第十話 出会い(3)
「……凄いな」
アリティーナは、王都ラングの大通りを訪れ、思わずそう口にする。
王都ラングは馬車から見た景色と別邸からの景色で拝んだものの、実際その場に足を進めてみるのとでは全然違う。まるで別物に見えていた。
石造りの道路に、両側に所狭しと並んだ店の数々。屋台も大量に出ていて、王都に暮らす人々に様々な物を提供している。
その奥には、大小合わせて様々な家々が建てられていた。王城を中心として四つの門から続く大通りは、沢山の人が行き交う場と化している。
ペチニア王国という国の、最大の要所であり最大の交易の地。
それが、王都ラングと授業でも習っていたが、実際に行くとそれがひしひしと伝わってくる。つい見とれてしまうくらいだ。
が、彼女の護衛を務めるメイドはそんなもの全く感じていないようで、周囲への警戒を強めるばかりだった。
「お嬢様、絶対私から離れてはいけませんよ。お嬢様はこの地のことを全く覚えていないのでしょう?」
「分かってるって」
もうどれくらい聞かされたか分からない台詞を流す。ミリアが案ずる気持ちも理解できないとは言わないが、いい加減ウンザリしてきた。
ともあれ、アリティーナは王都の様子に見惚れてしまっていた。こうして街並みを、人々を拝んでいるだけでも、感じたことのない感覚が自分を支配する。
――こんな光景、二十年前は見られなかったな。
アリティーナは、ドラゴンハンターだった過去を思い返して改めてそう思う。
以前は、街並み自体は大して変わらなかったものの、こんなに盛況ではなかった。人通りもまばらで、ところどころ壊れた建物も少なくなかった。全体的に、沈んだ空気が支配していたと思う。
二十年前は、いや正確にはその二十年以上前から、人類は滅亡の危機に瀕していた。
ドラゴン族は、決して一つではなく多くの種族に分かれていた。それぞれバラバラに暮らしており、ドラゴン族同士の争いも多かった。実を言うと、ドラゴンに人間が滅ぼされなかった最大の理由は、ドラゴン族同士が仲が悪く戦争ばかりしていたかららしい。
ところが、四十年前ほどにその状況は変わる。
ドラゴン族に、大いなる力を持った王が現れたのだ。竜王を名乗ったその強大な王は、圧倒的な力を使い多くのドラゴン族を服従させるか滅ぼして、あっという間に全てのドラゴン族を支配した。
その竜王が、次のターゲットに選んだのは人類だった。全ての国に宣戦布告し、ドラゴン族を差し向け人類を襲わせた。後に『竜人大戦』と呼ばれる、人類とドラゴンとの最終戦争の始まりだ。
ドラゴン族全てが結託し人類に牙を剥くという予想外の事態に、人類は慌てふためいた。三カ国は多大な犠牲を強いられ、一時は絶滅の危機に瀕したという。
結果、ドラゴンとの戦争には、今までの武器では限界があると判断された。もっと強力で、もっと誰でもドラゴンを殺せる武器が必要になった。
それが、後にDHW-07――パイルバンカーを生むこととなる、対ドラゴン殲滅用決戦兵器製造計画――通称ドラゴンハンター計画だという。
結果は、今人類が現存していることが証明している。
ドラゴン族の王、竜王は抹殺され、残ったドラゴンたちも滅ぼされた――はずである。
――本当に生きてるのかな?
アリティーナは、またしても考えてしまう。
この栄えている街を見れば、ドラゴンとの戦争は終わったことは分かる。かつては、それを拝む事すら出来なかった。この光景こそが、もうドラゴンが滅んだことを立証しているようなものだ。
だが――どうにも納得できない自分がいる。
何故王国は、最後にドラゴンハンターたちを裏切って殺したのか。まだドラゴンは殲滅していなかったのに、そのドラゴンと手を組んでまでどうして英雄たちを手にかけたのか。
そして、結託までしたドラゴンたちを、後になってまた殺すなんて真似をどうしてしたのか。そこがどうにも分からない以上、アリティーナはドラゴンが絶滅したという話をどうにも受け入れられなかった。
――いや。単に認めたくないだけなのかもな。
ふと、そんな自嘲が漏れてしまう。
アリティーナは、かつてドラゴンハンターだった自分は、ドラゴンと戦うことしかしなかった。それが自分の役割であり、自分の存在意義だったからだ。
しかし、もう自分はドラゴンハンターではない。アリティーナ・フェルベッキオという伯爵令嬢だ。小さくて可愛らしい少女でしかない。細い体に細い腕、牙すら持たないこの頼りない肉の体では、ドラゴンと戦うことなど不可能に決まっている。
まあ、ドラゴンが絶滅していたら、そもそも戦えないのだが。
それを、受け入れたくないのかもしれない。自分がもうドラゴンハンターではないという現実を、自覚するのが怖いだけなのかもしれない。この肉体を得てから三ヶ月、鍛えながらもそんな考えは頭から離れてくれなかった。
「……どうしたものかなあ……ねえミリア……あ?」
そこで、ふとミリアに声をかけたところ、彼女がいないのに初めて気がついた。
「あれ……?」
唖然としてしまう。
確かに人並みは多いが、別に何かに巻き込まれたわけでも通り過ぎたわけでもない。アリティーナ自身は別に移動していなかったので、まさか見失ったわけはあるまい。
考えられるのは、ミリア自身が移動したか――どこかへ連れて行かれたということだ。
「まさか……」
ミリアが自分を置いて行くとは思えない。であるなら、浚われたと考えるのが自然だ。
先の誘拐事件の話を思い出す。子供が狙いなら当たり前の話アリティーナが狙われると思っていたが、ミリアとてまだ若いメイドである。誘拐犯の狙う範囲が不明な以上、どちらも浚われる危険はあるかもしれない。もしくはその誘拐とは関係無い別人に浚われたか。
杞憂かもしれないが、はっきり言えることは今この場にミリアがいないということだけだ。
「どうなってる……」
探そうとも思ったが、アリティーナにはこの辺に関する土地勘が無い。探すどころか、別邸の場所すら曖昧なくらいだ。街並みに夢中になって記憶するのを忘れていた。自分の深くを恥じたところで遅い。
とにかく、アリティーナは大通りから離れることにした。ここは人通りが多すぎて一カ所にじっとしていられない。どこか別の場所で落ち着く必要があった。
大通りを逸れ、脇道へと入っていく。と言っても奥深くまでは行かない。下手に深部まで行くと、それこそ自分からスラム街に入ってしまうだろう。
と、思っていたのだが。
「キャアアアアアアアアアアアァァッ!!」
という悲鳴が、街の奥から響いた。
「ミリア……いや……」
一瞬ミリアかと思ったが、声の調子からすると違う。別人らしかった。
であるなら、アリティーナとしては放っておいても別に良いのだが。
「…………」
どうにも、先ほどの悲鳴が頭から離れない。不思議な気分だった。
アリティーナは、美しく彩られた通りから離れ、汚く古ぼけた闇の中へと足を進めていった。