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第十一話 出会い(4)



「……あれか」


 悲鳴の方へ歩くと、少し広いところへ出た。いかにもスラム街というボロくて汚い場所で、一人の男が腰を抜かした女性に立ち塞がっている。女性の傍らには、子供が一人倒れていた。


「このクソガキ! 痛い目見せないとわかんねえようだなっ!」

「お願いです! 子供は許してください! どうか子供だけは……!」

「うるせえ! こいつ、俺の食いモンパクろうとしやがったんだ! 生かしちゃおけねえ!」


 そう激昂する厳つい男。ガタイもかなり良く、スラム街で腕っ節だけで生きているのが容易に見て取れた。


 ――あれ? これ悪いの子供の方じゃないの?


 そんな感想を抱いてしまう。話の限りでは、盗みを働いた子供の方が悪い。

 しかし、事はそう簡単ではないようで。


「この子は、ずっと何も食べてないんです! 今このスラムにはお金も食べ物も全然無くて……だからつい手が伸びてしまったんです! 許してください!」


 母親と思われる女性は必死に弁明する。見てみると、確かに子供は痩せ細っていて顔色も悪いようだ。この子供が物を食べていないというのは、本当らしい。

 だが、怒り狂った男はそんなこと気にしない。頭に血を上らせたまま叫ぶ。


「知るかそんなこと! こっちだって腹減ってるのは一緒なんだよっ! ガキに喰わせるモンなんかねえっつーんだ! そんなに何か喰いたいなら、俺の蹴りでも喰わせてやるぜ!」

「……あー、ちょっといいですかね」


 そう言って、倒れたままの子供を蹴飛ばそうとする男に、ふと全然別の方向から間の抜けた声が響いて思わず足を止めてしまう。

 大男も、そして怯えて固まっていた母親も、振り向いて驚いたことだろう。


 何せ、この薄汚く古ぼけたスラムにはまるで場違いな、美しい純白のドレスを着た少女が現れたのだから。


「な、何だテメエ?」

「まあ怒る気持ちも分かりますが……流石に子供さんにはやり過ぎでしょう。食べ物取られてないんでしょう? だったら、せめて子供は許してあげたらどうです?」

「なんだと……!」


 いきなり現れた見ず知らずの相手に制され、男は機嫌を悪くしたが、すぐに身なりから貴族の子供と分かったのだろう。下卑た視線を向けてくる。


「ほう? それじゃお嬢ちゃんが、こいつの代わりに払ってくれるのかな?」

「まあそうしても構わないけど……生憎、今金は持ってない。お付きのメイドとはぐれてね」


 小馬鹿にした態度でそう応じると、先ほどまでの顔を引っ込めて怒りを露わにする。


「このガキ……! 馬鹿にするのもいい加減にしろよ……!」


 いよいよ激昂した男は、アリティーナに掴みかかろうとする。


 見た目に違わず腕自慢の男らしいが、元ドラゴンハンターで三ヶ月の戦闘訓練を受けた今のアリティーナからすれば、非常にゆっくりとした動きでしかない。躱すことも受け止めることも容易である。


 とりあえず、躱してがら空きになった腹に一発くれてやるかと思っていた、その時、


「おらぁ!」


 と、大男の真横から赤い光がぶつかって、その肉体を弾き飛ばした。


「げはぁ!?」


 吹っ飛ばされた男は、その身を廃屋へと突っ込ませ、壁を壊してようやく止まる。死んではいないようだが、気絶くらいはしているだろう。


「え……?」


 一瞬のことで驚いてしまったアリティーナは、呆然とした様子で目を見張る。


 眼前には、男に代わって別の人物が現れていた。

 この人物が、男をぶん殴って吹っ飛ばしたのだ。


「何やってんのよ、馬鹿ギンザ! こんな子供に手かけようとして、アホじゃないのアンタ!」


 そう言って殴った男を叱っているのは、女性だった。というより、少女である。


 見た目は、アリティーナと同年代に思える。アリティーナは十五歳という年齢ながらかなり幼く見えるが、この少女は年相応だろう。

 背はアリティーナよりずっと高い。百五十センチも無いアリティーナだが、この少女はそれより二十センチは上だろう。確か勉強した限りでは、同年代の女子としては高い方に入るはずだ。


