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 新宿新都心の壊滅は東京に致命的な爪痕を残した。だが、その被害が新宿だけに留まったのは不幸中の幸いと言えるのか。


「ここが原宿……? 全然人がいねぇな」


 イチカに連れられてやって来たのは原宿。俺には縁のない場所だ。


「なあ、帰っていいか?」

「駄目よ」


 腕を掴まれる。


「アンタに似合う服を見つけるんだから」

「これで良い」


 ちなみに今は普段着のシャツの上にイチカのジャージを着ている。俺のよりかはだいぶマシだが、まだ大きいので注意しないとズレてくる。


「それすらサイズが合ってないんだから、ゴチャゴチャ言わない!」

「はいはいっと」


 逆らっても無駄なので成り行きに身を任せよう。つーかこの非常時に店やってんのかね?

 すっかりシャッター商店街に様変わりした竹下通りをウロウロ彷徨う事、一時間。やっと開いていた服屋を発見する。


 だがイチカが想像するような女物の店ではなく、けったいな個人店だった。店内は閑散としていて、陳列棚にもハンガーにも殆ど商品がない。

 カウンターではくたびれたオッサンが新聞を読み、タバコの紫煙を吹かしている。一瞬俺らを一瞥したが、すぐにその目線は新聞紙の文字列を追う作業に戻っていた。


「なんでこんな店しかないのよ」

「仕方ねぇよ、すぐ隣の新宿区が丸々吹っ飛んだんだぜ。やってるだけ奇跡だよ」


 小声で毒づくイチカをタマイが店主の方を窺いながら宥める。

 俺はボーっと寂しい店内を観察していたが、雑にハンガーにかかっている服に目が留まった。


「あー、これでいいや」

「え? どれ――って、アンタ、そんな色気のない服を……」


 俺はネイビーブルーのパーカーを掴む。俺の体格にも丁度ピッタリ合う。


「そんなのより、もっとマシなのあるでしょ」

「いやだって、いつでも戦えるように普段から動きやすい服装にしろって言われてるし」

「誰が?」

「俺を改造した奴らと軍……いや、日本だから自衛隊?」

「………」


 値段はいくらだ? あまり高いと困るんだが。


「あんたら、それが欲しいのかい?」


 振り向くと店主のオッサンが立っていた。


「こいつは特注品でな、こう見えて軍用規格の防弾、防刃性能が備わっているんだ。しかも信頼と安心の日本製だ。更に背中に穴が開いてるだろ? それはコスプレ用でな、天使になりきりたいときに役立つぞ。今ならおまけで肘と膝のプロテクター&指貫グローブ付きだ」


 聞いてもないのにオッサンは饒舌に語る。本当かよソレ。

 タグを見てみると確かに「made in Japan」と印刷されてはいた。背中の部分……丁度、戦闘機の翼が出てくる肩甲骨ら辺は説明の通り穴が開いている。

 これは有難い。服を破かずに済む。と言うか、こんな飾り気のない服のキャラがいるアニメなんかあったか?


「いくら?」

「普段なら万単位なんだが、新宿が消し飛んだお陰で閑古鳥よ。格安で売ってやる。二千円でどうだ?」


 一万円が二千円かよ。バカ安じゃねぇか。


「買う」

「毎度」

「ええ、本気!?」


 イチカは隣であれこれ言うが、無視して財布から二千円を支払う。

 別に良いだろう。流石に女性の衣服を身に着けるのはな。めんどくさい。


「あ、試着室とかって――」

「そこにあるが、仕切りがボロボロで見えちまうかもな。外に出た方が良いか?」

「カメラとかで隠し撮りしてんじゃないでしょうね?」


 イチカがじろりと店内をねめつける。


「失礼な。そんな如何わしい店じゃないぞ」

「ふぅん」


 薄汚い試着室の中も入念にチェックする。流石、捜査一課の女刑事の娘。


「ま、いいわ。タマイも突っ立ってないで早く出ていきなさいよ」

「へいへい」


 タマイとオッサンは追い出され、店内には俺、イチカが残った。


「ほら、早く着替えちゃいなさい」

「ああ。ジャージありがとう」


 俺は試着室に入り、着ていたものを脱ぐ。罅割れや汚れ、傷だらけの姿見にはトランクスを履いただけの女の子が映る。

 イチカのようにスタイル抜群じゃないからなのか、それとも本能的なものなのか、性的な興奮は一切感じない。

 まあ元々そういう方面には興味が薄く、本気でホルモンバランスの乱れを疑われたくらいだ。


 俺は普通の人たちとはどこか違っていたのかもしれない。

 だから選ばれたのか?


