あの子のえがお
「アイザワぁ」
猫なで声で後ろから抱きついてくる彼女に嫌な予感がした。
「購買いこっ」
「……ひとりで行け。てか彼氏はどうしたの」
「えーなんかぁ、もういっかなって」
「またかよ」
「だってすぐおしり触ろうとするの鬱陶しかったんだもん」
「……。」
「メロンパン買ってくるからそれまでお昼待っててぇ」
「はいはい」
くるりと背を向けた彼女は軽やかに廊下を駆けていく。
女の私から見ても、スラッとして足は長いし腰は細いし、頭なんか両手で包めそうなくらい小さくて羨ましいほどスタイルが……ってそうじゃなくて。
英語のノートとお弁当を机に出して、頬杖をつく。
メロンパンなんて人気商品、残ってないと思うけどな、なんて考えながらぼんやり窓の外を見た時、早々に彼女は帰ってきた。
「ただいま~」
「早いな」
「そこでもらった!」
「誰によ」
「しらない人~」
「……。」
「ていうかさすがアイザワ!英語の課題やってなくてさ~見せて欲しかったところ~~」
せっかくのメロンパンを机の端に追いやって、まずノートの写しに取り掛かる彼女。伏せられた長いまつ毛が白い頬に影を作る。
「……あんた頭悪いわけじゃないんだから自分でやんなよ」
「ノート持って帰らないもん」
「そこは持って帰れよ」
「アイザワはえらいよねぇ、家事やって、ちびちゃん達の面倒見て、課題もやって」
彼女は小学校からの腐れ縁だ。だからうちの事情も知っている。
「まぁ……なんだかんだやりたくてやってるし」
「おかーさーん」
「やめろ」
「私もアイザワのおうちに住みた~い」
同時に私も、彼女の事情を知っている。
「あんたはちびっこたちに悪影響そうだからダメ」
「ひど~い」
そう言って笑う彼女の笑顔は、とても綺麗。
帰りたくないと泣いていたあの頃の面影はどこにもない。
「でも変な人と夜遊びするくらいなら付き合うから」
「やさし~~」
「だって彼氏と別れたんだったらまたふらふらすんじゃないかと思って」
「え~?」
「だからさ、ちゃんと連絡して」
ありがと、ともう一度笑った彼女の笑顔は、悲しくなるほど美しかった。
頼って~!
気軽に頼っていいんだよ!!!
頼り方を忘れてしまうほど、わからなくなってしまうほど、平気なフリばっかり上手くなれてしまうほど、早くに大人にならなければならなかった。
……のは、捨てていいと思う。