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第十二話 出会い(5)



「……え? 誘拐犯はあの女じゃないのか?」


 アリティーナは、自警団に連行される偽母親を眺めながらそう聞き返した。


「あいつはつい最近来たばかりよ。身寄りのない子供を巧みに操って泥棒させて、バレたら母親のフリして同情買おうとするコソ泥の元締め女って有名だけど、少なくともこのスラムには今まで居なかった。誘拐事件の話は、もっと前からあったから」


 要は、たまたまこの王都を根城にしようとしただけだったらしい。例の噂とは関係無いと聞いて、ガッカリしてしまう。


「……まあ、あれがドラゴンの噂の真実なら、かえって興醒めか」

「ドラゴン? アンタドラゴンなんか探しているの?」


 こちらの呟きに、パウラは不思議そうな顔をして覗き込んでくる。


「いや、噂を聞いただけさ。この王都で、ドラゴンが目撃されたって」

「まあ、私も聞いたことあるけど……ドラゴンって物凄く大きいんでしょ? いくら王都が大きくても、こんなところに住めるわけないじゃない」


 必ずしもそうとは限らない。一般的にドラゴンは人間より遙かに図体が大きく人間など一呑み、という印象ではあるが、それぞれバラバラで人間と大して変わらないドラゴン族も存在する。

 仲には、人間に擬態できるドラゴンも……と言おうとしたが、止めておいた。そんなことをいきなり説明されても困るだろうと思ったからだ。


「そりゃそうだけど、でも噂はあるんだろ?」

「そんなの噂だって。第一、ドラゴンってとっくの昔に絶滅したんでしょ。竜人大戦の時に。今更生きてこんな所に居るとは思えないけど」

「それも――そうだよな」


 自分でも分かってはいることだが、改めて他人から指摘されると刺さるものを感じる。馬鹿なことをしているな、と自分を嘲笑いたくなった。


「でも、誘拐事件があるのはホントなのよね。さっきの女が連れていたような、身寄りのない子供が急に消えちゃったりとかここしばらく多発しているのよ。だから、自警団なんか作って警邏してるの」

「あ、誘拐はホントなのか……そりゃ心配だな。王国騎士団は何もしないのか?」

「ハッ、あいつらここみたいなスラムの人間には冷たいの。誰がどうなろうが、スラムの範疇で居る限りは相手しないわ。だから、自分たちで守らないとね」


 そう言っていると、ぞろぞろと人が集まってくる。皆屈強な肉体を持った男たちで、手には安物の剣や棍棒を持っているが、こちらに敵意が無いので盗賊の類ではなく、パウラと同じ自警団の面々だろう。


「あ、ご苦労様。団長は?」

「すぐ来るよ。お手柄だったなパウラ……と、その子は?」


 先頭に立っていた大柄で髭もじゃの男が、にこやかに自警団仲間を讃えていたところ、隣に居るいかにも場違いな少女に驚いた様子で尋ねてくる。


「ああ、この子迷子だって。でも、あの女捕まえたのこの子よ。信じられないだろうけど」


 そう言うパウラを、男たちは全員面食らった姿で対応する。こんないかにもなお嬢様が泥棒一人捕縛できると思えないのは当然だ。


「おいおい、本気で言ってるのか……?」

「事実なんだから仕方ないでしょ。で、私はこの子の連れ探すから、後はお願いね」


 そう言って、パウラと共にアリティーナはスラムから去ろうとする。すると、


「ああ、パウラさんこんな所に居ましたか」


 と、また誰かがパウラのことを引き留めた。


 ――え?


 進めようとした足が、ピタリと止まる。

 アリティーナの小さな体自体が、制止したまま動かなくなった。


「団長……!」


 とパウラが声の方へ駆け寄る。アリティーナは、それを顔で追ってゆっくりと振り返った。


 見ると、また新たに登場した者たちがいた。今度は、神官の格好をした男たちが何人も連れてやって来ていた。


 それを率いているのは、神父らしき青い髪と黒縁眼鏡をかけた大人しそうな男性だった。年齢はだいたい三十くらいに思える。見た目ではの話だが。


「お手柄でしたねパウラさん。誘拐犯を捕まえるなんて、大したものです」

「いえ、私は別に……それよりも、神父様にはいつもスラムのみんながお世話になって、自警団の団長までして頂けて本当に感謝しています。こちらに赴任してきたばかりで大変なのに」

