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第十四話 ドラゴンを狩るもの(1)



 スラム街を、小柄な少女が同じく少女を抱えて走り回る。

 その後方には、とうの昔に滅んだはずの魔物、ドラゴンが這いずって襲いかかってきた。


 何しろアースドラゴンは小柄な方とは言え、五メートルはある怪物だ。何処にいても、街々を破壊する様は目立つ。スラム街だけの事件では収まらず、王都中にすぐこの一報は伝わった。

 そして、すぐさま駆けつけた王都と王族直轄の防衛組織、王国騎士団も駆けつける――などと言うことは無かった。


 理由としては、単純に最初は信じなかったからである。二十年前に滅亡したドラゴンがいるなんて――と小馬鹿にしたのも無理はない。実際に目にするまで。

 しかし、王国騎士団も事態を把握して、ようやく動こうとはするものの、なかなか動き出さなかった。

 それには、二十年という時間の長さが関係していた。


 そんなことは露知らず、アースドラゴンの猛攻を逃げ回るアリティーナとそれに抱えられた状態のパウラは、とにかく必死だった。


「おい、こっちでいいのか!?」

「いいわけない、こんな狭い街であんなデカブツが動き回って良い場所なんて……でも、ここくらいしかない! もうすぐだから行って!」

「分かったよ!」


 アリティーナは、パウラを信じることにした。どっちみち、頼りになる相手は他にいないのだ。


 一方、パウラとしてもかなりキツかったろう。

 こんな、自分より小柄な少女に抱えられたまま、あんな巨大な怪物に喰われかけているのだ。アリティーナが道々を駆け回り、周囲の家や壁を飛び回るたび、命がいくつあっても足りない気分を味わってしまっている。

 それと、パウラにはどうしても聞きたいことがあった。


「……ねえ、聞いていい?」

「ん!? なんだ、今忙しい……」

「神父様は……ドラゴンだったの?」


 そこで、アリティーナは一瞬黙ってしまう。

 どうしたものか、少し躊躇するものの、やがて口を開いた。


「……見たろ。ドラゴンの一部は、人間に化けれる力がある。アースドラゴンも可能だ。もっとも、アースドラゴンでも全部のドラゴンが可能ではないけど」


 これは二十年以上前には、擬態とか変異とか呼ばれた能力である。ドラゴン全部に可能ではなく、一部の種族のそのまた一部にのみ可能な能力だったが、これがドラゴンの発見を困難にした。普段人間に化けられてしまえば、逃げ隠れも容易になる。

 ただし、妙に誇り高いドラゴンは人間の姿を真似るのを恥と感じており、進んで化けることはしない。


 変異する場合は、逃げ隠れするときか――人間社会に紛れ込むときだけだった。


「どうやってかは知らんけど、神父のフリして王都に潜り込んだんだな。最近来たばかりだったんだろ? もしかしたら、そいつが来てから行方不明事件が始まったんじゃないか?」

「……!」


 アリティーナの言葉が正しいことは、パウラの真っ青な顔が証明していた。


「なら間違いない。消えたガキ共はあいつらに喰われたんだろう。人に化けれるドラゴンが、よくやるやり方だ」

「そんな……神父様は自警団の団長だったのに……」

「それだってきっと、自分に疑いがかからないようにだろ。過去に、そんなことしてる奴らがいたよ。そして、恐らく……」


 そうアリティーナが推測を述べようとしたところ、

 突然、真横にあった家一軒が吹き飛び、アースドラゴンが食らい付いてきた。


「え!?」

「くっ!」


 なんとか、ギリギリで飛んで回避する。もう砕けてボロボロになった地面へと着地すると再び走り始めた。


「なんで、どうして……!」


 パウラの驚愕は、横から襲われたことではない。

 今まで後方に居たアースドラゴンが、予想外の方向から食らい付いてきたからだ。


 そして今、二人を食い殺し損ねたアースドラゴンは、二匹となった。


「やっぱりな……アースドラゴンが一匹しかいない訳ないと思ったが」


 アリティーナはそう独りごちる。


 アースドラゴンというのは、基本的に臆病な生き物だ。ドラゴン族からも舐められる存在であるだけに、地下はともかく地上に出ればいつ襲われるか分かったものではない。彼らにとって地上は死と隣り合わせの空間だ。


 故に、アースドラゴンは群れで生きるのが常識だった。仮に人間に化けていたとはいえ、あの腰抜けとよく嗤われていたアースドラゴンがその鉄則から外れているとは思えなかった。


