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夕闇の空を、漆黒の円盤がいくつも浮かんでいる。東京の街並みを飲み込んでしまうくらいに巨大で、威圧的な雰囲気を浴びせかけてきた。
爆撃機型のワタリガラス『ダンク』。『エウリエル』が制空権を作るのなら、こいつは破滅的な破壊が主な役目だ。焼夷弾、クラスター爆弾が可愛く見えるくらいの、容赦のない究極の空爆を行う。
たった一機で新宿の都心を一晩で焼き払い、焦土にした。そんな奴らが目算でも十以上いる。笑えない。
「こんな奴ら、この戦争の初期にはいなかったんだ。奴らは学ぶんだよ。無意味な粒子の集合体から形を成し、打倒した我ら人類の兵器を学び、理解し、運用し、組織し、兵站し、指揮し、効率的に殺戮と破壊を実行する。正に化け物の軍勢、百鬼夜行、魑魅魍魎だねぇ」
キヒヒ、と気味の悪い笑みを零すのは俺と同じくらいの背丈の少女。サイズの合っていない白衣を
着込み、黒髪のショートヘアだが前髪も襟足と同じくらい長いので表情は読み取りずらい。
お陰で先の笑い方と言い、どうにも陰鬱なイメージが先行してくる。地味な黒縁のメガネなのも少なからず関係しているだろう。
外見に拘らない俺が言えた義理ではないが。
「……で、キミたちがスカイブルーバード4……で良いんだよね?」
「ああ。分隊長は――」
「報告で聞いてるよ。キミらも初飛行なのに、いきなり修羅場を潜ったようだね」
少女は俺たちの姿を見て鼻をスン、とすする。
「血と汗の匂い。鉄と硝煙の匂い。生と死の匂い」
「………」
とにかく、と彼女は続ける。
「スカイブルーバード2へようこそ、と言いたい所だけどボクは生憎――」
「ホウキ……その芝居がかったは止めろと言っただろう」
背後から飛翔してきた少女が後ろからその頭を小突く。塗れ羽色の長髪がふわり、と舞い切れ長の瞳は刃物のように鋭く澄んでいた。
「私がスカイブルーバード2分隊長、守袖スバルだ。こいつはEA-18Gのソラモリ、葉加瀬ホウキ。変な喋り方をするが気にしないでくれ」
巫女服姿のスバルは長巻のような長大な日本刀を鞘に戻し、一礼する。俺とヒナタも倣って頭を下げた。
「来て早々、申し訳ないがゆっくり説明している暇はない。我々は苦戦している。エウリエル共がうろついているせいで、ダンクに近づくことすら一苦労だ」
「練度も人数も何もかも足りないのに、いきなり最前線の地獄送りなんてお上も酷いよねぇ。無駄死にだよ」
時折、向こうの空で爆発の炎が広がっていき、やや遅れて追いかけるように轟く爆音。多くのソラモリたちが激闘を繰り広げているのだろう。それでも円盤の進撃は少しも鈍らない。
「……私がエウリエル共を引き寄せる。君たちはその隙をついて、ダンクの破壊を頼みたい。出来るか?」
ダンクは核弾頭でも傷一つつかない異次元の装甲を有するが、弱点は残されている。円盤上部中心にある小さなコア。奴のアキレス腱、弁慶の泣き所だ。
精密誘導が出来る対地ミサイルなら楽勝と思えるだろう。しかし、それを守るハリネズミのような対空砲塔の群れがそれを許さない。
掻い潜って打撃を与えてやるには超低空飛行のように奴の装甲スレスレを飛んで至近距離からぶち込むしかないのだ。
講義で習うのと、実戦とでは訳が違う。
しかも初飛行だ。無茶苦茶だ。でも――俺とヒナタの答えは決まっている。
「やれます」
「私も、問題ありません」
やらなければ、次は東京全土……いや、日本本土が枯れ果てる。
「……すまない」
スバルは伏し目がちに小さくそう言って、またすぐに精悍な表情へと戻る。
「ターゲットはこちらで指示をする。ホウキ、二人をサポートしろ! 電子妨害を全力でかませ!」
「あいあいさー」
俺はスラスターを吹かし、進路をダンクへと向ける。
電子攻撃なら大丈夫だ。
「俺は自前で電子戦が出来る。ヒナタを守ってやってくれ」
「えぇッ? 最近のマルチロール機は多才だねぇ……お陰でラクが出来そうだよ」
……本音を言うにしても本人がいない所でやってくんね?
「ソラさん、気を付けてください」
「そっちもな」
短く交わし、俺はA/Bを焚いた。
グン、と景色が猛烈な速度で流れていく。
「ECM、作動」
頭部のパーツから淡い光が漏れ始め、周辺のダンクへのジャミングが開始される。見る間に最初の目標であるダンクに急接近するが、対空砲が動く気配はない。
未知の化け物にどこまで誤魔化せるかは不明だが、もう突っ込むだけだ。
「スカイブルーバード4-3! 攻撃を開始する!!」
ごお、と爆風が耳朶を叩いていく。俺は光を反射しない漆黒のボディに刻まれた僅かな隙間へと飛び込む。対空砲が感知しても大体の射線からは射角外となる唯一の安全圏だ。
代わりにとてつもなく狭く、一瞬のミスが自滅へと繋がる。レーダーに示されたコアの位置は遠くはない。それでもこの瞬間は間延びされたかのように果てしなく長く感じた。
乾き切った口の中が気持ち悪い。
ウェポンベイのトリガーを握り締める手は汗で滲む。
周囲に聳える建造物から光が迸った。電子攻撃の影響を受けなかった対空砲が作動したのだろう。吐き出される砲弾の雨が耳元を劈く。逃げ場のない側溝のような空間だ。突き進む以外にない。
次の瞬間には身体を打ち抜かれ、血の海に沈む光景が何度も脳裏をチラついた。あるいは翼を破壊され、バランスを失い、壁面に叩きつけられて爆散する最期の妄想が正気を奪おうとする。
しかし、気の遠くなるような夕闇の中での低空高速飛行は終わりを告げた。
ダンクの中心点。そこにある不自然な多面体の発光物体。ダンクのコアである。
「スカイブルーバード4-3、マグナム!!」
ウェポンベイから対地ミサイルを発射。白煙を引いて目標へと突っ込んでいくそれを見届けることなく、俺は全力で飛び上がった。
対空砲共が一斉に俺へと砲口を合わせるが――、
「BOOM」
俺は指でピストルの形を作り、発射する。
ほぼ同時。ミサイルがコアを打ち抜いていく。