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異世界恋愛シリーズ

司祭です。追い出した聖女が翌朝には帰って来ます……

異世界恋愛8作目です! 前作は皆さんから沢山の評価を頂きました! ありがとうございます!


「マリーデル。お前、聖女辞めろ」


 教会の小部屋。人払いをした上で、年若き司祭のアーカムは告げた。マリーデルは納得いかない様子で、赤髪を揺らしながら抗議をしていた。


「何を言っているんですか! この国には困っている人が沢山いるんです! だからこそ、私達が動かないと!」

「お前の志は有難いが、宗教は政治から分離するべきだと言う声が上がっている。排斥運動が、及ぶ前に身を引こうと言う話だ」


 日々、街中が剣呑な雰囲気に包まれて行くのはマリーデルも知っていた。聖女として生きて来た自分が否定されるようで心苦しくもあったが、彼女は芯の強い女性だった。


「アーカムさん! こういう時だから、我々は負けちゃいけないんです! 人々の心のあり所であることを示す為にも! 断固として抗議しましょう!」

「え? あ、いや。皆を危険な目に遭わす訳にはいかんし……」

「傷つくことを恐れて、何が聖女ですか! 教会ですか! 信仰心は鋼にも勝るんですよ!!」


 マリーデルの決意に対して司祭が示した反応は、彼女の勇気に対する感銘でなければ、聞き分けの無い者に対する憤りでも無く、困惑だった。


「……だったら、お前は何処の地でも教義を忘れずにいられるはずだ」

「と言うと?」

「誰もが皆、お前の信仰心の強さについて行ける訳ではない。国と言う強大な流れに従わざるを得ない者達も多いだろう」

「た、確かに。凄いです! 自分達以外の人達のことも考えられるだなんて!」


 取り繕った様な雰囲気はあったが、マリーデルは感動していた。力なき者達に寄り添ってこその、教義なのだと。


「そうだろう。そうだろう? だから、我々が挫けてしまっても。君だけは教義を、信仰心を忘れないでくれ」

「はい! 分かりました! アーカム様!」

「うむ。良い返事が聞けて嬉しい。これは、私が用意した旅支度だ。中身をキチンと確認しておいてくれ」


 旅に必要な道具一式を詰め込んだバッグを彼女に渡した。中には干し肉や水の入った獣の革が収められていた。


「問題ありません! マリーデル! 必ずしや! この信仰心を紡いできます!」

「頼んだぞ!」


 決意した彼女の行動力は凄まじい物であり、バッグを肩に担ぐと猛ダッシュで小部屋から飛び出して行った。彼女が居なくなったことを確認すると、アーカムは全身を震わせ、やがて耐え切れなくなったのか哄笑を上げた。


「あら。アーカム様、随分ご機嫌な様ですね」

「すまん。まさか、ここまで話がうまく運ぶとは思わなかったのだ」


 部屋に入って来たのは、教会の厳粛な雰囲気に反した豪奢な衣装に身を包んだ女性だった。


「聖女が自分から逃げ出したとなれば、この国における宗教は力を失うことでしょう。やがて、この教会も邪魔な物になる」

「ラシャーク様。その時は、好きにお使いなされ」


 司祭は字がびっしりと敷き詰められた羊皮紙を彼女に渡した。書面には、この教会を引き渡す事に関する同意の旨が綴られていた。


「えぇ、確認できました。後は、民の心が離れたタイミングを見計らうばかり。貴方も悪徳ですね」

「こんなジメジメした教会とはサッサとオサラバしたいんですよ。私は、小金持ちになって普通の生活がしたい」


 教会の仕事は多岐に渡るが故に激務だった。おまけに厳粛さを求められる手前、欲求不満は募るばかり。その折、全てを解決する天啓が舞い降りたのなら、食いつかぬ理由も無かった。


「でしたら、叶えて上げましょう。私達、スワイァー家が」

「頼みましたぞ」


 ゴルサム王国にて、大商会を展開している彼女達が、どうして教会を欲しがるのかは思い浮かばないが、彼女らなりの理由があるのだと考えた。

 人目を憚り、夜中にコッソリと呼び出した上で追放したが、明日には皆を集めて、聖女が逃げ出したことを伝える。アレだけド直球だった彼女が一目散に逃げだしたとなれば、教会に勤める者達の意見も傾いて行くことだろう。


