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第十七話 ドラゴンを狩るもの(4)



「え――え!?」


 アリティーナは、愕然としてしまった。


 目の前に迫るドラゴンに立ち塞がったのは、赤髪と服装を見れば分かる。先ほど同様パウラ・ノービスだった。それはまだいい。


 問題はそこではなかった。

 なんと、パウラはアースドラゴンの突撃を止めてしまったのだ。口を大きく開けて喰らおうとしていたアースドラゴンの方も唖然として止められた状態を維持している。


 さらに信じられないのは、止めた方法だ。まさかパウラの細腕で巨大なドラゴンを受け止められる訳がない。


 受け止めたのは、パウラの手から発されている見えない壁だった。

 いや、正確には見える。薄い光で出来たカーテンのようなものが、パウラの突き出された右手から発されている。淡い光の壁が、アースドラゴンをせき止めていた。


 これは防御魔術の更に発展型――結界魔術、あるいはバリアと称される代物だった。アリティーナも二十年前に、魔術師が同様の物を作っていたのを見たことがあった。


 だが、防御魔術は魔力さえあれば誰でも使えるものの、結界魔術とは優れた魔術師がかなりの力を使ってようやく成せるものと聞いたことがある。しかもこれほどの強固なものなど、アリティーナは見たことがなかった。


 つまり、パウラはとんでもない腕の魔術師か、よほどの魔力量を持っていることになる。

 そんな彼女が、アリティーナに顔を向けて声を張り上げた。


「ちょっと、大丈夫!? 生きてる!?」

「あ、ああ……てか、なんで戻ってきた! 早く逃げろって……!」

「アンタが無理しすぎなのよ! いいから逃げるわよっ!」


 と言って、なんとパウラはバリアを張ったままアリティーナを担ぎ上げると、そのまま逃げ出した。走り去るとアースドラゴンを止めていたバリアは解除され、勢い余って地面に落ちる。


「お、お前こんな魔術をどうして……」

「……説明してる暇は無い。それより、回復するわよ」

「え?」


 すると、パウラは走りつつアリティーナの額に右手を当てると、淡い光を輝かせる。

 そうすると、体中の痛みが引いていき、魔力量すら溜まっていくのを感じた。


「え……回復魔術って、何者だお前……」


 アリティーナはついそう尋ねてしまう。


 結界魔術のみならず、こんな回復魔術を使えるなんて只者ではない。どちらか一方でもこれだけの効果があるなんて、王国の一流魔術師とて少ないはずだ。


 ましてや、スラム街の少女なんかが使えるわけがない。


「……私のことはいい、とにかく逃げるわよっ!」

「……お前一人で逃げろ」

「えっ!?」


 ところが、アリティーナは強引にパウラの腕から逃れ、追撃してくるアースドラゴンたちへとドラゴンの牙を手にまた向かおうとする。当然、パウラは必死に止める。


「ば、馬鹿じゃないのアンタ! あんな化け物相手にどう戦う気よっ! 騎士団が来るまで、逃げてればいい……」

「来ないんだろ、騎士団」


 ぐむっ、とパウラが押し黙ってしまう。


 そもそも、王国騎士団を呼んだはずのパウラが、一人で戻ってきたのがおかしいのだ。今ここに来てないのならば、考えられることは一つしか無い。


 王国騎士団は、臆しているということだ。


 ドラゴン絶滅から二十年が経ち、もうこの世界にドラゴンが現存していないということならば、対ドラゴン用兵器も所有しているか怪しく、またドラゴンとの実戦経験も少ないものばかりである可能性は高い。そもそも、王国騎士団は正規軍と違い王都近辺しか担当していないため魔物との戦闘経験のある者は少ないと昔聞いたことがある。


