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第十五話 ドラゴンを狩るもの(2)



 王都に建設された闘技場とは、普通の闘技場とは違う。

 王族や大貴族も観戦するこの闘技場は、ペチニア王国でも随一の巨大さと格式を誇る。推定五万人ほどの観客を収容できるこの建造物では、連日観客を喜ばせるため血湧き肉踊る死闘が繰り広げられていた。


 その中には、人間同士の対決に限らず、魔物との戦いも含まれている。それ故に、闘技場は観客席だけでなく中心の闘技場本体もかなりの大きさが必要になった。

 結果、戦いの場はかなり大きくなり、王侯貴族の一部は下品な平民たちと一緒の闘技場になど入りたくないと言い、専用席として闘技場の近くに塔を建築しそこで観覧するようになった。そんな遠くからでも、十分見られるほど巨大なのだ。


 ただ、巨大とは言え限度というものはある。

 五メートルもの巨大なドラゴンが、五匹も湧いて出てくれば、流石にキツいように見えてしまって当然だった。


「……こうするとデカく見えるな」


 アリティーナは、対峙してから初めてそう呟く。


 五匹のアースドラゴンは、広々とした空間で見つめるのはただ一点、アリティーナのことだけだった。よほど腹に据えかねたのだろう。敵意はアリティーナにのみ集中していた。


「パウラ、とっとと行け。巻き添え食うぞ」

「で、でもアンタだけで……」


 降ろしたパウラは、それでも逃げようとしなかった。こちらの身を案じているのは人の良さのせいと思われるが、この場合は余計なお世話になってしまう。


「いいから行け。悪いけど、お前を守って戦うほど器用じゃ無いんだわ。お前は騎士団でも呼んでこい。戦うのは、プロに任せろ」

「プロ? プロって、アンタいったい何者なのよ?」

「俺は……」


 最後の一言は、口に出来なかった。

 アースドラゴンの一匹が、突撃してきたからだった。


「行けっ!」

「……っ!」


 群れをなした巨体に、アリティーナの言葉は正しいと認識したパウラは、そのまま背を向けて駆けだした。

 彼女とは逆方向に、アリティーナも駆け出す。今は、囮として振る舞うのが先決だった。


「……五匹とはな」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて、攻撃から逃れつつ、アリティーナは呟いた。


 正直、ドラゴンが生存しているのも怪しいくらいだったのに、アースドラゴンが五匹も生きているとは意外だった。地下に生息する性質から逃れられていたのだろうか。あるいは別に理由があるのか。気にはなるが、今は詮索する余裕は無い。


 大事なのは、この五匹とどう戦うかだった。


 ドラゴンを殺せる武器は、今は無い。こんな自警団が持てる安物の剣など、突き刺したところで『ドラゴンの心臓』には傷一つ付かないだろう。他の部分をいくら切ったり抉ったりしたところで、ドラゴンを殺すことは叶わない。


 だから、普通ならば五匹もいるということに絶望するのが正しいのだが。


「……幸運だ。五匹も居るなら楽だ」


 アリティーナは、その時、

 この肉体を得てから、初めて歓喜の笑みをした気がした。


 そうすると、アリティーナは敢えて広場の中心へと降り立った。

 たちまち、五匹のアースドラゴンは向かっていく。ドスドスと巨大な足で広場を壊し、砕いて勢いよく駆けていく。

 そして、五匹全部がアリティーナに食らい付こうとするも、


「よ……っと」


 しかし、アリティーナが身を屈めてすり抜けると、五匹はそれぞれ互いに激突する。

 何しろ五メートルもの巨体同士がぶつかったのだ。激しい音と共に、五匹のドラゴンは弾かれる。


「……アホか」


 その言葉が聞こえたかは知らないが、ドラゴンたちはただでさえ血が上った頭をより沸騰させる。

 すり抜けてまた走り回り始めたアリティーナを、それぞれ追撃していった。


 だがアースドラゴンたちとはいえ、いつまでも馬鹿正直に追いかけたリなどしない。どうせ閉ざされた空間である広場を走り回っているだけだ。対処の仕方などいくらでもある。

 一匹が、先回りしてアリティーナの正面に立ち、挟み打ちする体勢を取った。


「……きた」


 その様に、ニヤリと顔を歪めたアリティーナは、なんとそのまま向かっていく。

 最初は驚いたものの、ドラゴンの方も巨大な口をニヤリとさせ、鋭く太い爪をアリティーナへと突き刺そうとした。

 今まさに、アリティーナの小さな体がドラゴンの爪に貫かれようとした、その瞬間、


「っとお!」


 なんと大きく跳躍し、本当に紙一重という距離で回避する。

 そしてその爪は、アリティーナの後ろから襲いかかろうとしていた別のアースドラゴンへと突き刺さってしまう。


「ガアアアアアアァッ!?」


 咆哮、というより断末魔を上げて、一匹のアースドラゴンが首を天に掲げると、そのまま地面へと崩れ落ちた。

 仲間の胸元へと自らの爪を刺してしまったアースドラゴンは、呆然とした様子で硬直してしまう。


 そんな中で、アリティーナはなんと死んだドラゴンの骸に乗っかると、先ほど断末魔を吐き出した口元へと向かう。

 アースドラゴンたちが驚く中で、アリティーナは剣を死体の歯へ狙いを定めて、


「おらっ!」


 と、ブスリと突き立てた。


 三ヶ月の訓練と、魔力による身体強化術を用いて刺した剣は歯へと刺さり、硬いドラゴンの牙を砕く。

 根元から破壊された大きな牙は、ポロリと落ちていった。


 実は、ドラゴンの強靱さは元々の頑強さと、『ドラゴンの心臓』から来る魔力が肉体を循環することによって生じる。要するに、今アリティーナの体を保護している防御魔術と理屈は一緒だった。

 だが逆を言えば、その『ドラゴンの心臓』が砕けてドラゴンが絶命すると、鱗も牙も途端に脆くなる。つまり死んだドラゴンからは、こうやって肉体の一部を奪うことは容易なのだ。


 それをするために、アリティーナは自らを囮として追いかけさせ、同士討ちするよう仕向けた。わざわざグルグル回って怒らせていたのもそのためだった。愚かなアースドラゴンたちはそれに気付かず、己の手で仲間を殺す失態を犯してしまった。


 そうまでして手に入れたドラゴンの牙。血まみれのそれを手にすると、


「――さて、ここからが本番だぞ」


 アリティーナは、ドラゴンの血で純白のドレスを汚しながら、ぐにゃりと歪めた顔を見せつけた。 その悪魔のような姿に、ドラゴンたちは戦慄する。


 それは、かつて自分たちドラゴン族を滅ぼした悪魔と、同じ姿をしていた。

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