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高級車は市街の外れにある航空自衛隊の基地に入り、無数にある掩体壕の一つの前で停車する。
一般人から選出されたソラモリは自衛官ではないものの、義勇兵として扱われており自分が所属する基地への出入りなら自由だ。
「詳しくは中で。作戦会議は今から始まります」
運転手の男が一礼する。俺は軽く頷き、掩体壕の扉を開けた。内部では招集されたソラモリの女性たちが思い思いの場所で立ったり、パイプ椅子に座っていた。年齢はバラバラで、俺よりも年下に見える子もいるし、腰の曲がったご婦人も見受けられた。
……男のソラモリがいない理由は知らない。俺が女になった原因もそこにある気がするが、どうせ答えはもらえないだろう。
「作戦を説明する」
制服姿の初老の女が卓上の前に立ち、ホワイトボードに張られた東京近辺の地図を示す。
「先刻より、早期警戒機が東京に向かって侵攻してくるワタリガラス……『エウリエル』と『ダンク』の編隊を確認した。その数は数十機に及ぶという。先日の新宿大空襲の一件で連中は調子づいたようだ。何としてでも食い止めなければならん! こちらも複数の基地のソラモリたちと合同でこれを迎え撃つ」
空を渡り歩いて枯らす者。だから『ワタリガラス』。誰がつけたのかは知らんが、安直ながら的を射た名付け方だろう。
その名の通り、奴らは触れるもの全てを枯らしていく。人も、動物も、無機物も、何もかも。黒く細かい粒子のような何か。新宿は文字通り枯れ果てて、消されたのだ。
「我々の役目はダンクの撃墜だ。エウリエル共の露払いは他の航空隊が受け持つことになる」
肉眼やあらゆる機器では観測できず、例外はソラモリの目か、特殊なレンズを介した時、あるいは夕暮れのごく短い間のみ一般人でも奴らを捉えられる。
人類側が把握しているのはこれだけだ。アレが生命体なのか、何が目的なのか、どこから来たのか……正体は分からない。ただ地球の生物とは逸脱しているから便宜上、地球外生命体としている。
まあ、敵なのは明らかだし倒せばいいだけだろう。慈悲はいらない。奴らにも慈悲はないのだから。
「エウリエルとダンクの群れに突っ込むのかよ? 悪魔の口の中に入るようなもんだぜ」
「最近の奴らは対空ミサイルをしこたま積んでいるわ。雨のように撃ち込まれるのに、冗談じゃないわよ」
作戦を聞き終えた女性たちの一部が不平を漏らし始める。
「……出撃は一時間後だ。拒否する者は名乗り出るがいい。その結果、家族や友人を失うことになるだろうがな」
チッ、と誰かが舌打ちする。しかし異を唱える者は現れず、女はそれを同意と受け取ったのか掩体壕から足早に出て行った。
*
ソラモリの部隊編成は一つの基地に航空隊が据えられ、更にそこから隊長機のソラモリが率いる分隊という構造になっている。
この基地のコールサインは『スカイブルーバード』だ。……ついさっき、どこかで聞いたような?
