第九話 出会い(2)
「え? 予定が延びた?」
アリティーナは、別邸に用意された自室でそう聞き返した。
「はい。どうも先方でトラブルがあったらしく、予定より二時間ほど待ってほしいとのことです」
「二時間、か……」
窓の外から、街の中を覗く。
この街、王都ラングにおいて、一番大きい建物は無論王城フェイルであるが、高さだけなら二番目に高いのは時計塔である。
この世界において時間は統一されている。その確認は、貴族ならば自前の時計を用意することも出来るが、大概目玉が飛び出る超高級品なので庶民は手が出せない。
そのため、ラングのみならず多くの街には国が金を出して作る時計塔が用意されている。この時計に従って、人々は予定通り行動しているのだ。
その予定の時間より、だいぶ早くたどり着いたアリティーナは別邸にてお茶会へ向かう準備をしていたものの、それが遅れると使者より連絡が入った。あまり急ぐ必要は無かったと、損した気分になる。
何にせよ、これで暇が生まれてしまった。二時間という中途半端な暇が。
出来れば、鍛錬でもしたいところだが、そうもいかない理由がある。アリティーナは、鏡の前へ移動すると、自分の姿をまじまじと確認する。
「……いいのかな、こんな服で」
「とってもお似合いですよ、お嬢様」
鏡を見ながら困ったような顔をすると、ミリアが手放しで褒めてくる。妙に上機嫌だった。
今アリティーナは、純白のフリフリとした布が付きまくったドレスを纏っている。刺繍も色々織り交ぜられており、かなり値が張るドレスなのは知識の無いアリティーナでも容易に分かった。
鍔の長い帽子も真っ白で、アリティーナの銀髪に合わせた整いは、美少女と呼ばれる彼女をまるで人形のように彩っていた。
正直、少女を愛でる趣味もなければ自分の美しさなど興味の無いアリティーナからすれば、別に自分がどれだけ可愛くても仕方が無いのだが。
それはともかく、今の問題はこの服をどうするかだ。時間が余った以上別に着替えてもいいのだが、結構面倒くさい着付けをするこの服を脱いでまた着ると考えるとウンザリしてしまう。明日だったらともかく、二時間後なのが余計に面倒さを加速させていた。
どうしたものかと思っていたところ、ふとアリティーナは閃いた。
「そうだ。ちょっと街を見てみたいな。案内してくれない?」
「え?」
ミリアが驚いた顔をする。
まあそうだろうな、とはアリティーナ自身思った。
この純白のドレスを見れば、汚したら大変なのは馬鹿でも分かる。
こんなの着てって外出などすれば、汚れた場合誰が責任を取れるというのか。
「大丈夫だって。汚したりはしないから」
「でも……」
「防御魔術かければ平気だよ。私が魔術が上手いって褒められたの知ってるでしょ?」
そんな風に、媚びるように上目遣いをして頼み込む。三ヶ月の教育の末、これぐらいのことは出来るようになっていた。
アリティーナが、家庭教師として雇われた魔術師から才能があると言われたのは事実だった。これは今のアリティーナに成り代わる前からだったようで、天才だの評されていたなんて言っているが本当のところは分からない。
ただ、アリティーナは魔術における五大属性と呼ばれる属性のうち、炎と水の属性を得ていた。これは非常に珍しいことで、ほとんどの人間は炎、水、土、風、雷の五大属性のうち一つの適性があるのがせいぜいで、二つとなると二重属性、デュアルスキルと称され希少とされる。
魔術の属性は五大属性の他に、光と闇と呼ばれる属性もあるが――まあこれは伝説上の存在なので無視すると、全ての属性に該当しない無属性と言うものもある。防御魔術はこの無属性に属している。
無属性魔術は適性に関係無く、魔力さえあれば誰でも使える魔術だ。身体強化だったり回復魔術もこれに属するが、防御魔術はその文字通り肉体の防御力を上げる魔術。具体的には、体に魔力で作った薄い膜を作ってそれで攻撃から身を守るのだ。
アリティーナほどの力があれば、単なる肌身だけでなく服まで守ることが出来る。防御魔術に使う魔力など大したことは無いため、それで守ってさえいれば汚れる可能性などゼロだった。
「しかし、最近の王都は物騒と聞いています。なんでも、子供の誘拐事件が多発しているとか……」
「そうなの? でも、王国騎士団はどうしているのさ?」
王国騎士団とは、ペチニア王国における正規軍と違い、王都と国王を警護するための騎士団である。規模こそ小さいものの、この国の最重要拠点と国王陛下や王族を守護するため、最高の兵士と武装を持つとかつて聞いたことがある。
だが、そう尋ねたところミリアはバツが悪い顔をして、
「そ、その、失踪した子供というのが……」
「……ああ」
アリティーナは、それ以上聞く気を無くした。言い淀んだ理由を察したからだ。
恐らく、その消えた子供達というのは王都の外れ、スラム街に住む貧民たちの子なのだ。王都を守護する王国騎士団とはいえ、貧民に対してその力を使ったりしない。だから、対応が消極的なのだ。
かつても、ドラゴンハンターの一人が王都のスラム街出身だったそうで、道中散々王都や王国騎士団の悪口を言っていたのを思い出した。当時は実態を知ることは出来なかったが、話通りの奴らだったらしい。
――そういえば、ドラゴンが出没するなんて噂もあったっけ。
アリティーナは思い出していた。この三ヶ月、教育が忙しすぎてつい忘れてしまっていた。
きっと、その誘拐事件の噂がどこからかドラゴンの噂に発展したのだろう。ドラゴンは人を喰う。だから、人が消えたりするとドラゴンの仕業と騒ぐのは二十年前だと良くある話だった。ドラゴンハンターたちも、噂話に振り回され色々行って、結局ドラゴンは居なかったなんてことは多々あった。
まあ、実際ドラゴンが生きているかは関係無い。今はとにかく鍛えることが最優先だ。まだまだ、この体ではドラゴンと戦えない。アリティーナとて自覚はしている。
「……パイルバンカーじゃないからなあ今は」
「お嬢様、何か仰りましたか?」
「いや別に。でも外出禁止なら――トレーニングでもするか」
そう呟いたところ、ミリアに両肩をガッシリ掴まれた。
「ん……?」
「お嬢様……絶対止めてください」
ニッコリ笑顔は相変わらずのミリアだったが、その顔の裏側に化け物じみた何かを感じる。アリティーナはこの三ヶ月でそれを認識できるようになっていた。
「……ダメ?」
「ダメです。今は回復術師様もいないのですよ?」
「ちょっとは自分でも使えるから大丈夫だって。言われなくても、あんまり強いトレーニングはしないよ」
「そもそも、私はあのような特訓法すら認めていません。何回死にかけたと思ってらっしゃいます?」
ミリアは絶対譲ろうとしなかった。実際、筋トレのせいで倒れたことがかなりあるため押し切るのも難しい。
「――分かりました。外出は認めます。でも、私から離れないでくださいね? 王都はお嬢様のような可愛らしいお方には、危険すぎる場所です」
「分かってる。それじゃ時間も無いし行こうか」
筋トレやられるくらいならマシと思ったのだろう。ミリアは了解すると、アリティーナに同行することにした。
アリティーナとしては何度も行ったであろう王都だが、ドラゴンハンターとしては二度目の王都訪問が、正式に始まった。