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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 廊下に避難している人や、もう喧嘩が始まったからお開きだろうと自分の部屋に戻る人たちを通り過ぎ、私と豹馬くんが座敷を覗くと、住職さんと数人が航太郎さんと八紘さんを相手に怒鳴り合いをしていた。

 先ほど住職さんと航太郎さんたちが話し込んでいたのを見ていた私は、何となくこうなるだろうと思っていた。

 住職さんの話に耳を傾ける二人の顔は楽しそうには見えなかったからだ。

 年長者にお説教されている感じで、はいはいと聞き流している風だった。


 間に入って宥める紘夢くんはおろおろとしてしまい、お父さんの初七日がこんなことになって散々である。

 まぁまぁと仲裁に入った私と豹馬くんをホッとして迎えてくれた紘夢くんが浮かせていた腰を下ろし、住職さんたちも恥ずかしいところを見せてしまったと落ち着いたけれど、憤った航太郎さんと八紘さんはこんなところに居られるかと帰る素振りを見せたので、豹馬くんが座敷の入り口に立ち塞がった。


「帰るなら明日にして下さいよ。夜に出歩いたら危ないですから」


 努めて冷静に忠告した豹馬くんの肩を押し退け、航太郎さんと八紘さんは必要以上に足音を立てて廊下へと出た。

 豹馬くん以外にも彼らを止める人はいたけれど全く耳を貸さない。

 お酒も入っていることで気が大きくなって興奮が醒めずにいるんだろう。


「外に出たら僵尸に襲われますよ」


 玄関で靴を履く二人の背中にそう声を掛けても振り向かず頑なで、一度怖い目に遭えばいいのに、と思ってしまった私はきっと性格は良くない。


「もう放っとけよ。警告はしたし、襲われて死んでも自己責任だろ」


 私と一緒に後を追い掛けて来ていた豹馬くんは隣で呆れたように肩を竦めた。


「自己責任って言っても、襲われたら玉彦とか九条さんに私たちが管理不行届で責められるんじゃ……」


「……じゃあオレ送ってくわ。絶対に寺から出んなよ?」


「はいはい」


 お寺に居ればとりあえずは安全で、私は二人から少し遅れて玄関を出た豹馬くんを門まで見送ろうと外に出た。


 薄らと生臭い風が漂い、思わず顔を顰める。

 塀内は清浄なはずなのに臭いがある。

 これは眼に視えないものによるものではなく、物理的に臭うものだ。

 その証拠に二人を止めようと一緒に出て来ていた紘夢くんも住職さんも手で口を覆った。


「豹馬くん!」


 私が声を掛けるよりも先に走り出した豹馬くんは、お寺の門の外へと出た二人を連れ戻しに駆けた。

 近くに僵尸が来ている。

 人が集まっていたお寺に引き寄せられ、でも御札に阻まれて入られなかったのだろう。

 周囲をうろついたからこそこんなに臭いが残っているのだ。

 まだ諦めずにその辺にいるとしたら……。


「うわぁああああああああっ!」


 ……お約束だ。お約束過ぎる。


 轟く航太郎さんの悲鳴というか叫び声に、私は門から顔を出して周囲を確認する。

 すると私と玉彦が座って語った長椅子の少し向こうに、僵尸と対峙してしまった三人が見えた。

 私が動く僵尸を見たのはお爺ちゃん僵尸が緩慢に起き上がった仕草だけで、日中に掘り起こした僵尸たちは眠っていて微動だにしなかった。

 夜に祓いに出ていた玉彦は動く僵尸に遭遇していたけれど、ゆっくりとした動きで余程鈍くさい人間じゃなければ捕まることは無いだろうと言っていた。のに。

 二人を庇うようにしている豹馬くんと睨み合う僵尸は全裸の体格の良い男で、航太郎さんと一緒に震える八紘さんくらい大きい。

 きっと生前は海の男だったのだろう。


 そんな大柄の僵尸は腕をぶんぶんと振り回して豹馬くんに襲い掛かるけれど、全くかすりもしなかった。

 豹馬くんの動きが俊敏だからではなく、僵尸の狙いがことごとく外れた方向に向けられているのだ。

 動きは生きている人間のそれと変わらないのに、明後日の方向を殴っているため、全く当たらない。

 私は今にも腰が抜けて座り込みそうになっていた二人に背後から近づき肩を叩けば、二人は同時に悲鳴を上げて僵尸がこちらを振り返った。

 見えていない、けれど音には機敏に反応する。

 これってまるで……夜目が利いていない。


 私と豹馬くんの予想だと夜目が利かなく、無防備な人間に八紘さんの母親が憑りついている可能性があるとしていた。

 そして今、目の前でがむしゃらに腕を振るう僵尸は夜目が利かない。しかも僵尸だから僵尸に対してというか何かに対して警戒心を抱いていることも無い無防備な状態。

 人としての感情は残っていない、人を襲うことだけの為に動く僵尸の中身は空っぽに近く、入り込むのは容易かっただろう。

 悲鳴を上げた二人の背中のシャツを掴み、僵尸に一蹴り入れて違う方向を向かせた豹馬くんに声を掛ける。


「ねぇ、私、すんごく閃いたんだけど」


「オレもだよ……」


「だよね……」


「爺様か玉様に連絡しろ。そいつら寺に連れて行け」


 言われて私は二人を掴んでいた手を離した。

 そしてポケットに入れていたスマホを手に取れば見事に圏外だった。

 日中は、というか夜にだって普通に使えていたのにここにきて圏外の表示を見て私は目が丸くなった。

 怪異に巻き込まれている時、現代機器が使用できなくなるのはお約束だけれど、ここでそんなお約束はいらない!


「スマホ圏外! 無線、むせ……ああああああああっ! ちょっとどこ行くのよ! お寺の中に行きなさいってば! どこに走って行くのよ! ばかーっ!」


 慌てふためく私の隙を突き、航太郎さんと八紘さんはお寺の方へ走って行ったのは良いけれど、彼らは門を通り過ぎてまっすぐ夜道を走って行ってしまう。


 連絡が先か、追い掛けて連れ戻すのが先か。

 右往左往していてもとりあえずはスマホが使えなく連絡が取れないんだから、連れ戻すのが先!


 そう判断した私は起動させる前の無線をポケットに突っ込んで脱兎の如く駆け出した。んだけれども、小さな無線は無情にも私のポケットに収まらずにポトリと落ちていたことに私は気が付いていなかったのだった。




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