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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
67/335

13







 翌朝。早朝四時である。


 私が休む部屋の唯一の出入り口の隣の部屋がパタパタと動き出したせいではなく、豹馬くんの驚きの声で目覚めた私は跳ね起きた。

 とっさに寝癖を撫でつけてパジャマのまま隣の部屋に飛び込むと、お布団は既に押し入れにあり、当の九条さんは私とは反対方向の部屋の、そのまた奥にある廊下側の外に面する障子を開け放っていた。

 玉彦は起き上がってはいたもののまだ眠そうに目を擦る。

 そして豹馬くんは九条さんの足元に四つん這いになって近寄り、庭を凝視していた。


 何を凝視しているのかと玉彦の二の腕を掴んで立ち上がらせて九条さんの背後に行くと、庭の大きな二本の木の間に網に掛かった人間が三人、いた。


 浮かんでいた。


「なんですか、あれ……」


 玉彦の背に隠れながら見た網はどう見ても漁網で、掛かっているものは魚ではなく人間、しかも若い男の人たちだった。


「思いの外上手く作動しましたねぇ」


 九条さんは満足げに頷いて腕を組む。


「まず足元に仕掛けて踏めば浮くようにします」


「はぁ……」


 九条さんの講釈にこくりと条件反射で頭が動く。


「次に両端に重石を付けた網をですね、下の網が浮けば落ちるようにセットします。すると地に触れぬ長さの縄で括られた重石は遠心力によりくるくると回転して両端を縄で巻き付けます。キャンディーの包みのように。そして中の獲物が暴れればもう一枚、同じように網が落ちて二重になります」


「仕組みは分かりましたけど……」


「あの者たちはこともあろうか次代の惚稀人に不逞を働こうとした輩です。さぁ、やっておしまいなさい、比和子さん」


 九条さんは逃れようと暴れ続けて脱出できなかった憐れな三人に指差す。

 そして私は自分に夜這いを仕掛けようとした三人を見て背筋に冷たい汗が流れた。

 本当に夜這いなんてしようと思う馬鹿がいるんだ、という思いだ。

 しかも三人とか、やってやろう感が満々で吐き気すら覚える。

 玉彦の寝間着の背を掴む手に汗が滲み、そして彼を見上げれば怜悧な目つきになっていた。


「夜中、九条と仕掛けた網に本当に掛かるとは」


「夜中に何をやってんのよ……」


「部屋に侵入され、眠りを妨げられたくないであろう。騒げば比和子の眠りも妨げられる」


「どっちにしたってあの人たちが逃げようと騒げば……あれ。そういえば騒がしい声は聞こえなかったわね」


「後ろ暗いことをするのだ。どこに声を上げる馬鹿がいる」


「声を上げる馬鹿はいないけど、網に引っ掛かった馬鹿はいたみたいだけどね……」




 それから、である。


 いつでもどこでも平常心! という神守の眼の発動の心得の合言葉を九条さんと唱えながら、私は網に掛かったままの観念している三人を固まらせた。

 修行の良い機会なので、一人ずつではなく三人まとめてやってみましょうという九条さんの指導の下、頑張る私を横目に玉彦と豹馬くんは早々に顔を洗ったりなど身形を整える。


「柏手!」


「はい!」


「次は両端の二人だけ!」


「はい!」


「柏手!」


「次は中の一人だけ!」


「よしきた!」


「返事ははいですよ!」


「はい!」


 そんなノリで私と九条さんが満足するまで小一時間ほど繰り返していると、網の中の三人は恐怖で顔を強張らせたまま固まり、朝の修行は終了。

 普段の修行ではどうしても実験体になってくれる人が居ないので、実践に近い形で私も九条さんも大満足だ。

 私と九条さんが楽し気にしているのを起きた住職さんと奥さんが何事かと見に来て、網に掛かった三人を見て二人揃って額に手を当てて、あれまぁと呆けていた。

 そして私たちを放って朝の修練で近場を走っていた玉彦と豹馬くんはまだやっていたのかと網の中の三人に同情の視線を送る。


「それでこれからこの人たちどうするんですか?」


 たいして汗はかいていないけれど、私はパジャマの袖で額を拭い、黒いステッキで網の中をつついていた九条さんに声を掛けた。


「駐在に引き渡します。住居不法侵入です。まぁ強姦未遂は大目にみましょう」


 九条さんの言葉にようやく声を上げた三人は謝罪を口にしたけれど、老人は頑として許すとは言わない。

 私としては修行に付き合ってもらったし、被害も無かったので反省しているならわざわざ引き渡さなくてもいいのにな、と思っていた。

 そして結局、住職さんに呼び出された中年の駐在さんが困り顔で三人の家に連絡を入れて、親たちが駆け付けて平謝りしたのを見て、九条さんは親にこんなに情けないことをさせて、とステッキでバシバシと網を叩き、とりあえずは放免となったのだった。




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