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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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11


 私たちが敷地内に入ると、すぐにお寺からぞろぞろと年配の人たちが出迎えに外に出てきた。

 若くても五十代、そして上は恐らく八十は超えているであろう方々だ。


 彼らに荷物を持ってもらいお寺にお邪魔すると、ふんわりとお醤油の良い匂いが漂い私のお腹を遠慮なく刺激する。

 恐らくいつもはお葬式で人が集まる本堂脇の座敷には、二十人ほどが足の短い長机を並べて、女性たちが慌ただし気にその上に大皿の料理を並べていた。

 お寺だというのに普通に唐揚げの山盛りもあった。

 きっと私たちのような若い人が好む献立にしてくれたのだろう心遣いが嬉しい。


 住職さんは私たちが網元ではなくこちらに泊りに来ることが分かっていたように、既に宿泊できる部屋を整えていてくれていた。

 部屋は特殊な配置となっていて私は首を傾げる。


 廊下に面した部屋に入ると両側は漆喰の壁で正面に襖がある。

 そしてその襖の奥にはもう一つ同じ構造の部屋があって、その向こうの襖を開けると三方を漆喰で囲まれた行き止まりの部屋。

 三部屋には窓が一つもなく、ちょっとだけ異様な感じがする。

 意図的にこういった構造にしていることは間違いなかった。


「比和子さんは三の部屋、私は二の部屋、次代と豹馬は一の部屋です」


 てきぱきと動いて自分の荷物を真ん中の部屋で広げ始めた九条さんに、三人は同時に顔を見合わせた。


 真ん中だから二の部屋なのは理解できる。

 でもどっちが一でどっちが二なのか。


 動かない私たちを見た九条さんは私に奥の部屋を指差す。

 すると私とは違う疑問を持って動かなかった玉彦が、なぜか自分の荷物を持って私の後に続こうとして座って荷解きをしていた九条さんに着物の裾を掴まれた。


「次代は一の部屋です。一番がお好きでしょう」


「比和子と同衾どうきんする」


「乳離れなさい」


「断る」


 はぁぁ~っと大袈裟に溜息を吐いて額に手を当てた九条さんは、それでも裾を掴む手は離さなかった。


「次代。一の部屋は門番です」


「なんだと?」


「ここ哭之島には夜這いの習慣が残っているのです。特に外から来た女性は狙われやすい。昔は手籠めにしてしまえば婚約していようが既婚者ではない限り事実上の婚姻関係となりました。今では流石にそういった事実婚は認められませんが、それでも度胸試しや若者の筆卸しの為に受け入れる習慣が稀にあります。特に東側はそう云った傾向が強い。こちらは西側ですし、五村出身の者が多いので島の常識は罷り通りませんがね」


「九条さん! そんなところに私と二人で来ようとしていたんですか!」


 話されなかった島の暗部に私が青筋を立てる勢いで怒ると、九条さんはしれっと顔を背けた。

 少しくらいは後ろめたさがあったらしい。


「そんなもの、襲われたところで眼で止めておしまいなさい。それくらいは出来るようになったでしょう」


「なりましたけども!」


「だったら良いではないですか。それに結局次代と豹馬が共に来たのです。今さらならなかった事物をどうこう話してどうなりますか。ともかくそういった理由でこういう部屋が島にはいくつかあります。娘に夜這いを仕掛けられない様に」


「ならば尚更俺が比和子と同衾した方が安全ではないのか」


 どこかズレたところを主張する玉彦に九条さんは目を細めた。

 その様子に玉彦と豹馬くんが僅かに後ずさる。


「何度も何度も何度も。正武家の次代たるもの、場をわきまえなさい。軽々しくその様なことを度々口にされるのははしたない。破廉恥です。威厳というものは日々の生活の中、己を律することで培われます。生まれが正武家であるということのみで成り立つと胡坐をかいているのならば大間違いですよ。さっさとあちらで荷を解きなさい。これ以上の問答は必要ありません」


 反論の余地を与えられずに肩を落とした玉彦の背中を豹馬くんが押して一の部屋へと後退する。

 そして私はキャリーケースを持ち上げて三の部屋へと足を踏み入れる。


 窓が無いことを除けば普通の六畳間で、押し入れを開けるとふかふかのお布団が収納されている。

 立ったままバフッと顔を埋めると天日干しの良い匂いがした。


 僵尸は出るかもしれない、夜這いの可能性もある、おまけに島内の雰囲気は対立気味でしかも網元の家では先代の主が私的には不審死だし、とんでもない所に来てしまった。

 それにお寺では安らげるけれど一歩外に出れば神守の眼は常に臨戦態勢で神経が磨り減る。

 九条さんが以前言っていた視る必要が無い時は視えないようにすることという私の課題がここに来て浮き彫りになった。

 哭之島に滞在する理由は既になくなったかに思えるけれど、このままではきっと終わらないのだろう。

 なにせ私と玉彦が揃って五村に居る夏休みという時期は、私たち二人が望む望まないに係わらず絶対に騒動が起こってしまうのだ。


 畳まれたお布団の隙間に両手を伸ばし目を閉じ、私は誰に聞かせる訳でもなくただただ溜息が零れた。




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