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「人目に付きたくない後ろめたいものたちは光に照らされることを嫌うのでしょうね。昨晩のあの者たちもだから夜に行動を起こしたのでしょう」
「いや、それは寝静まっているのを狙っただけだと思います……」
私が呆れてそういうと、玉彦と九条さんが同時にこちらを見て、それから二人で視線を絡ませた。
「どうしますか、次代」
「知ってどうなる訳でもなし、説明する必要はあるまい」
「え、何よ。何なのよ」
玉彦の袖を引くと首を数度横に振ってから顎に手を当てた。
「奴らは正気では無かったであろう」
「え?」
「比和子さんが繰り返し精神を揺さぶり気付けしてようやく正気に戻ったでしょう?」
玉彦の言葉足らずを九条さんが補足し、私は思い出す。
漁網に掛かっていた三人は暴れた形跡はあったものの、朝日が昇って観念していたように私には見えた。
でも縁側に現れた私たちを見ても特に反応は無かった。
私にはそれが悪びれもせず不貞腐れている様に見えていたけれど、実際神守の眼の修行で何度か繰り返して身体を止めたり動かしたりしているうちに感情が、主に恐怖だけれど顔に現れ始めた。
てっきりお仕置きの意味を込めてそうしているのだと思っていた。
普段から無暗に用もなく人を止めてはいけませんと九条さんは言っていたのに、こういう時は別物なんだなーと思っていたのだ。
「私の眼ってそんなこともできるんだ……」
今はまだ視ているものを止めて中に入り込んで送るだけしか出来ない。
最近は止めて他に眼を移しても短時間ならそのまま束縛しておけるようにはなったけれど、意識を逸らすと動けてしまう。
玉彦には内緒で澄彦さんと九条さんは私にまだ他の能力が眠っていることを期待して、歴代の神守の能力の中から私が目覚めるかもしれないものについて目下研究中である。
自分で自分の能力に驚いていると、僵尸を掘り起こしていた豹馬くんが奇妙な声を上げたので三人で振り返る。
「やらかした……!」
僵尸の上半身の半分まで掘り起こしてあとは両脇に腕を差し入れ引き上げようとした豹馬くんだったけれど、僵尸の身体は思ったよりも腐敗が進むのが早かったらしく、大根を畑から引き抜くようには上手くは行かなかったようで、豹馬くんの腕に引き抜かれた僵尸は上半身と下半身が離れてしまっていた。
泥土色の内臓がぼたぼたと落ちて、背骨がぶらぶらと揺れている。
身体は腐らずとも衣服は既に朽ちていて、土気色の裸の男性を抱えたまま豹馬くんは空を仰いだ。
面倒臭がりな豹馬くんは普段からどうしたら楽に、いや、効率良く物事を済ませられるかを考えて行動をする。
その行動は大体功を奏すのだけれど、今回は上手くいかなかったようである。
横着せずに身体を全部掘り起こせば僵尸は真っ二つにならなくて済んだだろう。
周囲の腐臭が酷くなって玉彦が顔を顰めて九条さんと豹馬くんのところへと戻る。
私はそのまま道路にいるようにと言われ、少し離れて見守る。
ここからでは聞こえないが玉彦が黒扇で口元を隠したので宣呪言を詠っているのだろう。
その証拠に草上に寝かされた僵尸の上半身がぷすぷす燻るように黒い靄を吐き出して、肌の色だけ異常だった今にも動き出しそうな僵尸の張りがあった肉体はみるみる間に萎れ、本当に骨と皮だけになった。
骨に茶色く変色した皮がへばり付いて生々しいミイラのようだ。
パチンと閉じられた黒扇の音が祓いを完了させたと私に悟らせる。
もう近寄っても大丈夫と玉彦に駆け寄り、九条さんはスマホを耳に当てた。
相手はすぐ背後のお寺の住職さんだったようで、住職さんは慌てた様子で両手に抱えられる大きさの木箱を持ってきた。
遺骨を納めた骨壺を入れる為の木箱よりも二回りほど大きい。
九条さんは住職さんに土に埋もれた下半身の骨から木箱に収めるように指示を出し、彼は神妙に頷いた。
後から聞いた話によれば住職さんのお寺は代々僵尸が出た際には遺骨を回収して供養するのがお勤めの一つだそうだ。
先々代の住職が書き残していた方法を元に供養します、との住職さんの言葉を聞いて私たちは再び歩き出す。
本来の予定通り、九条さんと豹馬くんはお寺の西側へと進み、私たちは東側へと足を向けた。
九条さんチームは僵尸を見つけたら地図アプリで場所を記録して、玉彦チームは見つけ次第祓って骨が残された場所を記録して回収班となった住職さんに知らせることになった。
ひと昔前は地図を片手に捜し回り、伝達事項もお寺に戻ってからしなければならなかったので酷く効率が悪かったと九条さんは豹馬くんにスマホの操作を教わりながら零していた。
七十年前は眠っていた僵尸が一体、そして動き出した僵尸一体を水彦が祓ったそうだ。
目覚める予兆がある僵尸は徐々に土中を上がって来るそうで、深く潜ってしまっている僵尸はそれこそそこらじゅうの土地を掘り返さないと見つけられないらしい。
ある程度の浅い深さまで上がって来たら、九条さんが言うようにその地点には黒い靄が視えるそうだ。
しかし、だ。
さっきの僵尸の頭の上には五センチほどの土があって、それでも三人の眼に靄は視えなかった。
ということは、本当に地面すれすれのところじゃないと視えないのじゃないだろうか。
七十年前に九条さんが視えていたにも関わらず見逃すことになってしまった僵尸ならば、今回の代替わりで姿を現す可能性は高い。
既に視えていたのだからそこそこの高さまで来ているのだろう。
そして前回澄彦さんが哭之島を訪れた際に僵尸を祓っていないことを考えれば、なおさらだ。