「フフフ。この教会を引き払ったら、可愛い嫁さんを見つけて、子供は2人欲しいな。そして、私は農業に精を出して……」


 まだ、報酬が出たわけではないのに、今の内から使い道と将来設計を考えている様子は、正に俗人と言う外ない姿だった。

 余りに、未来予想が楽しかった為か。粗末な木製のベッドで背中を痛めながら就寝した彼は夢を見ていた。教会は取り壊され、自分は街のはずれに一軒家を貰う。そこで、彼は畑を耕しながら全く新しい生活を営んでいた。


「貴方。そろそろ休憩を挟みましょう!」

「分かった」


 ライ麦のパンを齧りながら、顔に靄の掛かった妻と子供達との会話に興じる。教会と言う厳格さを求められる場所では考えられない、普通の日常があった。


「パパー! 今度、一緒にピクニックに行こうよ!」

「良いとも。何処へ行きたい? あの小高い丘は見晴らしがとても良い。それとも、皆で一緒に山に登って山菜でも取って来ようか」

「あらあら。私達が行くところなんて決まっているじゃない」

「ほぅ? 何処か希望が?」

「教会ですよ」


 不意に靄が貼れた。現れたのは、自分が追い出したはずのマリーデルの顔だった。悲鳴を上げたのも束の間、彼女達の口からは濁流の様に言葉が溢れ出していた。


「アーカム様! 聞いて下さい! 私、隣のディシィ王国で教義を広げて来たんです! 向こうでは、皆が私のことを聖女として慕ってくれていますし、王子からも求婚されているんです! 国教として認められる日も近いですよ!」

「それだけではありません! 既に、向こうでは教会も建っています! 結婚式を上げる際は私達が呼ばれて祝福をするんです! 正に聖女の役目ここにありですよ!!」

「嗚呼! 伝えられて良かった! 長い間留守番にしていたら、そちらで私のことが忘れられているんじゃないかと思って! 大丈夫です! 私は帰ると約束していましたから!! さぁ、アーカム様! 皆で一緒に行きましょう!!」

「く、来るな!!」


 3人のマリーデルの異様とも言える力に引き摺られ、彼は取り壊されたハズの教会へと向かう羽目になっていた。更に恐ろしいのは、扉を開けた先には大量の人間が待ち構えていたことだ。

 ひょっとして、私利私欲に走ろうとした自分を制裁しようと待ち構えていたのかと考えていたが、それにしては雰囲気が朗らかだった。


「マリーデルちゃん! 幸せになれよォ!」

「はい! 私は! アーカム様と結婚します! 古臭い宗教が駄目なら! 私達で新しくしていけばいいのです! そうでしょう! アーカム様!!」

「嫌だ―! 離せー!!」

「話せ!? そうですね。私がこんな決意をしたのは……」


~~


「ウォオオオオオオオ!!!!」

「ヒェッ」


 あまりの絶叫ぶりに、部屋に来ていたシスターが怯えていた。暫し、周囲を見渡して、夢から脱出できたことを悟ると。彼は寝汗を拭った。


「驚かして、済まなかった。何か用ですか?」

「はい。今日の予定についてですが」


 いつも通りの会話が始まる。あんな馬鹿な事態は夢の中だけだ。自分はラシャークが持ちかけた取引を進める為に動かねばならない。ならば、シスター達にもそれとなく勘付いて動いて貰う必要があると考えた。


「そうだな。最近、街中では我々を排斥しようとする動きがある。皆を集めてくれ、注意喚起がしたい。マリーデルにも声を掛けてくれ。彼女が一番危険な立場にあるからな」

「はい。分かりました」


 やけにあっさりした返事だった。シスターの朝は早く、特にマリーデルは誰よりも早く来て仕事をしていた為、彼女が居なければ皆が違和感を抱くはずだと言うのに、目の前のシスターには疑問すら抱いていない。彼女は司祭のいる部屋から、半歩出でから言った。


「マリーデル様! 今日は、司祭様から皆に話があるそうです!」

「はい!!! 分かりました!!!」


 アーカムは自らの頬を抓った。例の声が聞こえてきているではないか。これはタチの悪い幻聴か、まだ夢を見ているのか。ヨロヨロと部屋を出て行くと、やはり見慣れた顔があった。


