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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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9


 哭之島唯一の網元は佐伯さえき一族。


 出迎えてくれたおじさんは佐伯航太郎(こうたろう)という人物で、代替わりする次の後継者、ではない。

 航太郎さんは先代の網元の弟だそうで、次の後継者は甥の八紘やひろさんなのだそうだ。

 しかし甥の八紘さんは先日とある出来事があり、両目を負傷して現在は家で療養しており、私たちの出迎えには叔父の彼が来てくれたらしい。


 ということをこれから寝泊まりさせてもらう網元の家へと歩きながらの道中で聞く。

 てっきり車で移動できると思っていたら、九条さんの一言で歩いて向かうことになった。

 網元の家は歩いて数分のところにあり、雑談がてらだとすぐに到着した。


 けれど私はその僅かな時間で、眼を合わせちゃダメな人たちを少なくとも三人は視た気がする。

 木陰でこちらをじーっと見ている布を纏っただけの人や、明らかにもう片手が落ちちゃってますよ、という人もいた。

 黒い靄の塊だけの人もいたし、私はその度に足を止めそうになって九条さんのステッキで足を小突かれた。


 基本的に五村ではそういったものを視ることは少ない。

 きっとみんな成仏しているんだと思う。

 それに澄彦さんや玉彦が定期的に出歩いているので、自動的に成仏させられてしまっていることもあるのだろう。

 現に木陰にいた人はものすごい勢いで玉彦目掛けて走って来て、体当たりする前に例の白い靄に包み込まれてしまった。

 穏やかな顔をして霧散していったので満足したのだろう。

 玉彦は何となく感じたのか無意識に肩を手で払っていた。


 網元の家は道すがら見かけた島民の家とは違い立派な日本家屋で、これだけでも他の島民とは段違いにお金持ちだと分かる。

 正武家の本宅ほどではないにしても、五村それぞれにある別宅ぐらいの大きさはありそうだ。


 私たちは一旦廊下に荷物を置いたまま陽当たりの良い客間へと通され、用意されていた座布団に腰を下ろして冷たい緑茶にホッと一息を吐く。

 四枚用意されていた座布団は横一列ではなく、前に二枚、後ろに二枚。

 玉彦は迷うことなく上座に座り、私はその後ろに座ったけれど九条さんに促されて本来なら彼が座るべきだと私が思った玉彦の隣に座り直した。

 そして玉彦の後ろには九条さんが、そして私の後ろには豹馬くん。

 九条さんは自分は既に稀人を引退しているからそちらと代わりましょうか、と豹馬くんに声を掛けてビビらせていた。


 程なくして高校生くらいの男の子に手を引かれた八紘さんと思わしき男性と、航太郎さんが姿を見せた。


 そして私は思うわけよ。

 こういうパターンの場合、跡継ぎの八紘さんはものすごくイケメンだったり格好良かったりするわけよ。

 そんでもって性格も良くって良い人代表な感じだったりするわけよ。

 でも私の予想はことごとく外れて、八紘さんは日焼けしてガタイの良い海の男で、頭にぐるぐると巻かれた包帯に隠された目がどんなものであっても恐らく普通の人。

 そしてちょっと、いやかなり俺様な人だった。

 そしてそして九条さんが先手を必要とした理由が良く解かるほど、この島の人間だった。


 互いに自己紹介を終えて、代替わりの儀式は二日後に執り行うことを確認して場は雑談へと切り替わる。


 襖の前に座っている高校生の男の子は八紘さんの四つ離れた弟の紘夢ひろむくんで、彼も高校生二年生ながら程よく日焼けしているところを見ると常日頃お仕事をお手伝いしていることが窺える。

 この時既に私は次代玉彦の婚約者であることは告げており、一瞬八紘さんが唇を噛んだのを見逃さずに見ていた。

 その意味が後々面倒事を引き起こす。


 澄彦さんが言っていた通り八紘さんは私たちと同じ年で、航太郎さんの兄である彼らの父は先日不慮の事故で亡くなったそうだ。

 たいして車も走っていなさそうな島の不慮の事故って何だろうと思っていても、何となく聞けない。

 本当に不慮の事故なのか、と疑っている様に思われても嫌だと言うのが本音である。

 というか私はぶっちゃけ正直、疑って掛かっている。


 だって八紘さんと叔父の航太郎さんはさっきからずっと島を今の様な漁村ではなく、企業誘致をして何かしたいとしきりに玉彦に話掛けていたから。

 その為には先立つモノと伝手が必要で、政財界にも縁のある正武家様なら、と熱心に口説いているけれど、当の玉彦は無表情のまま微動だにせず、頷かず、一言も喋らなかった。

 沸々と玉彦の溜まってはいけない何かのゲージを感じていた私は、振り向いて九条さんと豹馬くんにどうすんの!? という視線を送ってみたけれど、二人は我関せずと緑茶を啜っている。


 玉彦が二人を黙らす痛恨の一言を口に出す前に、ここは私が何とかしなくては。

  と、思っていたのに私が考えていたよりも早く玉彦のゲージは満タンになっていたようで。


「帰る。島を開発するのなら私は不要であろう。勝手にするが良い。縁あってここへと来ているのはいにしえの約束事の為である。島に手を入れると言うことは約束事を反故ほごにするもの。守られないのであればここにはもう用は無い。近々西側の者たちは引き揚げさせる。あとは勝手にせよ」


 それだけ言うと玉彦はスッと立ち上がって私を促し、そして後ろの二人にも目を向けて無言で帰るぞ、と悟らせる。

 これに慌てたのは見えている航太郎さんで、引き留めにかかったけれど玉彦は何も答えずに身を翻した。

 そして座ったままの八紘さんは空気が動いた気配を感じ取って腰を浮かせた。


「お、お待ちください。今回の代替わりの儀式だけは!」


「する必要もなかろう。代が替わり、島を変えるのであれば必要あるまい。そも開発をと口にするのであればこの島の謂れは昔の絵空事だと思っているのだろう? ならば我らが来たのは戯言であると思っているのが道理であろう。違うか? そしてあわよくばこの機会に金をたかろうとしているのが見え透いている。不快である」


 惣領の間の様に大股で座敷を出た玉彦の後を追った私の背後で、愉快気に九条さんが「以上でございます」と洒落っ気たっぷりに締め括ったのだった。




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