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第八話 出会い(1)

「ふわぁ……」


 ゴトゴトと揺れる中、アリティーナは欠伸をする。気分が悪いのも収まってから、次に来たのは退屈だった。

 本でも持ってくれば良かった、と思いつつ、気持ち悪くなるから読んじゃいけませんと目の前のメイドに言われることが明白なのでどうしようもなかった。


「お嬢様、そんな大欠伸してはいけませんよ」


 その目の前のメイド、ミリアがそう苦言を呈するが、退屈そうなのはこちらも一緒だった。何しろ一週間以上馬車に揺られての旅である。無論時々休憩は挟むが、こうも長ければ飽きて当然。景色も、特に目立つ物はない。


 アリティーナが、アリティーナとして目覚めてからもう三ヶ月近く経っていた。

 あの後、祖父であるマリオは願い通り専門の教師と回復術師を雇ってきてくれた。無論、淑女教育とやらの家庭教師も付属していたが。

 何にせよ、ドラゴンハンターとして戦う特訓と、アリティーナの貴族令嬢として恥ずかしくない子に育てるための教育は始まった。三ヶ月しか無いものだから、突貫作業になるのは仕方ない。


 幸いなことに、このアリティーナという少女は頭が良かったのか、勉強はなんとかなった。何しろ文字が分かる程度だったので、家庭教師は大変だったろうが思ったより覚えが早いと感心していた。


 しかし、淑女教育は大変だった。歩き方から立ち方、振る舞いから食事のマナーまで、とにかくやることが多い上に教師がとにかく厳しい。ドラゴンハンターだった頃には完全に縁の無かった世界が、これほど大変とは予想だにしなかった。


 結局、勉学はともかく淑女教育は合格点を貰えていない。だが、もはや入学まで二週間ほどになり、流石に準備もあることだしいつまでも屋敷に置いておけないので、学園がある王都へ行くことが決定した。

 王都ラングまでは馬車で一週間ほど。事前の準備などもあるため、一週間前には王都にあるフェルベッキオ家の別邸へ到着する必要があった。そういうわけで、アリティーナは馬車の旅を行ってきたわけだった。ちなみに向こうでも淑女教育は行われる予定だ。


 そんな旅も、もうすぐ終わる。王都ラングは、もう目前まで迫ってきているという。


 ――ラング、か……


 アリティーナは、かつてドラゴンハンターだった頃に訪れた時のことを思い出していた。


 ドラゴンハンターは、王都などにはまるきり縁が無い。しかし、かつてドラゴンハンターの戦士たちと共に、王都へ国王との謁見が許されたことがある。あれは、ドラゴン族の王を仕留めた後だったか。


 王は喜色満面でドラゴンハンターたちを讃えていたが――今思い返してみると、それも怪しいと思わざるを得ない。

 その謁見直後に、あの裏切りによってドラゴンハンターたちは全滅したのだ。


 それから二十年も後に、まさか王都へ再び訪れるとは想像だにしなかった。

 しかも、今度は貴族令嬢で学園の生徒という立場でなのだ。


「……ミリア」

「はい。なんでしょうかお嬢様?」


 箱馬車の中、備え付けられた窓から外を見てアリティーナは呟くように問いかける。


「学園って、どんなところ?」


 アリティーナの質問に、ミリアは少し困ったような仕草をすると、


「さあ……私も通ったことはありませんので。でも、貴族の皆様が通うとても楽しい場所だと聞いてますよ」


 そう笑顔で答えるミリアだったが、どうにも信じられなかった。


 ――楽しい場所、ねえ。


 アリティーナには、とてもそうは思えない理由があった。


 ちら、と馬車の後方へと目をやる。

 今は見えないが、この馬車の後ろには同行する馬車がある。護衛として、フェルベッキオ家に雇われた兵士が乗っているのだ。

 その馬車は、兵士の輸送と共に荷物の搬送も兼ねていた。というより、貴族令嬢らしく大量の靴やドレスなど身の回りの物が用意されており、それを仕舞う専用の荷馬車に護衛を無理矢理入れている感じだった。


 その荷馬車に、あるものが仕舞われていた。

 出来ればアリティーナ自身が持っていきたかったが、下手に怪しまれると思って他の雑多な荷物の中に仕込んでいた物。


 本物のアリティーナが記した、日記である。


 ――なんで、あんな日記残したんだろ。


 アリティーナは、本来のアリティーナにそう尋ねたかった。


 あの日記は、ただの日記ではなかった。魔術が利用された、特別な代物。

 アリティーナが読んでいる最中、ミリアが覗き込んできて慌てたものの、「あれ、何も書いてないじゃないですか」と言ってきたのは相当驚いた。他の使用人にも何人か見せたが、反応は全部同じ。


 どうも、この日記が特殊なのかあるいは書いた筆とインクに何かがあるのか、とにかくこの日記の内容はアリティーナ以外誰も読めないらしい。他人に見られたくない秘密を記したり、機密の伝令の紙などに使われる手口だとドラゴンハンターの頃聞いたことがある。


 恐らく、アリティーナは日記が誰かに読まれる危険を考慮して、自分以外読めない細工を用意したのだろう。どうしてそんなことまでする必要があったのかは――内容が教えてくれた。


