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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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24


 九条さんに呆けた顔を向けて返事をした航太郎さんが玉彦を見て、そして私とも目が合う。

 すると玉彦は一度頷き、腕を組む。


「佐伯の跡継ぎは起こすことも出来れば眠らせることも出来る。しかしただの佐伯の血では起こすことは出来ても眠らせることは叶わぬ。丁度良いところに血縁者がいたものである。航太郎、やってみろ」


 無情な玉彦の提案に大広間を見渡した航太郎さんだったけれど、誰も止めに入ってくれる人はいなかった。

 むしろ僵尸が動くなら見てみたいという野次馬根性が皆の中にはあったように思う。

 私もそうだった。


 そして儀式を終えていない紘夢くんと航太郎さんはどちらの血でも起こすことは出来るけれど、眠らせることなんて出来ない事実を知っている玉彦を見て、よくもそんな嘘を飄々と、とも思った。


 引き摺られるようにして棺の前に引っ張り出された航太郎さんに、九条さんが一本の針を手渡す。

 カッターなどで傷をつけて血を流すよりも、ぷすりと針で一突きした方がそんなに痛くはないだろうという九条さんなりの思いやりである。

 針を右手に左手を凝視していた航太郎さんは再度周囲を見渡して肩を落とし、覚悟を決めて針を指先に立てた。

 眉間に皺が寄り、浮かび上がって来る血を待っていた航太郎さんの腕を掴み、九条さんがまどろっこしいと指先を強制的に圧迫させて人差し指からたらりたらりと血が流れる。

 短腹たんぱらな九条さんはそれから、航太郎さんの腕を両脇に抱えてずんずんと僵尸へと近付き、てっきり口元に血を落とすのかと思っていたら、航太郎さんの人差し指を直に僵尸の干乾びた唇に押し当てた。

 まだ口に指を突っ込ませなかっただけマシだろうけれど、航太郎さんは指先に伝わる僵尸の唇の感触に悲鳴を上げる。


 明らかな九条さんの暴挙を、誰も止めない。止められない。

 実はここが私の眼の出番なのかもとか思ったりしたけれど、九条さんに私の眼は通用しないと玉彦が言っていたので止めておこう。


「大の男が情けない」


 九条さんはさっさと航太郎さんの腕を解放して、もう用は済んだとばかりにしっしと手を払う。

 今度は八紘さんの元へ逃げ込む形になった航太郎さんは彼と気まずそうに、それでも肩を寄せ合った。


 そして。


 ひくんひくん、と。


 寝かされていた僵尸の顎が静かに跳ね始め、その動きは全身を揺らしていく。

 血の共鳴で起こされるよりも、直に触れた血は効果絶大だったようで、心臓が脈打つリズムで僵尸の身体に得体の知れない力が循環し、肉に張りが戻り始めた。

 そして玉彦が居るのに腐臭が私の鼻にも届く。

 後数分もすれば僵尸は起き上がり、そして大広間の人間たちを襲い始めることだろう。


 とっとっとっ、と。


 大広間に響くはずの無い私の心臓の音が聞こえているような気がする。

 それほど誰も彼もが静まり返り、棺から目を離せない。

 テレビや映画のような作り物ではなく、現実に今、目の前で起こっている事象を食い入る様に見つめる。

 大昔から哭之島に伝わっている僵尸という化け物が、現代に蘇るのだ。


 玉彦の後方から良く見えるように身体を斜めにさせて首を伸ばせば、脈打つ僵尸を前に紘夢くんが静かに座っていた。

 たぶん私だったらさっさと離れて八紘さんたちの様に壁際へと逃げている。

 寝ている人間は起き上がる時、身を捩って手を支えに起き上がることが大半だろう。

 しかし僵尸は腹筋だけ使って、くくくくくっとゆっくりと身を起こした。

 同時に島民たちが声にならない悲鳴を上げ、壁際へと逃げたり、出口から飛び出して行った人もいた。

 きっとまだ大丈夫だろうけれど、逃げ出した先の外で徘徊する僵尸に鉢合わせしなければ良いな、と思う。

 飛び出していったのは主に村長さんの取り巻きで、玉彦と稀人たちがいるこの場に留まった方が安全と考える住職さんたちは部屋の隅で固まり、僵尸と対峙する紘夢くんを凝視する。


 紘夢くんと僵尸の間に隔てるものは何もない。

 目覚めてすぐの僵尸の身体は硬くなっているので襲われそうになったとしてもすぐに逃げられる。

 しかも彼には海福の血も遠く流れていることから、襲われる可能性は低いだろうと九条さんは言っていた。


 それにしても、である。

 普通の感覚の人なら起き上がった僵尸を前にして逃げるのが普通の反応だけれど、紘夢くんは全く動かない。

 もしかして座ったまま失神しているんじゃないかと心配していると、九条さんに針を差し出されて受け取る。

 良かった。失神はしていないようだ。

 意を決して針を指に刺した紘夢くんは、自分で指先を圧迫して血を出す。

 そして起き上がったまま前後に緩慢に揺れる僵尸の唇に触れさせた。

 すると二度目に与えられた血に僵尸が酷く反応して、これまで動かさなかった両腕で喉を何度も掻き毟る仕草を見せた。


 おおおおおおおっ……という呻き声を漏らした僵尸は胡乱だった落ち窪む目を脇に居た紘夢くんへと向ける。

 互いに何を思っているのか分からないまま紘夢くんと僵尸は顔を合わせ、大広間の誰もが固唾を飲んだその時。

 私の前に座していた玉彦がすっくと立ち上がる。

 ぱんっと黒扇を開いて口元を隠して、宣言をする。


「僵尸覚醒と相成った。眠らせてみせよ、紘夢」


 いやさ、だからさ。

 血で起こすことは出来ても眠らせることは出来ないでしょうよ。

 それは書を読んでいるであろう紘夢くんも知っていることだ。


 玉彦は上手く取り計らうと言っていたけど、どうするつもりなのか私は聞いていない。




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