「おぉ、今日も壮健で何よりだ」

「信仰心は鋼に勝りますからね! 肉体も鋼並みになるんですよ!!」


 さては、昨日の内に出て行かなかったか。あるいは、こちらを出し抜く知能を彼女が持っていたというのか? 仕方なく、彼はシスター達を集めて、注意喚起をすることにした。


「最近のゴルサム王国では、我々を排斥しようとする動きが強まっている。もしも、我が身に危険が迫ったりした場合は、迷わず国を出なさい。生きてさえいれば、教義は紡げるのですから」

「はい!!! 分かりました!!!」


 他のシスター達が戦々恐々としながら頷く中、マリーデルだけは幸先の不安を吹き飛ばすかのような大声だった。そして、皆がいつもの業務に戻って行くので、アーカムは再びコッソリとマリーデルを呼び出した。


「あの。昨日の夜中に出て行ったよね? なんで戻って来ているの?」

「そうなんですよ!! 聞いて下さい!! 昨日、夜中に教会を出て、ずっと走り続けていたら日の出前にディシィ王国に辿り着いたんですけれどね!」

「……ウチとディシィ王国。馬を使っても3日は掛かるんだけれど」

「なんで、私が馬より遅いんですか?」


 疑問を呈するのも無駄だと思った。しかも、凄く気になる名前が出て来た。夢の中にも出て来たディシィ王国だ。


「で。ディシィ王国に着いて、何があったんだ?」

「驚愕の連続ですよ! アレは、語るもスペクタクル!」


 話によれば。辿り着いた先では、深夜に無法者が徒党を組んで犯罪を起こしていただとか。彼らを取り締まろうとした衛兵達が返り討ちに遭っていく中、現れた黒衣の男が、素手で相手を殴り倒していっただとか。


「隣の国ヤベェな」

「ですが、彼も完全ではありませんでした。スキを突いた一撃で黒衣が裂かれ、暴漢の凶刃が迫る中! 私は無我夢中で飛び出したのです!」


 この肉体に能力を全振りした聖女は怯むことなく暴漢を投げ飛ばし、黒衣の男と意気投合。残った犯罪者達を一網打尽にしたとか、何かしらの戯曲を聞かされている様な気分になっていた。


「それで。次は!?」

「なんとですね。その黒衣の男性がですね……ディシィ王国の第2王子。ブルータスさまだったんですよ!!!」


 少し前まで興奮していた血の気がサーっと冷めて行く。なんか、これに近い話を最近、何処かで聞いた気がした。


「そ、そうか。凄い方を助けたのだな」

「はい! それで、恩を返したいと言われたので。私、司祭様が話してくれたことを、そのまま話したんですよ!」


 空いた口が塞がらなかった。彼女に話したことには何も嘘はないし、虚偽を指摘される様なことは無いが、そんな身の上を話せばどうなるか。


「ど、どうなったんだ?」

「聞いて下さい! そしたら、ならウチで良ければ受け入れると! 余りにも嬉しくて! 私、皆に伝える為に帰って来たんですよ!!」


 行って帰って来るまでの半日の間に、こんな奇跡を起こして来る所は聖女の御業と言う外なかった。話を聞いたアーカムとしては、困惑する外なかったが。


「流石マリーデルだ。だが、皆に伝えるのは暫し待って欲しい」

「どうして、ですか!?」

「この事態が表沙汰になれば、我々は売国奴と思われるかもしれん。ブルータス殿の計らいは嬉しいが、向こうも急に押しかけられては迷惑だろう」

「た、確かに! 私、嬉しさのあまり。そう言ったことを考えていませんでした!」

「そうだろう。そうだろう。だから、お前はこっそりとディシィ王国へと赴いて、よく協議を重ねて欲しい。それまでは、教会に戻って来るな。怪しまれるからな」

「はい! 分かりました!」


 その日の夜。再び、マリーデルは教会を飛び出した。流石に功績を1日で打ち立てることが出来ても、協議は難航するはずだ。


「普通に考えれば、一国に多種の宗教があれば、利権や権威も関わって来る。猛反対を食らうはずだ」


 ラシャーク家が行動しているのも、そう言った関係の一環だろうが、依然として興味はなかった。むしろ、煩雑な事象に巻き込まれない様に敢えて把握しない様にしていた。

 だが、ウカウカしてはいられない。彼女が協議を重ねている間に、教会を引き払って、雲隠れをしないと。自分は再び司祭の役目を任じられる。一般市民の生活に戻りたいアーカムとしては、避けたい所だった。