 あの日記の中で、アリティーナが愚痴っているのは使用人だけではない。他の貴族、特に自分より爵位が高い者たちのことまで悪し様に罵っている。酷いのになると、お茶会で相手の美しいドレスを汚して別の犯人を仕立て上げたり、階段から突き落として逃げたりとやりたい放題が記してあった。露呈すれば、まず殺されるだろう。


 しかし、どうも秘匿しておいたのはそれだけではなかったらしい。

 日記の後半から、やたら出てくる人物が気にかかった。


 ――あのお方、ねえ。


 日記には、その人物の名前は載っていない。

 ただ、『あのお方』だの『あの人』とか使われている謎の人物が存在するのだ。妙に用心深く、私用の日記すら読まれることを警戒して偽装している彼女だから、万一のことを考えて名前を書かなかったのだろう。


 はっきり言って、他人への悪態や愚痴ばかりのアリティーナの日記が、あのお方とやらが出てきてから変化する。ドラゴンハンター時代、戦士が恋人に送ろうとしていたラブレターが仲間にバレて音読させられた一件があったが、あれと似たようなものを感じる。


 その人物とはお茶会に誘われたのが最初で、その時点で印象が良かったらしい。色々自分の話を聞いてくれて、悩みも打ち明けている。偏見と差別意識の塊のようなアリティーナとは思えないほどだ。


 心酔というか崇拝というべき彼女の狂信振りは、その人物と会うたびに酷くなっていく。しまいには、「私の全てを捧げたい」とまで書いてあった。これがラブレターなら、恋とは恐ろしいものだとアリティーナは思ってしまう。


 ただ、その人物を信奉していたのは何もアリティーナだけではなかったらしい。日記の中には、自分同様あのお方を敬い崇める人々が多く居ること、そして自分がその中で一番になりたいという強い渇望が見て取れた。


 そして、日記の最後にはこう書かれてあった。




『×月□日。いよいよ今日執り行う。

 あのお方には時期尚早と言われているが、もう我慢できない。

 あのお方から一番の愛を貰うのは私だ。あのお方の一番の友は私だ。

 それを今日証明してみせる。あのお方に最高のプレゼントをするのだ』




 これを最後に、日記には何も書かれていない。

 というのも、これは彼女が地下室で倒れていたあの日――アリティーナが、真のアリティーナ・フェルベッキオだった時最後の日記だからだ。


 ――最高のプレゼント、ねえ。


 どうやら、地下室でした行動とは、彼女が愛したあのお方とやらのためだったらしい。それが何なのかは不明だが――その結果、彼女は倒れ、今のアリティーナがこの肉体を得た。


 絶対まともな行為ではない。マリオが何が起きたか話さないのも、その行為がとんでもなくヤバい事だったからだろう。事実、かつてのアリティーナは消え、ドラゴンハンターが現代に蘇った。普通ならこんなことはあり得ないはず。


 いったい、何をしでかしたのだろう? 今のアリティーナに、それを知る術はなかった。

 いや、一つだけ方法はあった。


「お嬢様、そう退屈そうにしてはいけませんよ。今日は、お茶会があるのですから」

「……分かってる」


 窓の景色が、変化していく。街道を歩いて、ただだだっ広い平原ばかり続いていた風景に、別のものが入り込んでいく。


 自然の山や森ばかりだった景色に、巨大な白い壁が映る。

 街自体を覆う外壁は、ドラゴンの王都への侵入を防ぐため、高く分厚く作られている。この場所からでは、街の中は確認できない。


 だが、あの壁の向こうに、確かに王都ラングは存在する。

 そして、かつて王と謁見した場所、王城フェイルも。


 ――あそこに、あのお方もいるのか……


 時間通りに到着できた。今日は、別邸に帰ってから落ち着くわけにはいかない。

 お茶会へ招待されているからだった。


「公爵令嬢の、エインス・ネウってどんな人なの?」

「覚えてらっしゃらないと思いますが、お嬢様とはとても懇意になさっていたお方ですよ。お嬢様は、その人とのお茶会をとても楽しみにしてらっしゃいまして、今度学園へ一緒に通うことを一番に願っていまして……あっと」


 そこまで言って、記憶が無いのにこんな話をするのも悪いと思ったようで黙ってしまう。アリティーナとしては構わないのだが。


 恐らく――そのエインス・ネウという人物が『あのお方』でまず間違いあるまい。公爵家ということは伯爵家であるフェルベッキオ家とはかなり格が違うが、どういった経緯で会えたのかは分からない。


 実は、この三ヶ月の間に何度か誘いは受けていたものの、体調が治っていないと言う理由から断っていたらしい。……実際は、淑女教育を叩き込むためだったが。

 しかし、入学直前になり王都に来ることになれば流石に断れない。公爵家の機嫌を損ねると大変と家庭教師に散々脅された。


 そのお茶会が今日である。だから、こんな朝早い時間から馬車を歩かせているのだ。時間にはまだ余裕があるが、これから別邸で色々準備する必要があるため余裕を持ってたどり着きたかった。


 ――エインス・ネウ……どんな人物かな。


 本物のアリティーナが何をしたのか。本物のアリティーナがどうしてそこまで心酔したのか。

 今のアリティーナがこんな肉体を得た理由も、その人物から分かるかもしれない。


 そんな期待を抱いて、アリティーナは馬車から見える王都の外壁を見つめていた。

  

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