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薄暗い部屋の中で明滅するのは、付けっぱなしになったブラウン管テレビからの明かりだ。締め切ったカーテンの向こうからは真夏の明るい朝の陽ざしに満ちていたが、今の俺にはそれすらも毒になるだろう。
デジタル式の目覚まし時計は午前七時ちょうどを示す。枕元に置かれたスマホは先ほどからひっきりなしに震えていた。
ベッドから起き上がる気力はない。テレビのニュースはずっと数日前の事件の報道を続けていた。
「ちょっと、ソラ! 何してるの? 何時だと思ってるのよ。今日は登校日でしょ」
玄関のドアが叩かれ、インターホンの電子音と交互に鳴り響く。相手は分かっている。イチカだ。
「おーい、具合でも悪いのかー? そうじゃないなら、早く出た方が良いぞー」
タマイの声も聞こえた。放置すると面倒なので何とか答えようとする。
「悪い、今日は休む。風邪を引いたんだ」
こんな言い訳で納得するハズもないだろうが。
「は? 風邪? このクソ暑い時期に」
「夏風邪っていうだろー。お大事になぁ」
タマイの方はアッサリ信じてくれたようだ。今回ばかりはあいつの純朴さに感謝したい。
「ああ。だから担任には――」
その時、突然背中……正しくは肩甲骨に鈍く重い痛みが走る。
これがアイツラが言ってた後遺症か……。
「……ソラ? どうしたの?」
声を抑えようとしたが、あまりにも耐え難い痛みだった。叫んだところで何の気休めにもならないが、それでもジッとするのは不可能なくらいに。
「なんか、ヤバそうだな。そこに合鍵がある……ソラ、入るぞ」
親しい仲だから、と合鍵の隠し場所教えたのは間違いだった。
止める間もなくサムターンが回される音、油が切れて独特な軋みを発するドアが開かれ、短い廊下を走る二人分の足音が続く。
「ソラ!」
そしてワンルームに踏み込んでくる。
だが、イチカもタマイもそこから動くことはなかった。ベッドの上で蹲る俺を見て、ただ驚き固まっていた。
「来るなって言っただろ……」
激しく痛む背中の激痛に喘ぎながら、俺は皮肉気に笑う。
「……お前、ソラ、なのか? いや、それよりも〝ソレ〟は何だよ……?」
タマイが何とか絞り出したような声音で聞いてくる。
「ああ、そうだ。こんな姿になっちまったけどな」
あの日、全てが変わった。
俺はもう〝男〟じゃない。
俺はもう〝人間〟じゃない。
この長く伸びた空色の髪と、華奢な体、失った男の証。
激しく痛む背中からは、二対の戦闘機の翼がまるで御伽噺の天使の羽みたいに生えている。
バカげた光景だろ?
でもこれが現実なんだ。
これが、糞みたいな現実に巻き込まれた男の姿だ。