「よし。明日、起きたら。皆に伝えるか」


 布団に入り、明日を迎える準備をしていたが、乱暴に部屋の扉が叩かれた。何事か思い、扉を開ければラシャーク嬢が居た。


「貴方。何をなさったんですか?」

「え? どうかしたんですか?」

「惚けなくてよ。私達が進めている、この教会の買収について。隣国の王子が臭いを嗅ぎつけているんですよ。さては、ここを引き渡すのが惜しくなりましたね?」


 血の気が引いて行く。彼としては、この教会に思い入れは無く、だからこそ。話に乗ったと言うのに、どんどん未知の領域へと突っ込んで行っている。


「いや、そんなつもりは……」

「貴方のせいで準備を前倒しにする必要が出てきました。この手間は、報酬金から差し引いておきます。それと、貴方も前倒しで動いてくれますように」


 散々言いたいことを言って、彼女は出て行った。アーカムとしては、こんな事態を想定できる訳も無かったので、頭を痛める外なかった。なので、当然眠りも浅い物にならざるを得ず、再び夢を見ていた。


~~


「オラーッ! 教会を寄こせコラーッ!」

「そうだー! 隣国に魂を売った奴らは許さない―!」


 教会前では、チンピラと善意の市民が集合しての抗議活動が行われていた。顔が割れてしまっては今後の生活は難しい、仄暗い未来が思い浮かび、膝を着いたアーカムであったが大声が響いた。


「お待ちなさい!」

「聖女だ! 国を見捨てた聖女じゃないか!」


 声の主はマリーデルだった。彼女の背後には、全身を黒染の鎧で覆った巨漢が居た。彼もまた、大声で宣言した。


「私は! 我が国の国教である信徒達を助けに来た! これは人道的な支援であり、侵略ではない! 繰り返す! 私は人道的な支援をしに来た!」


 ゾロゾロと現れる黒鎧の兵士達。チンピラ程度では敵う訳も無く、彼らは怖じ気付いて逃げていく。残されたのは、空白地帯の様になった教会。


「アーカム様! 信じる者は救われるんですよ! これが、私達の信仰心の勝利! 主も、私達のことを見守って下さっていました!!」


~~


「うわぁあああああ!!!」

「ヒェッ……」


 再び絶叫と共に目を覚ました。考えられる限り、最悪の終わり方だった。自分は売国奴として扱われ、ずっとこの教会に縛られると言う、とてつもない悪夢だ。平穏な生活とは程遠い。

 頭を振って、現実を確認した後。彼は落ち着きを取り戻して、部屋に入って来たシスターに告げた。


「今すぐ。全員を集めろ」

「は、はい!」


 敢えて、マリーデルの名前を上げなかったことには願いもあった。ひょっとして、アイツも帰って来ているんじゃないかと。そんな訳がないと呟いた。

 恩を売るだけなら、あの肉体派聖女でも半日でこなせるかもしれない。だが、宗教は扱いが繊細な物だ。1日、2日で取り扱いを決められる訳がない。かつては、戦争を起こす程に重要に取り扱われていた物なのだから。


「(よし。今日はシスター達に警告をしよう)」


 ラシャーク嬢が前倒しにすると言っていた。きっと、今以上に妨害工作やら嫌がらせは活発に行われるだろう。ならば、危険が及ぶ前にと、避難勧告をする。司祭としての体裁も保ちながら、順当に皆を追い出される。

 自らのカバー力に感動したのも束の間。皆を集めた所で、表から乱暴な大声が響いて来た。


「オラー! この国から出て行け―!! 時代は変わったんだよ!!」


 これには思わず、アーカムも悲鳴を漏らしてしまった。前倒しにするとは聞いていたが、幾ら何でも前倒しにし過ぎだろう! と。だが、彼はこういった土壇場に非常に強かった。


「何事ですか?」

「オラッ! テメェらみたいな胡散臭い奴らが治める時代は終わったんだよ! これからの人々の生活は経済によって支えられていくんだよ!」


 如何にもチンピラと言った風体であり、ラシャーク家の遣い走りだろう。ここは、協会側の頑固で融通の利かない姿勢を見せることで、彼らの怒りを買い、その恐怖を見せつけてやればシスター達も逃げ出す準備を整えるに違いない。


「人々は経済だけに支えられている訳ではありません。貴方達の様に、心に縋る物が無ければ、容易く人を傷つけてしまう。だから、我々は心の拠り所として守り続けます。暴力には断固として抗議します!」

