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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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 母から網元夫婦について散々恨み言を聞かされて育った八紘さんはひねくれていた、とは住職さんの奥さんの談である。

 年齢が上だから長男となってはいるけれど、あくまでも跡継ぎは紘夢であると生前の紘雄さんは言っていたそうだ。

 八紘さんが養子となり四年後、奥さんは『不慮の事故』で亡くなり、その五年後紘雄さんが『不慮の事故』で亡くなる。

 紘雄さんの弟の航太郎さんは数年前に島に戻って来ていて、しきりに兄に島を開発しようと吹き込んでいたそうだが一蹴されていた。


 そして、今、これ。


 八紘さんが勝手に跡継ぎを名乗って、航太郎さんが後見人を買って出て、孤立した未成年の紘夢くんにはなにも出来ない。

 いくら島民が味方になってくれたとしても、家の事は助けてあげられない。

 網元の業務を引き継ぐ八紘さんに強く言える人間がいないのだ。

 家を乗っ取る八紘さんに航太郎さん。

 そんな中、代替わりの儀式の為に何も知らずに訪れた私たち。

 本来である手順を踏まずに正武家へ代替わりの連絡を入れた理由はここなのだろう。

 跡継ぎとして知るべきことを知らなかったから。

 もし知っていたなら電話一本で済ませちゃお、なんて思わないだろう。


「紘夢。前へ」


 玉彦に呼ばれた紘夢くんは八紘さんと航太郎さんの前に座り、深々と頭を下げた。


「私にはそこな八紘よりもよほど其方そなたが佐伯の者として相応しく思う。他家への口出しは好ましくないが、そう思う」


 憎々し気に紘夢くんの下げられた後頭部を睨み付けていた八紘さんがようやく息を吹き返して、身を乗り出させた。


「誰が何と言おうとも自分が佐伯の跡継ぎです。長男ですから! 父は突然死んだので自分に跡継ぎとして心構えを遺しきれなかったんです!」


 訴えかけられた玉彦は顔を背けたままの航太郎さんに黒扇の先端を向ける。


「航太郎」


「は、はい」


「先代の弟であると聞いている。弟であるお前は佐伯の教えを知っているか。なぜ島に僵尸が現れ、正武家が代替わりの際に訪れるのか、知っているか」


「え、そ、それは、昔からの決まり事で」


「なぜ決まりごとが出来たのか、知っているか」


「知りません……」


 航太郎さんの返事に満足気に頷いた玉彦は次に八紘さんを向く。


「お前は知っているか」


「だから父が自分にはまだ……」


「では、紘夢よ。其方はどうだ」


 名を呼ばれて頭を上げた紘夢くんは臆することなく玉彦に答えた。


「知ってます。しかし絶対に人前では話してはならないと言われてます」


「嘘だ! てめぇも知らないだろ!」


「黙れ、八紘。次に私の赦しなく口を開けば歯を折るぞ」


 舌を抜くとか殺すとかだったら口だけの脅しだと分かるけど、歯を折るとか普通に出来そうだから嫌な脅しである。

 澄彦さんがお役目の時にたまに見せる、閉じられた黒扇を反対の手のひらに打ち付ける仕草をしながら、玉彦は並ぶ三人を眺めた。

 そしてパンッと強く打ち付け、深く顎を引く。


「まず航太郎。貴様はそこから退け。先代の弟は門外漢である」


「私は八紘の後見人ですよ!?」


「それがどうした。私には関係ない。先代は紘雄。弟が居ようが居まいが知ったことか。用があるのは次代の者だけである」


 玉彦の言葉に一向に下がる様子を見せない航太郎さんに痺れを切らした九条さんが片膝を付けば、慌てて四つん這いになって下がって行った。

 さっきのあの一件がトラウマになっているようだ。


「さて。島の者に話せぬ事由は、この玉彦、心得ている。紘夢、語る必要はない。心に留め置け。して、代替わりの儀式についてだが、これは佐伯の一族と我ら正武家との間に交わされた約束ごとである。長男が跡継ぎという世相は関係ない。正武家が佐伯の跡継ぎと認めるのは正統な血のあかしを持つ者である。そして島では代替わりの儀式を終えた者が網元として海をべることとなっている。違いないな?」


 西の住職さんと東の村長さんが同時に頷く。

 何か言いたげに八紘さんが再び身を乗り出したけれど、玉彦の一睨みに腰を戻した。


「正統な血を持つ者でなければならぬ理由。それは島に眠る僵尸を起こさぬためである」


 本当は活性化させないためでもあるけど、ここは言わなくても良い。

 知らなくても良いことはあるのだ。

 あえて全てを話さない玉彦にホッと紘夢くんの肩が下りる。


「八紘は自分が長男だから跡継ぎだと言い、そして弟の紘夢は跡継ぎだと主張はせぬがなぜか佐伯としての心構えを持っている。正直に申せば私にはどちらが跡継ぎなのか分からぬ」


 言葉を区切った玉彦に付け入る隙ありと思った八紘さんがここぞとばかりに膝を進めた。

 しかし次に飛び出た言葉に浮かし気味だった腰が止まる。


「そこでこの玉彦。真偽を見定めるために島を廻り、一体の僵尸を手に入れた。そこの棺に入っている」


 黒扇で指された棺に大広間の全員の視線が集まって、東の島民たちは思わずといった様子で二度見した。

 どうして驚くと二度見しちゃうんだろう。

 私もよく驚いて二度見してしまう。


「儀式が遅れているゆえ、僵尸が目覚めようとしている。そのことはさて置き、正統な佐伯の血を持つ者ならば僵尸を起こさぬようにも出来るが、起こすことも出来る。血は毒にも薬にもなるということだ。己こそが正統な者であるとするならば、僵尸を目覚めさせ、そして眠らせてみせよ」


 無茶振りをした玉彦に八紘さんは目を剥き、紘夢くんは眉根に皺を寄せた。

 きっと紘夢くんは自分の血なら起こすことは出来るけど、眠らせることは出来ないと知っているから。

 海福の血を増幅させて眠らせるために行う儀式を終えていない。だから。


 でも、ここは紘夢くんの正念場なのだ。

 玉彦は住職さんの話を聞いて事情は分かったが、紘夢くんの跡継ぎであるという主張の無さを危惧していた。

 ここで無謀でも名乗りを上げてくれさえすれば。

 そうすれば僵尸を起こしたあとは玉彦と九条さんが考えた三文芝居でどうとでもなる手筈になっている。

 果たして正武家が手を貸す価値があるのか無いのか、玉彦は紘夢くんを見定めようとしていた。




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