 多分、パウラはすぐさま駆けつけたものの、ドラゴンの威容に怯えて二の足を踏んでいる騎士団に腹が立って戻ってきたに違いない。お人好しにも程があると言いたかった。


 何にせよ、そのお人好しで助かった。それは感謝している。

 だが、どうせ救援が期待できないなら、ここで逃げても仕方ない。倒すしか勝ち、そして生き残る術は無いのだ。


「良いから行け。どうせ助けなんか来ないなら、自分で倒すしか無い。幸い武器はあるからな」

「冗談言わないで、そんな体でどうやって勝つ気よ! どうしてそこまでドラゴンを倒そうと……!」

「ドラゴンは殺すっ!」


 アリティーナの叫びに、パウラはビクッと固まってしまう。

 それは、今までどこか冷めたような顔しかしなかった彼女が初めて激情を剥き出しにして獰猛な姿を晒した事から来る感情が滲み出ていたからだった。


「……それが俺の、生まれた意味だ」


 決意と覚悟を胸に、三匹揃って迫ってきたドラゴンに、牙を手に襲いかかる。


   ***


 そこから少し時間は遡り、アリティーナが広場で激闘を繰り広げている最中。

 闘技場を一望するために用意された貴族専用の塔の中に、その戦いを見物している影が二つあった。


 その中の一人は、白髪の老人。

 マリオ・フェルベッキオと言う、伯爵家当主だった。


「……ミリア」


 その当主は、傍らに控えていたメイドとして働かせている女に向けて命令を出した。


「はっ」

「アレはここにあったな? ――渡してやれ」

「え……えっ!?」


 普段はいかなる命令でも忠実に従うメイドが、この時ばかりは驚愕して聞き返してしまう。


「よ、宜しいのですか!? あれは……!」

「見て分からんか?」


 ミリアの言葉などまるで耳を貸さず、マリオは闘技場で血みどろになりながら戦う孫娘を指差してこう告げた。


「彼女は――ドラゴンハンターだ」


 それだけ言うと、ミリアはもはや何も口答えできなくなり、頭を一つ下げると部屋を足早に去って行った。

 その足音を耳にしながら、マリオはため息を一つ吐くと呟く。


「……やはり、お前なのか? アーノルド……」


   ***


「はああああああぁぁっ!!」

「グガアアアアアアアアアアアァッ!!」


 巨大な三つの竜と、小さなボロボロの少女。

 誰が見ても分かるほど、圧倒的な差。誰が見ても、単に少女が喰われるか潰されるかして終わるだけの、末路が見える滑稽な代物だったろう。


 だが、その滑稽な様に、横槍が入る。


 正確には、間に飛び込んできた。

 今まさに激突せんという両者の境目に、ドゴンと大きな何かが勢いよく落下してきたのだ。


「うぇっ!?」


 一瞬何事かと思い、両者とも急停止する。当たり前だが驚いていた。

 しかし、真の驚きはそこからだった。


「――え」


 土煙が晴れ、落下物の正体が判明したとき、両者は言葉を失った。

 ただし、ドラゴンたちは恐怖と絶望によって。

 少女は、驚愕によってと差はあったが。


「なに――これ――」


 そんな中、唯一それの正体を知らないパウラはそんな反応をする。


 傍目からすれば、それは大きな箱にしか見えなかったろう。

 長方形の、大きさはだいたいアリティーナと同程度ほどの箱。あれほどの衝撃で落下したのに、壊れるどころか傷一つ付いていないその箱は、赤茶けていた。


 しかし、その赤茶色は、よく見ると箱の色というより、箱にこびり付いた染みであることが分かる。

 大量の赤い液体――そう、例えば血などを浴びたために、汚れとして染み付いてしまった痕跡であった。


 その長方形の箱に、アリティーナは吸われるように近づいていく。パウラが制止する間もなく、彼女はその箱の傍へと立った。


「これは……」


 右手でゆっくりと、その箱へと触る。

 冷たい。無機質で武骨で、単なる金属の塊でしか無い。


 だが、アリティーナにとってそれは、単なる金属の塊では無かった。


 疲労と怪我で力を使い果たしたはずの体が、激しく燃え上がるような熱を発する。

 心臓は壊れたかのように脈動し、全身へと沸騰した血液を運んで体温を上げるのに貢献していた。

 己の身から火柱が昇る感覚を味わっていると、ふと血で汚れた表面の端に、刻まれている記号と数字があるのを見つけた。


 ナイフか何かで傷つけたのであろう、その記号には、

 『NO.41』と刻印されていた。


「……DH(ドラゴンハンター)(ウエポン)-07、EXNO(エクストラナンバー).41……」

「え?」


 ふと、呟いた一言に、理解できなかったパウラは聞き返すが、アリティーナは無視する。

 否、そこに居たのはもはやアリティーナではなかった。


「……ふふ。ふはははは」


 粉々に破壊され、メチャメチャに荒らされた闘技場の中で、場違いな笑い声が聞こえる。

 やがて、その声はどんどん大きくなっていく。


「はは、ははははは、ははははははははははっ!!」


 鮮血に塗れ、純白のドレスを見るも無惨に汚したその少女が、いきなり哄笑し始めたのだ。まるで怪談話のような異様な光景に、誰もが臆してしまう。


 やがて、笑い声が収まると、アリティーナはもう一度箱に軽く触れる。

 すると、不思議なことに単なる四角い箱だった物からガチャンと音が鳴り、突起が中から出てくる。

 アリティーナの小さな手に収まるその突起を掴むと、彼女は不機嫌そうな声を漏らした。


「ちっ……流石にデカすぎるか。この体には合わないな。でもまあ、使えないことはないか」


 そう愚痴ると、アリティーナはさらに突起――グリップを強く握りしめると、

 なんと、自身の体と大して変わらない巨大な金属の箱を持ち上げてしまう。


「えぇっ!?」


 パウラの驚愕の声など、耳にすら入っていない。

 アリティーナの瞳が捉えているのは――眼前のドラゴンのみだった。


 絶望と死の恐怖に打ちのめされている巨大な竜たちに対して、アリティーナはぐにゃりと歪んだ顔をしながら、手にした巨大な箱を見せつける。


 その巨大な箱には、今まで突き刺さって見えなかった下部に、白く尖った部分があった。

 それは、ついさっきまでアリティーナが奪い取ってドラゴン抹殺に使っていた物と同じ――ドラゴンの牙である。


 ドラゴンの牙を内部に収め、巨大な箱形の射出機で打ち出すという単純かつ無茶な機構の代物、対ドラゴン兵器計画最後にして最強の兵器。


 人はそれを、DHW-07、パイルバンカーと呼んだ。


「――これが、俺の真の姿だ」


 アリティーナ――いや、それはもはやアリティーナではなかった。

 かつてドラゴン族との戦争を人類の勝利に導き、彼らを滅亡寸前にまで追いやった伝説の存在たち、ドラゴンハンターそのものになっていた。


「覚悟はいいな……ドラゴン共ぉ!」


 彼女の絶叫と共に、激しい爆発音が周囲に木霊した。


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