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第十六話 ドラゴンを狩るもの(3)



 当たり前の話だが、ドラゴンとの戦いは竜人大戦、ドラゴンハンターの誕生以前からあった。無論、その時代人間はドラゴンにただ喰われているだけではなかった。『ドラゴンの心臓』を砕くだけならば、他にも方法は存在する。


 一つは、魔術師による魔術によって殺害すること。

 しかしこれは、高位の魔術師による上級魔術を使う必要があり、並大抵の魔術師では『ドラゴンの心臓』どころか傷一つ付けることは叶わない。ドラゴンは対魔術防御も優れているのだ。


 もう一つは、武器に魔術付与、エンチャントと呼ばれる特殊な強化魔術をかけること。これを用いて、『ドラゴンの心臓』すら貫ける武器を用意することが可能となる。

 しかし、これも高位の魔術師が必要になり、エンチャントには時間制限があるので用意するのも大変だった。それに、そのエンチャントされた武器でドラゴンと対峙するのは大変な覚悟が必要になる。


 要は、ドラゴンと戦えるのは限られた一部の人間だけで、そんな人々が居なければただ喰われるだけということ。それを受け入れる人間など誰もおらず、全く違う違う方法を求めたのはごくごく自然な成り行きだったろう。


 そうして行き着いたのが、ドラゴンは同じドラゴンなら殺せるということ――つまり、ドラゴンが持つ爪や牙から武器を作れば、普通の人間でも『ドラゴンの心臓』を砕けるはずだとの結論だった。


 この思想によりドラゴンの肉体から作られた武器は、かなり古代から存在していたものの、相手は人間よりはるかに大きくて強い怪物である。武器がどうあれ、普通の人間が勝てるとは誰も思わない。結局一部の才ある人間だけが戦い、それらドラゴン製の武器は補助に過ぎなかった。


 だから、こうして純白のドレスを赤黒い血で染めて、歪んだ笑顔でドラゴンの牙を掴む少女の姿とは、二十年前でも拝めるものでは決して無いものだった。


「――さて、行こうか」


 アリティーナの血みどろの顔から、笑みが消失しギロリとアースドラゴンたちを睨み付ける。

 その姿に、少女はりはるかに巨大で強い肉体を持つはずのドラゴンたちが、震え上がった。


 その隙に、アリティーナは安物剣など邪魔とばかりに捨てて、代わりに手にしたドラゴンの牙を握って駆けていく。狙いは勿論、アースドラゴンの一匹だった。


 怯えてしまっていたアースドラゴンたちは対応が遅れた。目にも止まらぬ速さで一匹の内懐に入られると、


「うらぁ!」


 そう叫んだアリティーナが、渾身の力と魔力を込めたドラゴンの牙を胸に――『ドラゴンの心臓』へと突き刺した。


 またしても絶叫し、アースドラゴンは鮮血を迸らせながら大地に突っ伏す。

 再び大量の血を浴びたアリティーナが、ドラゴンの身から這い出すと、休む間もなく次の標的へと視線移した。


 アースドラゴンたちは、確信したことだろう。

 自らの同種でもあるドラゴンの牙を用いて、ドラゴン族たちを殲滅しようとした、人類最強にして最悪の兵団。

 二十年も前に消えたはずのドラゴンハンターが、今ここに存在していると。


「やれやれ、大したことなさ過ぎる……こんな急ごしらえで殺せるとはな」


 アリティーナは呆れていた。


 かつてのドラゴンハンターたちも、何らかの理由でパイルバンカーが壊れたか使えなくなった場合、こうして死んだドラゴンから牙を回収して使っていた。パイルバンカーも要はドラゴンの牙製の杭を打ち込むだけなので、牙さえあれば擬似的な再現は可能なのだ。


 が、所詮は緊急時の手段に過ぎない。こんなものに頼らざるを得ない事態など、もう本当の危機的状況だけだ。普通のドラゴンに牙一本で挑むなど危険すぎる。単に、アースドラゴンが弱いから何とかなっているだけだった。