「きっと、こいつはあの神父と同じく協会の奴か、自警団の奴だろ。神父と共に、スラムの人間に気付かれないよう浚ってたんだ」

「そんな……」


 パウラは言葉を失っている。信頼していた人物に裏切られるのは彼女とてきついのだろう。

 しかし、本当の絶望はここからだった。


「――! しっかり掴まってろ!」

「え、きゃあ!?」


 突然、アリティーナが地面を蹴って高く飛ぶ。


 次の瞬間、先ほどまで走っていた地面が砕き割れ、その真下から巨大な口が現れる。

 黄土色の巨体を持つ魔物――間違いなく、アースドラゴンだった。


「嘘、三匹目!?」

「……じゃ済まないようだな」


 アリティーナの独り言は、予言となった。

 這い出してきたアースドラゴンが作った穴から、ぞろぞろとアースドラゴンが湧き出してきたのだ。その数、現状三匹。


 総合すると、五匹のアースドラゴンがアリティーナを追跡してきているということだ。


「……さっきのモグラ発言がよほど癪に障ったか」


 アリティーナはそう分析する。


 ドラゴンというのは大概プライド高い。人間など単なる餌と馬鹿にする奴らばかりだ。それは、日陰者として蔑まれるアースドラゴンとて例外ではなく、むしろだからこそより誇りというのを気にしている。

 そのため、先ほどのような侮蔑的な言葉を、しかも下等と見なしている人間がすれば確実に激怒する。神父の正体を見極めるために放った言葉だったが、どうも周辺の奴らすら怒らせてしまったらしい。


「信じられない……なんで、滅んだはずのドラゴンが……」


 パウラの呟きも、正しかった。アリティーナとて、知りたい気持ちはあった。

 しかし、そんなことに今は構っていられない。アリティーナにはすべきことがあった。


「パウラ、こっちでいいのか!?」

「う、うん、そのまま行って! あそこ!」

「ああ……って、え?」


 パウラが指し示した場所に、アリティーナは唖然とさせられてしまう。戦うのに誰にも迷惑がかからない場所を求めていたので、てっきり広場にでも連れて行かれると思ったのだが、全然違っていた。


 そこにあったのは、かなりの高さと大きさを誇る、円形の建造物だった。


「え、ここって……」

「いいから! 今は行って! 来てる来てる!」


 一瞬足を止めそうになったが、すぐ正気に戻り駆ける。危うく喰われるところだった。

 建造物の中に飛び込んだ二人は、後方から建物を破壊して追いかけてくる音を背に逃げていると、やがて開けた場所に出た。


 すり鉢状に作られた建物に、中心は巨大な広場が存在している。

 すり鉢の内側は席と化しており、平時ならば数多くの観客によって埋まっていることだろう。


 そう――ここは、王都の闘技場だった。


「なんで、こんなところに……」

「しょうがないでしょ、あんなデカブツ暴れさせて安全な場所なんか無いわよっ! ここならだだっ広いし、この前の競技で設備が壊れて以来闘技場休みだから、一番近くて誰も居ない場所なんてここしか無かったの!」


 彼女の言い分はもっともである。こんな王都のど真ん中に人気の無い場所なんかあるわけ無い。外壁から外へ出るにも、そこまで行く道中で巻き込んでしまう可能性もある。一番近くで比較的安全なところなんて確かにここしか思いつかない。


 何にせよ、場所は得られた。ここなら、心置きなく戦える。

 アリティーナはパウラを降ろし、振り返ってこちらへ向かってくるアースドラゴンたちへと相対する。


「道案内感謝する。お前は逃げろ」

「な……何言って、アンタはどうするの!?」

「決まってる。ドラゴンと戦うのさ」


 さも当然の如く言って、アリティーナは先ほど回収した安物の剣を構えた。


「馬鹿言わないで……そんな剣でドラゴンに勝てるって言うの!?」

「無理」

「は!?」

「こんな剣じゃドラゴンの剣は貫けないよ。だから、この剣じゃ勝てない」


 あまりにも簡単に明言するアリティーナに、パウラは面食らってしまう。もはやこの少女が、自殺志願者にでも見えていることだろう。


「じゃあなんで……どうやって戦う気なのよ!」

「……まあ、これから用意するよ」


 そう軽く言い放った途端、

 闘技場の壁が砕け、アースドラゴンたちが大挙して襲いかかってきた。


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