「無線チェック……スカイブルーバード4-1、みんな聞こえるかい?」
「はい。スカイブルーバード4-2、聞こえます」
「OK。スカイブルーバード4-3、問題なし」
分隊の人数は大体三~五人ほど、大所帯の基地や空母勤務の部隊なら十人ほどになる。
隊長機のスカイブルーバード4-1は、見た目豪快な肝っ玉母さんみたいな人だ。これでも基地勤務半年のベテラン……らしい。半年でベテラン扱いなのは……それだけ生存率が低いのだろう。政府連中が必死こいてソラモリの適合者を探すわけだ。
「ソラとはヒナタは今回が初出撃かい? 心配しなさんな、私がキッチリ尻を守ったげるからね」
「は、はい、よろしくお願いします……」
もう一人の仲間は俺と同年代と思われる。ピンク色のショートヘアだが、前髪が長いせいで顔は隠れがちだ。服装はスウェット姿。家にいる格好のまま呼び出されでもしたんだろうか。まあ、エプロン姿の分隊長よりはマシだろう。
「あんまり硬くならんようにね。――そんじゃ、行くよ」
分隊長の顔が引き締まる。この前知り合ったばかりの人だが、信頼を寄せても良い人だと俺は思う。
「畏き畏き 空に坐し坐まして 禍事罪・穢一切成就の命 皇が子らに」
分隊長が祝詞のような文句を唱える。これがソラモリの力の発言のトリガーだ。よく分からんが、これも隊長機に与えられる権限らしい。間違っても街中等でソラモリの力が暴走しないように、この祝詞を読まない限り強く制限されるのだとか。
その割には後遺症に苦しむけどな。身体能力も常人より向上するが、そこも特に制限されはしない。あくまでも異能の部分だけなんだろう。
「『F-4EJ改 ファントムⅡ』」
分隊長の背中から戦闘機の銀翼が顕現した。続けて手足にも機械的な装甲が現れ、その見た目は人間から大きく逸脱した異質の生命体のような姿になる。
「『F-15JSI イーグル』」
続けてヒナタにも同様の現象が生じた。この変化には少なくない痛みを伴うため、彼女の顔は強張っている。
「『F-35 ライトニングⅡ』」
そして俺の番。あの形容しがたい痛みが背中に走り、鋼鉄の翼がぬらりと姿を現す。F-35……第五世代のステルス戦闘機。アメリカのロッキードマーティンが作り出した、進化し続ける大空の稲妻。こいつが俺に与えられたソラモリの力になる。
何故ヒトと戦闘機なのか、どうしてそれがワタリガラスへの対抗手段になるのか、そんなものは何一つ知らない。俺たちは自分たちの事さえ分かっていないんだ。
なのに戦っている。やらなきゃ、どうなるか知っているから。
俺なんてついこの前、新宿に居合わせたせいで巻き込まれ、死にかけて、連れていかれて……このザマだ。混乱したし、何かのふざけた冗談か、もし現実だとしても付き合っちゃいられないような展開だと思う。
だけどここにいる。世界のため? 国のため? アホらしい。そんな大義名分なんかない。
俺はただ、アイツラを守りたいだけだ。やらなきゃ、どうなるか知ってしまったから。
「スラット、フラップ、兵装システム、カウンターメジャー、各種メーター、異常なし。マスターアームスイッチ、オン。アンタら、準備は良いかい?」
俺は額のHMDバイザーを下ろす。同時に防音効果が備わって周囲の爆音がかき消され、自分のやや荒くなった呼気だけが静寂の中に繰り返す。
「スカイブルーバード4、タキシングの後離陸せよ。幸運を祈る」
ソラモリは兵装の構造上、戦闘機のように車輪で離陸することは出来ない。脚部の武装の靴底に仕込まれた姿勢制御用のスラスターを軽く吹かしてホバー状態に移行し、滑走路へ移動する。
「そんな緊張しなさんな。ソラモリになった時点で、私らは飛び方を理解している」
ヒナタに笑いかけ、分隊長は背中のジェットエンジンを轟かせる。排気口からバーナーの眩い輝きが迸り、腹の底に響く爆音を残して一気に空へと駆け上っていった。
「どうぞ」
「わ、分かりました。お先にし、失礼します」
続けてヒナタも双発エンジンから灼熱の排気炎を発して、滑走路を駆け抜ける。少し危なっかしい動きをしたが、問題なく上空を旋回する隊長機に合流していた。
「……発進用意」
俺は頭の中で叩き込まれたイメージを与える。
メインエンジンへのバッテリー作動、エンジンの立ち上げ、ブレーキオフ、そしてスラストレバーを開いていくと、徐々に速度が上がり始める。
ソラモリにコックピットに値するコンソールはない。脳内で望めば、戦闘機で再現可能な限りの挙動は全て行える。もちろん与えられた機種によって得手不得手はあるが。
「テイクオフ」
景色が凄まじい速度で後ろに流れる。全身を切る風が心地よい。操縦桿を引いていく想像を行えば、それに合わせて俺の身体は浮遊感と共に地上から離れていき、分隊長たちの編隊に加わる。
「へえ、良い腕だ。初飛行でそれなら、アンタ良いエースになれるよ」
「まだ飛んだばかりです。敵は一匹も倒してませんから」
「……そうだね、気合入れていくんだよ。間違っても無理はしないように」
そう、本番はこれからだ。