「うるせぇ!!」


 案の定、殴り掛かって来たが、アーカムに当たることは無かった。黒衣を纏った大柄な男性が、チンピラの腕を掴んでいたからだ。


「素晴らしい。彼が、君の言う司祭様なのだね?」

「はい! 流石です。アーカム様! 痺れる程カッコいいです!!」


 想像はしていたが、やっぱり聖女は帰って来ていた。しかも、第2王子と思しき男性まで引き連れていた。彼の放つ威圧感に、チンピラ達は腰を抜かす他なかった。


「マリーデル君!? なんで帰って来ているの!?」

「実は、私も協議に沢山の時間が掛かると思っていたんですよ!」

「決断は速さが命だ。それに、多種多様の信教の自由が認められる国があれば、どれだけ発展すると言う試みでもあるからね」


 どれだけの奇跡が重なっているんだと考えた。こうなってしまっては、教会を引き払った所で司祭の人生は続くじゃないかと。


「え、いや、あの。その」

「お前達、帰ったら親玉に伝えておけ。この教会はくれてやるとな」

「ついて来て下さい!!」


 マリーデルに先導されて、アーカム達は街の外へと出た。そこには全員分とも言える程の馬車が用意されており、シスター達ははしゃぎながら乗り込み、アーカムも呆然としたまま乗り込んだ。

車内で黒衣の男は装いを外した。気品漂う顔立ちの男が現れ、直感的に高貴な身分の者だと言うことを察した。


「話は聞いていると思うが、私はディシィ王国の第2王子。ブルータスだ」

「は、はい。どうも。マリーデルがお世話になったそうです」

「あぁ。彼女には助けられたよ。そして、貴方達を囲う環境も聞いた」


 どうやら、あの戯曲めいた話は嘘でも何でもなく事実だったらしい。たった1回助けられただけで、国を挙げて救うとは。やることが大胆過ぎはしないか? と思ったが、口には出さなかった。


「あの。先程の話は本当ですか?」

「勿論だとも。試験的な試みに付き合って貰うことになるが、その分。生活は保障しよう。約束だ」


 ここで、アーカムは再び考え方を切り替えた。試験的ということは、皆に認められなければ、罷免される可能性もあるということだ。

 その時は、ブルータスも責任を感じて隠居位はさせてくれるかもしれない。と期待した。……失敗したら、見せつけに処刑される可能性は考えないことにした。


「分かりました。この身を粉にして、頑張りましょう」

「一緒に頑張って行きましょう!」


 そんな幸先の不安を感じているのか、感じていないのか。マリーデルは何時もの様に元気よく、司祭を励ましていた。


~~


 さて、数年の月日が流れた。ブルータスの試みは成功を収め、ディシィ王国は多種多様の宗教と文化が入り乱れ、混じり合いながらも発展を続けていた。

 一方、ゴルサム王国は教会を追い出した結果。人々の心は金銭の為に荒み、暴力と犯罪の絶えない街となっていた。更には、ディシィ王国の犯罪組織が入り込み、類を見ない程の犯罪国家への道へと辿って行くことになる。


「かつて、帰属していた国家の退廃を見るのは心苦しい物だな」


 ディシィ王国で司祭を続けていたアーカムであったが、多種多様が入り乱れることもあり、幾らかルールは変わっていた。まず、聖女が権威的な存在ではなくなり、象徴的な存在へと落ち着いたこと。

 それに従って、幾らか厳格な規範が緩和されたこと。かねてより懸念していた、ガチガチな司祭として生きる道は避けることが出来た。


「パパー」

「お母さん。呼んでいる」

「おぉ。今、行くぞ」


 部屋に入って来た赤髪の少女達はアーカムの腕を引っ張る。夢の中で見たほどの力は無くとも、自然と動いてしまう物だということが分かった。引かれて行った先で、教会のドアがバタンと開かれた。


「さぁ! アーカム! 今日も頑張って行きましょう!」

「俺が叶えて欲しかった夢とはちょっと違うけれど、まぁ。いいか……」


 雑用やら使い走りで薄汚れた、かつての聖女であり、現在は自分の妻となったマリーデルを、アーカムは今日も迎えに行くのであった。


 最後までお読みいただきありがとうございました! もしも面白いと思った貰えたのなら、ブックマークと高評価を頂ければ幸いです!!

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