 髪は燃えるような赤髪をボブカットに揃えている。とはいえ、スラム街の人間らしくあまり手入れされているようには見えない。その髪の下から鋭い眼光を持った澄んだ青いの瞳が覗いている。


 服装はシャツとショートパンツという簡易なデザインだ。その服装が隠していない手足から、流石に今のギンザと呼ばれた大男には劣るものの鍛えられた筋肉が出ている。大の男を殴り飛ばしただけあり、かなり強い女らしかった。


 そんな女性が、目の前に立っている。

 アリティーナは、どうしてだか分からないが、一瞬飲まれてしまっていた。


「……ところで」

「え?」


 突然話しかけられ、呆然としていたアリティーナは驚いてしまう。

 正確には話しかけられたと言うより、ジト目で睨まれていたのだが。


「アンタ、何者?」

「何者って、別に……」

「別にじゃないわよ。こんなところにそんな格好で来て、危ないじゃないの。貴族のお嬢様が来ていい場所じゃないのよここは」


 ああ、と納得する。


 つまり、この少女はアリティーナが興味本位でスラム街に足を進めた馬鹿な子供と思っているだろう。大方間違ってもいないので、否定も難しかった。


「すみません。でも、連れとはぐれてしまいまして……」

「連れ? どっちにしろこんなところに居ないでしょ。とっとと帰った方いいわよ」

「そうですね。でも、その前に……」


 アリティーナは、視線を動かす。

 その先には、先ほどのことでびっくりして腰でも抜かしたのか、母親らしき女が座り込んでいたが、こちらが見つめてきたのに気付くと立ち上がる。


「あ、ありがとうございました。お礼はいずれさせていただきます。では、私はこれで……」

「おい、ちょっと待て」


 そそくさと去ろうとする女を、低い声でアリティーナが止める。

 え、と思った女が振り返ると、


「子供忘れてるぞ、お母さん」


 その台詞に、青ざめた女が走って逃げようとするが、

 勢いよく飛びかかったアリティーナにぶつかられ、その辺の家の壁に打ち付けられる。


「ぐはっ……!?」

「逃げるなって。抵抗すると首の骨砕くぞ?」


 壁にヒビが入るほど強い力で押しつけられ、首を絞められ脅された女は大人しくなる。衝突の際凄い音がしたので、スラムの人間がぞろぞろ出てきた。

 その中には、呆気に取られていた赤毛の少女も含まれている。


「アンタ……気付いてたの?」


 ビックリした様子で、赤毛の少女は聞いてくる。


「見りゃ分かるよ。だってこいつ血色いいもん」


 そうだった。

 アリティーナは、子供が痩せ細っていたのに、母親の方は身なりは貧しいもののそこまでやつれていないことに疑問を抱いた。かつてドラゴンハンターたちとスラム街を訪れた際は、親子の様子はむしろ逆だったのを覚えていたためすぐ気付いた。


 それと、決定的だったのはさっきのギンザという男が蹴ろうとした際、この女は子供を庇おうとはしなかった。これを見て、この女と子供は本当の親子ではないと分かったのである。


 このことで、目の前に居る貴族のお嬢様が、只者でないと悟った赤毛の少女は、感心した目を向けてくる。


「凄いわね……言うとおり、そいつは親が居なかったり親に虐げられている子供を連れて行って、泥棒に仕立て上げるクソ女よ。この王都に潜り込んだって、自警団がずっと探してたの」

「自警団……アンタ自警団の人なの?」


 アリティーナがそう聞くと、赤毛の少女は少し考える仕草をして、


「……パウラ」

「え?」


 不意の言葉に訳が分からないでいると、彼女は笑ってもう一度告げる。


「パウラ・ノービス。この街で暮らすただの平民よ。アンタは?」


 そう名乗り、握手を求めてくる。


「……アリティーナ・フェルベッキオ。ついさっきこの街に来たばかりの、ただの伯爵令嬢さ」


 今のところは、とは付け加えないでおいた。

 そして女から手を放すと、アリティーナはパウラの手を握った。

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