルバンカーを地面に降ろし、彼女の体はそのまま後方へと倒れ込んでいった。


「ティナっ!」


 そう聞こえると共に、アリティーナの体は地面に落ちる直前誰かに支えられる。

 見上げた先に居たのは、さっきと同様パウラであった。


「ティナ、しっかりして!」


 パウラは、どこかから拾ってきたらしい布を巻いて、アリティーナの体を揺する。呼吸はしていることを知ると、安堵の息を漏らして手の平からまた魔力を注いでくる。


「……誰だよ、ティナって」

「え?」


 アリティーナがそう呟くと、キョトンとした顔をされた。どうやら、本気で忘れてしまっているらしい。


「え、違ったっけ?」

「いや、まあティナでいいや……ていうか、それ以上力使うとお前もヤバいんじゃないの?」

「何言ってんの、私じゃなくてアンタは自分を心配しなさいよ。そんな体で虚勢張らないで」

「別に張ってはいないが……ん」


 そこで、何やら周囲が騒がしいことに気付いた。


 どうやら、及び腰だった王国騎士団辺りがようやく動いたようだ。遅いと言わざるを得ないが、まあドラゴンが全滅したのだから後始末をする人間も必要だろう。今の自分にそんな余裕は無いと彼女は苦笑した。


 とにかく、今はドラゴンたちに勝てたことだけ喜びたい。あのパイルバンカーがどこから、誰が寄越したのかは不明だが、今は気にしないことにした。


 今は、もう限界なのでただ眠りたかった。

 それを最後に、アリティーナ・フェルベッキオ――ティナはパウラの腕の中で意識を手放したのだった。


   ***


 ペチニア王国、王都ラングにおいて発生した、ドラゴンの襲撃事件。


 確認されたドラゴンは中型のアースドラゴンが五体だけ。被害は、スラム街を中心に王都の一部が崩壊したのと重軽傷者多数。ドラゴンたちが人が少ない場所を通行したのが幸いしたのか、奇跡的に死者は出なかった――そのドラゴンたちが誘拐した人間たちを除いては。


 ドラゴンの襲撃としては非常に小さい規模で、被害も軽微で事件としては大したことがなかったと言える。

 相手が、二十年前に絶滅したドラゴンであることを考慮しなければ、の話だが。


 ペチニア王国だけでなく、世界全土を震撼させる事態になる。それだけの衝撃が、ドラゴン生存という事実にはあった。


 そして、それ以外の事にも驚愕している輩もいた。


 その日、ラングに滞在していた多くの者たち。

 彼ら彼女らの中には、アースドラゴンと戦う一人の少女が繰り広げる激戦を間近で見れた者も少なくなかった。


 たった一人の少女が、伝説の武器パイルバンカーで戦う姿――ドラゴンハンターとしての勇姿。

 それが、この世界の運命を大きく変えることを、気付いた者はごく少数だった。

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