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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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3


 昼餉の席は会食となり、普段は三人でだったけれど、豊綱さんも交えて反省会を行いつつになった。


 午前のお見合いの反省点は、スポーツマンの自己顕示欲が強すぎたのが問題で、自慢話を聞かされるだけとなっていた玉彦が席を立っても仕方がない、という結果に落ち着き、とりあえず今回は玉彦に落ち度が無かったようなので、私は胸を撫で下ろした。


 玉彦は慣れ親しんだ人間以外の前では口数が多いタイプではない。

 かと言って人見知りという訳でもなく、お役目の時にはきちんと次代様として成立はしている。

 問題なのは自分が興味の無いことに関してはとことん無関心、ということだった。


 無関心でも、例えば私が興味があるものに関しては自分も知ろうとする。

 これは私が興味あるものに関心がある訳ではなく、私に興味があるからだ。

 それと同じく、多門がスマホで動画を観ていると覗き込んでは説明をしてもらっていたりする。

 須藤くんが狩りに出れば一緒に行くし、豹馬くんが漫画を読んでいれば何が面白いのか話をしていたりする。

 ちなみに玉彦は小学校四年生まで漫画の読み方を知らず、どの順番でコマを読めば良いのか解らなかったのを教えてあげたのは豹馬くんである。

 要するに玉彦と円滑にコミュニケーションを図るにはまず、その人に興味がなければ始まらない。

 たった一回顔を合わせただけの人間に興味がわかなければ会話は始まらないのだ。

 なのでお見合いで二人きりの惣領の間で、特に興味もない人間との空間は玉彦にとってこれ以上ない苦痛の時間だった。

 澄彦さんのようにコミュニケーション能力が高ければまだマシだったけれど、残念ながら玉彦にはそれが無い。

 第六感はあるはずだけれど、何分苦手意識から始まるお見合いなので気が付いていない可能性が高かった。


「ともかく議員関係は今回で最後にして、財界に手を伸ばそうか、澄彦くん」


「そうだなぁ。財界人を通してそいつが選んだヤツにするしかないかもだなぁ。しかし財界人にも適材が居なかったらぞっとするな」


 食後のお茶を啜りながら、澄彦さんと豊綱さんが策を巡らせていると、私の隣にいた玉彦がトンっと湯呑みを膳に置く。

 そして私たちを見渡してから、何かを決意したように顎を深く引いた。


「玉彦?」


「心配ない。俺に秘策がある。この策があればあと数回の見合いで決まるだろう」


「え? 秘策? 玉彦が?」


「そんなものあるのかい?」


「おいおい。適当なことを言うんじゃないぞ?」


 三者同様に不安らしき言葉を零せば玉彦は、ニヤリと笑ってから目を閉じた。


「先程、思いついた。これ以上の手はない」


 自信たっぷりの玉彦に首を捻りつつ、とりあえず二人目の子煩悩議員とのお見合いは十四時だと澄彦さんに念を押されて私たちは部屋へと戻った。

 部屋に戻った玉彦は真っ直ぐに文机に向かうと引き出しから小さな紙を取り出し、さらさらと筆で何かを書いてから、縁側で日向ぼっこをしていた私の眼前に紙を突き出した。

 これを見よ! と印籠のように掲げられた紙に私の目は丸くなった。

 名刺サイズの小さな紙は、私が誕生日に玉彦にプレゼントした色々してあげる券の詰め合わせセットで、定番の肩たたき券や一緒にお風呂に入ってあげる券などがあり、中でも一番玉彦が大切に一度も使わずにいた券だった。

 それは何も書かれていない白紙の券で、玉彦が私にして欲しいことを自由に書き込める券。三枚限定。

 玉彦はその券に、今後見合いの席に比和子が同席すること、と達筆な文字で馬鹿なことを書いていた。


 私は掲げられた紙を手に取り、玉彦の秘策とは私がお見合いの席に同席することだったのだと知る。

 なんか、ちょっと、あまりの馬鹿々々しさに私の全身から力が抜けた。

 自信あり気にどうだと鼻高々な玉彦に溜息一つ。


「あのね、決めるのは玉彦なんだから私がいても仕方ないでしょ。ていうか、部外者の私が同席して良いはずないじゃないの」


「確かに決めるのは俺だ。しかし同席者がいてはならぬと云うことは無い。比和子は部外者ではなく、妻である。次の見合い相手も妻子を連れてくると云うのだから、良いはずだ」


「でもねぇ……。私がいても変わらないと思うわよ?」


「何を云う。比和子が居れば俺としては心が落ち着く」


「あんた、私に話をさせて楽をしようとしてるだけでしょ」


「……そのようなことは考えていない。楽しいことは二人で、嫌なことは二人で半分こと比和子は言っていたではないか……」


「確かに言ったけどさぁ……。えー……」


 渋る私の両手を握り、玉彦はどうかどうかと額を付けて懇願しだし、しまいには自由に書き込める券二枚もおまけに付けると言ったので私は手を打った。


 玉彦は自由に書き込める券の使い道を、本当は一つ決めていたのを私は知っている。

 それを諦めてまでと言うのだから、余程のお願いなのだろう。

 ちなみに玉彦の決めていた使い道というのは、出産に立ち会わせてくれることだった。


 私の出産はお屋敷の敷地内に建設予定の産屋でする予定だ。

 出産は命の誕生という喜ばしいこと以外に、出血を伴うことから穢れともされているので、代々正武家では出産の際には産屋を建てるしきたりになっていた。

 父親は母屋で産まれた子を待ち、そこで初めて抱く。

 しかし玉彦はすぐにでも抱き上げたいそうで、立ち合い出産を強く希望していた。逆に私は強く拒否をしている。

 出産は戦場で、あんな姿を夫には見せられない、と夏子さんも紗恵さんも口を揃えて言っていたから。


 たった一度の出産の立ち合いになるかもしれない機会を諦めても良いと思うほど、彼が追い詰められているのだろうと思えば、私も頷くしかなかった。




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