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それから、である。
僵尸が動き出して逃げてしまったかと思われた村長さんの取り巻き衆の逞しいおじさんたちが廊下の襖の陰から姿を現し、村長さんに詰め寄っていた八紘さんを引き摺って航太郎さんの隣へと戻した。
豹馬くんと住職さんは淡々と作業を進め、玉彦の前には紘夢くんが向かい合っていた。
今後の島の生活について、二人は村長さんに確認を取りつつ話を進めた。
まず島の網元は佐伯を継ぐ紘夢くんであること。
漁業権に関してはもう少し詳しく調べて、村長さんが取得すること。
その五年後には紘夢くんが取得すること。
そして佐伯一族の財産等は法的な判断に任せること。
ここで航太郎さんがニヤリと笑ったけれど、九条さんが紘雄さんに子どもが居るので弟は相続人ではないとぴしゃりと言って笑いを止めさせた。
八紘さんは養子縁組をしているので財産は紘夢くんと半分こになるそうだ。
八紘さんの後見人を名乗っていた航太郎さんだけど、成人した八紘さんには後見人など必要なく、むしろ未成年の紘夢くんにこそ必要で、しかし航太郎さんに任せるとまた悪だくみをしそうなので、家庭裁判所に申し立てて選定後見人を選ぶことになった。
血縁者がいる場合、そんなことが出来るのか不思議だったけれど、玉彦が事もなげに自分が後見人になると宣言したので、たぶんおそらくきっと絶対裏から正武家の圧力が掛かるんだろうと思われる。
ここまで話が進み、八紘さんは意地悪く自分は島を出て行くから財産は現金で一括で寄越せと言い出す。
佐伯一族の財産がどれ程か分からないけれど、半分の財産ともなれば土地家屋を売ってしまわなければ現金は用意できないだろう。
しかしこの問題は財産の算出が終わった後、玉彦が一括で八紘さんに支払うことで決着をした。
立て替えたものはコツコツと何年かかっても無利子無期限無催促で返済すれば良いと、玉彦は言ったけれど、実はこの話には裏があった。
そう、九条さんの心残り、である。
大広間での集まりが解散されて、玉彦と私、そして九条さんと豹馬くん、紘夢くんの五人が人払いをして密談が開かれた。
ここでようやく今回の茶番の種明かしが九条さんから紘夢くんにされて、彼は目を見開いて驚き、そして泣き笑いの様な笑みを浮かべたのが印象的だった。
そこで紘夢くんは玉彦から代替わりの儀式について出来るだけ後伸ばしにして、島に眠る僵尸を炙り出したい旨を聞かされた。
もし協力してくれるならば、財産分与で玉彦が立て替えるものの返済は一切無用という条件でだ。
条件だけを言って説得の言葉は何一つ言わなかった玉彦に、紘夢くんは静かに頷いた。
そして夜間外出禁止という迷惑を被るのは島民であり、それによって佐伯の事情が解決されるのに、自分だけ返済無用と優遇されるのは良くないことなので、本来返済すべきものは島民のために使わせてもらうと立派なことを言って、玉彦を感心させた。
四季の折々には美味しい旬の魚を正武家屋敷にお届けします、とも付け加えた。
私たちは網元の屋敷に残る村長さんたちに紘夢くんを重々よろしくお願いして、住職さんたちと共に夜道を歩いてお寺へと戻った。
真っ暗闇の島に漂う腐臭は強くなっている様に私には感じた。
お屋敷に残ってくれた村長さんを中心に島民へ外出禁止の連絡が回り、日が出てから漁港の会館で詳しく島民に説明を行う予定である。
簡単な夕食を済ませ、お風呂を頂いた私は窓一つない部屋で一人、ほっと息を吐く。
ここまでは玉彦と九条さんの描いた通りに事は進んでいる。
あとは島の僵尸がどれくらいいるのか、何日かかるのか、それが問題だ。
これまで代替わりの儀式は初七日以内に済ませられていたので、最低でもあと三日以上は島に滞在することになるのだろう。
日中僵尸が漂わせる腐臭と靄を頼りに位置を特定し、掘り起こせるようであればそうしてお寺の外に運ぶ。
お寺は御札で囲まれた塀の内側にあり、僵尸を運び込めば御札が消費されるので今回は例外として、次からは外に並べようということになった。
そして日中休んでいた玉彦が夕方から行動を開始して、お寺の僵尸を祓い、夜間は島を九条さんと回ってうろつく僵尸を見つけ次第その場で祓う手筈になっている。
ので、日中は私と豹馬くんのコンビで動くことになっていた。
僵尸を掘り起こすのは中々に重労働で、一応島民の有志にも手伝ってもらう予定だけれど、九条さんはもう私も年ですから、と、お上品に笑って面倒な役回りを弟子と孫に押し付けた。
豹馬くんは最悪な夏休みだとぼやいて、私は逆にやる気に満ち溢れる。
やっとようやく活躍できる場となったのだ。
高校時代はほとんど巻き込まれる形で突拍子もなく心構えすら出来ないまま対峙することになった事案が多かった、というか全てだったけれど、今回は一から理解してどうするべきか道が示されている。
お陰で僵尸を前にしても驚いたものの、恐怖で動けなくなることはなかった。
玉彦と九条さんと豹馬くんがいて安心できていたということもある。
「くあぁーーーーっ」
我ながらおかしな声を上げてお布団に倒れ込み、明日から頑張るぞ、と両拳を握り締めた。
今の私なら、出来そうな気がしてならない。
視て視て視まくって、島の僵尸を発見してやる。
なんだか宝探しみたいだな、と思う。
しかし私の、皆がいて安全圏にいるから大丈夫という考えは全くもって甘いものだと四日後に思い知らされるのだった。