「とんでもない。この街の人々を守り救うのも、神の信徒である私の使命です。私は主の言葉に忠実なだけですよ」


 なんて、朗らかな笑顔で応じる神父。恐らくは、このスラム街に位置する教会の神父様なのだろう。王都ラングには大聖堂もあるのだが、そんな大きくて豪勢なもの貧民街にあるはずもなし。スラム街に隣接する形で、小さな庶民用の教会も建築されていた。

 そんな彼を、自警団の面々もたまたま通りがかった街の人々も、敬意を露わにしている。この神父が、街の人々から相当の信頼を得ているのは容易に分かった。


「ありがとうございます。私は、あの子を送るのでちょっと抜けますね」

「分かりました。では私も、最近この街で流れる噂を突き止めることをしましょう。怪しげな噂でも、皆様の不安を無くすのが私の役目……」




「おい。ちょっと待てそこのモグラ野郎」




 突如、その場に響くように聞こえた一言。

 誰に、誰が発したかも不明な一言に、全員が硬直してしまう。


 否、一人だけ様子が違う者がいた。


「え……?」


 異様な気配を感じ、パウラが振り返ったそこには、

 今さっきまでとは全然違う、白く輝くドレスから、どす黒く邪悪なオーラを纏わせた、アリティーナが直立不動していた。


 いきなりのことに、パウラが何が起こったか困惑していると、神父がギギギギ……と錆び付いた金属の輪のような音をさせるように、ゆっくりと顔に笑顔を貼り付かせてアリティーナの方を見やる。


「……失礼。今なんて言ったのかな君は――




 と、神父が口を開いた途端、

 彼の眉間に、片手剣がブスリと突き刺さった。




「え――!?」


 その場に居た全員が、言葉を失う。

 剣が脳天を貫いた神父の体は、ドサリと倒れた。


 剣が飛んできた先には、アリティーナがいた。

 アリティーナが、近くにいた自警団の男から剣を掠め取って神父に放ったのだ。


「あ、アンタ、いったい何を……!」


 思わずパウラが掴みかかろうとするが、アリティーナはこれをあっさり撥ね除けると、倒れた神父の元へと来る。

そして、呆然としている人々を無視して神父の体から剣を抜き取ると、今度は心臓へと突き立てようとした。


「やめっ……!」


 パウラの悲痛な叫びは、最後まで声にならなかった。

 何故なら、その剣は心臓に突き刺さる前に、刃を掴まれて止められたからだ。


「……え?」


 またしても、その場にいた人々は言葉を失った。

 何故なら、剣を止めたその手は、今頭に剣を刺された神父のものだったからだ。


「……ふん」


 アリティーナの身は、がばりと起き上がった神父によって放り投げられる。

 受け身を取りつつ地面に転がったアリティーナは、剣を手に神父を睨み付けた。


「こんな剣で心臓刺されても平気だろうに……思わず手が出ちまったか? 馬鹿め」


 そう罵るものの、鋭く睨む目は神父を捉えて揺るがなかった。

 頭がパックリ割れて、血がドバドバ出ても構わず立ち上がった神父は、痛みと怒りで顔を歪めて声を荒げる。


「貴様……何故気付いた!?」


 口を動かすたびに、神父の顔が崩れていく。しかし、それは眉間の傷からではなかった。


 顔全体、いや神父の体そのものが変貌していく。

 神父の服はビリビリと破れ、膨らんだ皮膚が黄土色の鱗へと変わる。


 口はどんどん裂けていき、長く突き出していく。突き出した口からは、鋭く大きい牙が生えそろっていた。

 手足も内側から破れていき、中から黒く長い爪をした武骨な手指が出てくる。


 パウラを含め、周囲の人間が絶句している中、自警団の団長にして教会の神父だった男は居なくなる。


 代わりに現れたのは、狭いスラム街には大きすぎるほどの、巨大な獣だった。


 長い顔、鋭い牙、伸びた胴体に太い手足。そして表面を覆う強靱な鱗。

 獰猛な眼光が、ギロリと純白のドレスを着た少女を睨む。


 既に、記憶の彼方に消してしまった者も多かったろう。

 だが、少なくとも二十年以上生きている者たちは、思い出したはずだ。


 目の前の怪物が、かつて人類を滅ぼしかけた魔物、ドラゴンであると。


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