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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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28


 紘雄さんの初七日は屋敷で行われて、息子の紘夢くんは当然のこと、住職さんや奥さん、島民の人たちが集まった。

 流石に島民全員が集まった訳ではなく、島で地域の班長さんや何かの役割を担っている人たちで、それでも三十人位はいたと思う。

 八紘さんや航太郎さんも一応は列席していた。肩身は狭そうだったけど。


 そしてほぼ部外者の私はといえば、座敷の後ろの端っこ、むしろ縁側と言ってもいいところに座っていた。

 台所が忙しそうだったのでお手伝いを買って出たのだけれど、おばさんたちに良いから良いからと追い出されてしまったのだ。

 きっと私がいると最近の噂話に花を咲かせることが出来ないからだろう。


 そんなところに座っていた私なので、座敷全体を見渡すことができたけれど、豹馬くんが言うようなすげぇ顔のそっち系の人はいなかったと思う。

 気配も何も感じなかった。

 玉彦は最初から視えないし感じないので問題外としても、九条さんだって……知っていて反応しなかったってことなのか。

 豹馬くんの様に。


 島を覆う異変にばかり気を取られ、小さな異変には気付きにくかったってことなのかもしれない。

 目の前に現れれば認識するけど、例えば背後に居れば気が付かないってことだ。

 網元の屋敷では玉彦たちが居たから私は無事だったのだろう。

 何かあれば九条さんが豹馬くんが動いてくれたはずだ。


「そういうことはもっと早く教えてよ」


「教えたところでどうにもならんだろうが。上守は逆に騒いで大事おおごとにしちまうだろうがよ」


「かもしれないけど……。だったらどうして今さら教えてくれたのよ」


 豹馬くんの言うことは一々尤もで否定できない。

 複雑な思いでおせんべいを齧って上目遣いになれば、豹馬くんは顎に手を当てる。


「言わない方が良いかと思ったんだけど、夜這いの奴ら正気じゃなかっただろ」


「うん?」


「僵尸にてられて正気じゃなくなったならただ人を襲うと思うんだよ、オレは。でもあいつら明確に上守を狙っただろ?」


「うーん。実は玉彦と豹馬くんが狙われただけなのかもよ?」


「そんな訳あるか!」


 茶化した私に、おせんべいに手を伸ばした豹馬くんは眉を顰めた。


「ともかくこの島には僵尸の他にも何かあるぞ。気を抜くなよな、上守」


「うん……」


 豹馬くんからの有り難い警告に力なく頷く。


 気を抜くなって言われても、私なりに気を抜いているつもりは全くない。

 玉彦や稀人の豹馬くんレベルではないにしても、である。

 気を抜いていない状態でもそういうのって私と遭遇してしまうのがお決まりである。

 正直、気を抜こうが抜いていないに係わらず、遭遇する時は遭遇するのだ。

 その時に上手に対処できるように心構えをしておけ、と言われた方が余程納得できる。


「それでどんなのがいたわけよ」


「どんなのって……すげぇの?」


 豹馬くんがよく口にする『すげぇ』が示す範囲は幅広い。

 茶柱が立ってもすげぇだし、こうした場合もすげぇなのである。

 色々と視慣れている豹馬くんがいうくらい凄いものが初七日の座敷に現れたのだろうけれど、心構えが必要な私にはもう少し詳しく教えて欲しいものだ。


「男の人? 女の人?」


「いやぁ……それが全然分かんなかったんだよなー。どろっどろで。髪は長くなかったから男かなぁ」


「ショートカットの女の人かもしれないじゃないの。でも人間なのね?」


「人間っつーか、人のシルエットだった。どろっどろだけど」


「どろっどろってなんなのよ」


「肉が膨張して腐って落ちそうな感じ」


「あ、そう……。ここって海に囲まれてるから水死体になってそのまんま出てきたのかしらね……」


 島には数年に一度くらい、ごくごくたまに水死体が流れ着く、とおじさんたちは言っていた。

 もしかして今この時、漁港か砂浜などの海岸線に流れ着いているのかもしれない。

 人が集まっている場所に引き寄せられて、見つけて欲しいと思っているとか。


 私がそう豹馬くんに言えば、ここ何日か島の人間総出で島内の僵尸を捜索しているのでその可能性は低いという。

 日中は私と豹馬くんが黒い靄を頼りに僵尸を見つける他に、島の臭いに反応する人たちも実は二体見つけていた。

 何となくこっちが臭いな、と思って山を行けば僵尸が土中から伸ばしていた手を発見したのである。

 そしてその近くにも一体いたことから、島内のそういう素質を持った人たちが散歩がてら島を見回っていた。

 素質を持たない人たちも土中から僵尸の身体の一部分が見えているなら自分たちにも探せるだろうと協力をしてくれていた。

 確かに彼らが島内を探し回っていれば、海岸線に水死体が上がっていたら気が付きそうなものである。


「じゃあただの浮遊霊ってこと?」


「ピンポイントで島に居る浮遊霊って絶対に漂って来たんじゃなくてなんか所縁があるんだろうなぁ」


「あれは浮遊霊ではなく地縛霊に近しいものですよ。次に見かけたらまた悪さをする前に成敗してしまわないといけませんね」


 のんびりと茶の間で寛いでいた私たちは、突然会話に入ってきた九条さんの声に思わず姿勢が正された。

 年寄りはすぐに起きてしまうんですよねぇと言いながら九条さんは卓袱台に加わり、豹馬くんに麦茶を催促する。




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