「……着替えた」


 仕切りを開ける。パーカーと最初から履いていた半ズボン、グローブとプロテクターを取り付けただけの色気も糞もない服装。

 でも俺はこういうシンプルな方が好きだった。多分、もしこのまま男として生きられていたら、きっとそういう人を好きになっていたんだろうな。


「無難な服装だけど、似合ってると言っておくわ」


 合図をするとタマイたちも戻ってくる。オッサンはうんうん、と頷いていた。


「ところで、わざわざそれを選ぶんだ。アンタも『魔法少女ブルーバード飛行隊』のファンか?」

「……聞いたことないが?」

「ありゃ、そりゃ残念。でも一度は見て損はない名作だぞ? その服を着ているのは主人公の青木ソラって娘は本当に優しくて――」


 何やら熱く語り出したので俺たちはそっとお金を置き、店を後にした。


 *


 外に出ると昼時だった。クソ暑い真夏の日差しが人気のない竹下通りを照り付けているのは、何とも異様な光景と言える。


「せっかく外に出たんだし、どっか食べにいかない?」

「ええ? でもよぉ、やってる所あるのか?」


 タマイは困ったように坊主頭をさする。何かあるといつもこうやって触っているので、クセみたいなモノなんだろうな。


「アンタの店、有名店でしょ? 今日も営業してんじゃないの?」

「そりゃやってるけど、今は学校に行ってる時間帯だぜ。サボりなんてバレたら親父にぶっ殺されちまうよ」

「じゃあソラ、アンタはどこか行きたい所ある?」

「家に帰りたい」

「うん、そういう返答しか来ないことは分かってたわ」

「なら適当に歩き回りながら探そうぜ。今日は休日だと思って遊んでやろう」


 ……ま、それも良いか。制服姿でうろついていたら補導されそうだが、警察も新宿の消滅で大混乱中だろうしな。そうやって暫くアテもなく歩いていると、運よく営業しているファミマがあった。ネットで不穏な噂が流れているのか、買い占められて殆ど残ってなかったが、食えるものは全部買って店を出る。


「なあ、ソラ。そのチキン一口くれないか?」

「駄目に決まってるでしょうが! 間接よ、間接!」

「ばっか、そんなつもりはねぇよ! つーかソラが男だった時は何も言わなかっただろ!」

「それとこれは別! そんなに食べたきゃ私のを食べりゃ――」


 そこまで言って、イチカは口を閉じた。


「えっと、も、もちろんちゃんと口をつけてない所を分けるわよ?」

「お、おう。あ、ありがとう」

「?」


 何でこいつ等こんなに顔赤くしてんだ。熱中症か?

 俺はコンビニの袋からアイスを取り出し、二人の頬に押し付ける。


「つめたっ!? 何すんだ!?」

「いや、顔が赤いからさ、暑いのかなって」

「そういう意味の暑さじゃない……って、気にしなくていいの! 平気だから!」

「そうか」


 よく分からんが、大丈夫なら良いか。


「あ、ソラ! 見なさい、水族館がそこにあるわ、営業しているみたいだし行きましょう!」


 まだ顔が赤いイチカが指差す先には寂れた水族館……。これでやってんのか?


「えぇ……あっちのゲーセンで良いよ」

「どうせ停電でやってないわよ。さあ、来なさい!」

「いーやーだ」


 俺はしゃがんで踏ん張ろうとするが、ズルズルと引きずられていく。

 クソ、空手の黒帯持ちだから筋力も半端じゃねぇや。その気になりゃ、野球部主将でガタイの良いタマイすらぶん投げられるからなコイツは。


「ほら、人いないぞ。勝手に入るのか?」


 受け付けは真っ暗で人気はない。

 しかし休館日という案内も出てないので、もしかしたら無料開放中なのかもな。


「良いわ。人がいたらその時の払うし、いないなら帰る時にお金を置いていけば大丈夫よ」


 そういってイチカはどんどん奥へ歩いていく。仕方ないので俺とタマイもその後に続いた。

 しけた水族館らしく、全体的に暗くて汚いし、水も濁ってるし、そもそも展示物の魚がいない。


 なんかたまに深海魚めいたグロテスクな見た目の奴が泳いでいるが、せいぜい動くものと言えばそのくらいだ。

 よく潰れないな、ここ。


「なあ、もう帰ろうぜ。なんもいないぞこの水族館」

「そ、そうね……というか、なんでこんなところに入ったのかしら、アタシ……」

「ああ、そうしよう……げっ、親父から連絡が来てる。サボったのバレたかも……」


 タマイとイチカが何やら話している間、俺はコンビニで買ったツナマヨをかじりながら水槽を眺める。濁った水の中にはゴミみたいな浮遊物まで漂っていた。


「ま、バレちまったのは仕方ないし、ここで時間潰すか!」

「能天気ねぇ、ホント」

「それが俺の取り柄だしな! ほら、ソラもこっち来い。誰もいないみたいだから、貸し切りと思っちまおうぜ」


 俺たちは休憩用の椅子の上に座り込み、買ったお菓子や飲み物やらを広げる。

 そういえば、こうやって集まってだべるのも久しぶりだな。最近はイチカは習い事やらで合わないし、タマイは部活動で忙しかった。


「お? どした、ソラ」

「いや、楽しいなってさ」

「当たり前だろ? 俺らといてつまんねぇなんて言わさねぇよ」

「確かにアンタは存在が面白いものね。生粋の芸人だわ」

「おい、どういう意味だそれ!?」


 *


 タマイやイチカと話し込んだり、ゲームで遊んでいるうちにすっかり遅くなっていた。


「やべぇ……」


 新しいメールを見て真っ青を通り越し、もはや変色しているタマイの顔色。


「……ウチに泊まるか?」


 鉄拳一発では終わらないだろうな。寝る事すら許されないかも。


「だ、大丈夫だ。慣れてるから」

「病院の予約、今なら取れるわよ」


 水族館から出ると日は沈み、紫色の夕暮れは夜空に変わりつつあった。かなり長い時間騒いでいたようだ。


「――ん?」


 スマホのバイブがポケットを震わせる。

 開くとメッセージアプリ(日本製)に連絡が来ていた。


「……あー」


 俺は内容を確認すると返信。どうやらここまでらしい。


「悪い、俺もう行かないと」

「え? どこに」

「仕事……?」


 視線をやると道路の少し先の方で止まる黒い高級車、その傍らに立つスーツ姿の中肉中背の男が俺にお辞儀をする。


「ソラ」

「……本当に、戦うの? その、未知の化け物と」

「そうだ。でもアイツラのためじゃないよ」


 俺はタマイとイチカの手を掴む。身長も縮んでいるので、二人の顔を見上げた。


「二人のためだから」



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