 けれど、そんなことは関係無い。

 今ここで、ドラゴンを殺している。それだけがアリティーナ――ドラゴンハンターにとって重要なことだからだ。


「――感謝すべきかもな、お前らに」


 アリティーナは、ふと自然にそう呟いていた。


「よく絶滅してくれていなかった――よく、俺に殺されるために生きていてくれた、とね」


 その鮮血に塗れた笑顔での台詞に、残り三匹となったアースドラゴンたちは戦慄する。


「さぁ――一気に仕留めるか!」


 そうアリティーナが、全身で喜びを表現しつつ全速力で迫ると、




 がくっと、突然足から力が抜け膝をついてしまう。




「え――?」


 自身に何が起きたのか、分からないアリティーナの体側面に、巨大な丸太のようなものがぶつかってくる。

 激しい衝撃と共に、アリティーナの小さな体は弾き飛ばされて闘技場の側面に激突した。


「がはっ!?」


 強烈な衝撃に一瞬意識を飛ばしたアリティーナは、そこで初めて自分がドラゴンの尻尾で叩かれたことに気付いた。


 ドラゴンの尻尾は、爪と牙に次ぐドラゴンの武器である。巨大な尻尾が振られることで怒る一撃は、岩をも容易に砕く必殺の力を持っていた。過去の戦いでも、それで戦士たちが多く吹き飛ばされていた。


 しかし、今のアリティーナにとってより衝撃だったのは、急に動かなくなった自分の肉体だった。


 ――しまった、魔力切れか!


 アリティーナはようやくのことで悟る。


 魔力切れとは、文字通り肉体に内在する魔力が尽きたことを意味する。魔力量には個人差があるが、アリティーナの魔力量はかなりの物があり、魔術の授業を行ってくれた家庭教師も褒め称えるくらいだった。


 が、いくら多くても使えばいずれ枯渇する。特に今回は、アリティーナの非力な体を補うのに身体強化魔術と防御魔術をずっと使い続けていた。ドラゴンと戦うため必要ではあったのだが、あれほど掛け続けていれば限界が来て当然である。無理をしすぎてしまった。


 幸い、完全に尽きたわけではないらしく、防御魔術はまだ発動されている――でなければ今の尻尾の一撃でとっくに死んでいる――が、それでも残り僅かなのは事実だ。これ以上戦えば、間違いなく死ぬだろう。


 アースドラゴンたちも、先ほどまで自分たちを容赦なく殺していた小人が力尽きていることを悟ったらしく、じりじりと近づいてきている。今まで怯えていたのが嘘のように、その巨大な口を開け舌なめずりしている。


 きっと、この仲間を殺した童子をどういたぶって殺してやろうかとでも考えているのだろう。下卑た視線が、アリティーナへと向けられる。


「……クズ共が」


 アリティーナは、ボロボロになった体でそう吐き捨てる。


 防御魔術が効いていたとはいえ、体は酷いものだ。既にあの純白のドレスは影も形も無く、血みどろであるだけでなくところどころ千切れて今にも外れそうになっている。体の方も、立っているのがやっとという状況に陥っていた。


 これでは、勝てるものも勝てないだろう。普通は逃げるか、諦めるのが最善と考える。

 だが、この少女の姿をした――ドラゴンハンターはそんなことを考えなかった。


「どうするか、な……」


 負けることや逃げることは、最初から頭に無かった。

 まるで、突き進むしか、穿つしか能が無いパイルバンカーのように、彼女の頭にはどう戦うか、どう殺すかしか存在しなかった。


 そんなことは露知らず、兎のように震え上がっていたのが嘘の如く獰猛さを丸出しにしたアースドラゴンの一匹が、アリティーナに食らい付こうとした、その瞬間、


「危ないっ!」


 と声がしたかと思えば、両者の間に誰かが割って入り、アースドラゴンへと立ち塞がった。

 ガキィンと、甲高い衝突音がその場に響く。


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