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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


 よっこらせと謝りながら座席に戻り、どうしてこうなったと窓の外を見る。


 田舎だから突然動物が道路に飛び出してくることは良くあるので、都会の運転に慣れている秘書が驚いたのだろうと思っていた私の予想は斜め上に突き抜ける形で裏切られた。


「あっ……ああ……。轢き殺すところでした……」


 ハンドルを握って呆けている秘書が小さく呟き、肩を震わせている。

 けれど私は知っている。あの人は轢かれても死なない。むしろもう死んでいる。


「なんだってこんなとこに……。どっから来たんだ。道路の真ん中で危ないじゃないか!」


 一時停止を無視させていた桜木さんが言って良いセリフではない。


 目の前で車が横滑りして止まったにも関わらず、微動だにしない道路の真ん中に仁王立ちする人物の手には地獄の鬼が持っていそうな鉄の八角棒が握られていた。

 白い着物に白い袴。そして見覚えのある潔い禿げ頭……。


 軽々と八角棒を振り上げて、とんっと肩に乗せたその人は鬼も逃げ出す鬼の形相で車に一歩一歩近づいた。

 そして車内を散々()め付けまわし、口をへの字にしてからガンガンと助手席のドアを蹴り上げた。

 車内は恐怖の悲鳴で溢れかえり、私だけ乾いた笑いが漏れた。

 傍から見れば車が暴漢に襲われているが、実際は誘拐犯の車を止めてくれたわけで。

 ドアのロックを解除して外に私が出れば、こちらをチラッと見た暴漢はそれでも蹴ることを止めなかった。


 うん、放って置こうと思う。

 車の上部からひらりと舞い降りた黒駒が地べたに座った私に寄り添い、一緒に非日常の光景を眺める。

 あまりの暴挙に桜木さんが窓を開けて抗議をしようとしたら、それよりも先に暴漢が轟いた。


「その者、五村からの他行を正武家当主から禁じられている。何故なにゆえ連れ出すか! 事と次第に因っても、この水彦、成敗いたす所存!」


 事と次第に因って『も』。どっちにしたって成敗するってことじゃーん。

 再び乾いた笑いが口から出て、桜木さんの返事を待たずに八角棒を車体に振り下ろす水彦を眺める。

 おじいちゃん、元気だなぁ。


 お正月。死しても尚五村に留まる正武家のご先祖様が本殿に勢揃いする。

 其々与えられた役割があり、例えば五村に点在する五つの護石には歴代の正武家当主が宿っていた。

 スズカケノ池で竜神を鎮める鈴彦もそうだ。

 そんな中、なぜか水彦もいて、彼は一体どこに宿っているのかと私は不思議に思っていた。

 神守の眼の中にもちょくちょく現れていたので成仏はしていないのだろうとは思っていたけれど。

 実体化して普段視ることの出来ない人間にも影響を強く与えることの出来る力は強大であることを示し、それを宿す水彦が護るところ。

 それは、周囲を見渡して現在地を何となく把握する。


 ここは五村の鬼門の位置だ。

 鬼門を護る水彦の前に、現当主である澄彦さんの下知を堂々と私に破らせようとした桜木さんたちが現れればこういうことになるのか……。


 問答無用でガツンガツンと殴られて徐々に変形していく車体を黒駒と眺めながら、私は外出禁止が解けるあと数日間は絶対にお屋敷で大人しくしておこうと思った。


 一頻ひとしきり暴れ終わって満足した様子の水彦は流れてもいない額の汗を清々しく拭う仕草を見せて、再び八角棒を肩に担いだ。

 その足で座り込んでいた私のところへやって来て、黒駒を一撫でし、それから低い位置にあった私の頭を二度ぽんぽんと叩く。


「身体をいとえ」


「あ、はい。ありがとうございます」


 はにかんでお腹を撫でれば、玉彦の曾祖父は複雑そうな顔をした。

 きっと水彦には私が子どもたちを身籠っていることがお見通しなのだろう。

 双子であることもだ。


「来年のお正月にはまだ会えませんけど、再来年には会えますよ」


 気にせず私がそう言えば、水彦は片眉を上げてからくしゃりと破顔して、騒がしい正月になりそうだと笑った。

 それから水彦は五村と外界へと続く道路へ顔を向け、一つ頷いてからあっさりと別れの言葉もなく八角棒を担いで森の中へと消えて行った。

 こういう言葉足らずなところやちょっと人としての挨拶が欠けているところがやっぱり玉彦に似ていると思うのよね。

 それと、俺が助けてやったんだぞって恩着せがましく言わないところも。


 静けさが戻った森林に囲まれた道路には見事にひしゃげてしまった車が一台。

 車に詳しくない私が見ても走行不可能な感じである。

 水彦を見送った私が立ち上がると、空回りするセルの音がキュルキュルと聞こえ始めた。

 私から急いで逃げようと秘書は頑張るが白旗を上げている車は動いてくれないようである。


 さてどうしたものかと腕組みをしてすぐ、五村とは反対方向から一台の赤いスポーツカーが現れて、道路のど真ん中で横に停止している高級車に阻まれて急ブレーキを踏む。

 スマホを片手に怪訝そうに降りてきたのはまだ若い男性で、紺色のストライプスーツが良く似合っている。

 そして顔をよくよく見て、私は今朝読んでいた釣書を思い出した。

 玉彦の三人目のお見合い相手のエリート二世議員である。

 彼は車内を覗き込んで生存者がいることを確認するとスマホを耳に当てて救急車を呼んでくれようとしてくれている。

 しかし現在地がどこなのか解らない様子で、少し離れていた私に駆け寄ってきた。


「すみません。同乗者の方ですか。怪我はありませんか。ここはどの辺りなのか分かりますか」


「あ、私は大丈夫です。えーと、ここは……」


 自分がどこにいるのかは把握しているが、住所は分からない。

 しかしこの五村。

 住所なんて全く必要ないのである。


 郵便配達員は住所がなくとも人名だけでお手紙を届けてくれるし、数少ないタクシーもどこどこ村の誰々さんちまでと言えば連れて行ってくれる。

 なのでおそらく救急車もそんなノリで来てくれるはずである。


「あー、えーと。五村の北東、外に繋がる道路の、森のカーブが多いところ、です」


「はい?」


 きょとんと聞き返されて、もう一度同じことを言うと、彼はそのまま電話先にそれを伝えて切電した。

 どうやら無事救急隊員には伝わった様だ。さすが五村。




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