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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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8


 船に揺られて数十分。


 前方に島が見えてきた頃、九条さんは豹馬くんに声を掛けて一旦船を停めさせる。

 そして若い三人を甲板に並ばせ、手にしていた黒いステッキを島へと向ける。


 本日のお出掛け九条さんの格好は、黒い帯のカンカン帽に茶色の着物と袴を粋に着こなしている。

 ちなみに豹馬くんはクソ暑いと文句を言いつつ黒いスーツだった。


「次代と豹馬は既に知っているとは思いますが、あれが哭之島です」


 遠目に見える島は、左右に長く、両端が小高くなっているので、角がある鬼の頭に見えた。


「そして左右にある小島が西島と東島です」


 左手が西島、右手が東島。

 ということは方角的に西と東なのだろう。

 私たちの船があるのは南ということだ。


「哭之島はつづみの形をしており、こちら側にある湾には船着き場があり、反対側の湾は砂浜になっています」


 私はバックから出した手帳に島の形を書き込み、うんうんと九条さんの説明に頷く。

 正武家に顛末記がある様に、私の花柄の手帳は神守の覚書なのである。


「主に西側には移住した者、東には元々の島民、そして中ほどに網元の屋敷があります。私たちは網元の屋敷に滞在することになっています。注意事項として東側には不必要に足を踏み入れない様に」


「どうしてですか?」


「無駄な物事を避けるためですよ。昨日もお話しましたが、異物である四人が島に入り込むのです。昔からのしきたりとはいえ、良く思わない者たちもいます」


「いるんですか? だって自分たちの島を守るためなのに」


 網元の代替わりで僵尸が出れば、被害に遭うのは島民だ。

 それを見つけて祓う為にこうして玉彦や九条さんが訪れるというのに。


「最後に僵尸が現れたのはおよそ七十年前。この事を知っている者たちで生き残っている島民はもう数少ないでしょう。不可思議なるものの存在は普通の人間ならば信じないでしょう? それは島民も同じです。いつまで大昔の言い伝えを信じているのかと若い世代は懐疑的です。七十年前もそうでしたからね。今では尚更でしょう」


 ステッキを降ろして柄に軽く両手を乗せた九条さんは哭之島を見据え、少しだけ険しい顔を作った。

 九条さんから説明を受けた私たちはそれぞれに顔を見合わせて、豹馬くんは操舵室へと戻り、船を動かす。


 段々と近付いて行く島を九条さんの隣で眺めて思う。


 青空の下浮かぶ島は遠目に見てとても長閑に感じるけれど、大昔そこでは沢山の人が亡くなっている。

 戦国時代の合戦場跡地に栄えている都市では人々の流れに彼らはかき消されてしまう傾向にあったが、島はたぶん人の流れは無いだろうからそこに留まっている人もいるのかもしれない。

 そんなことを考えていると左の瞼が痙攣し、ちりりと眼は熱を持った。




 私たちを乗せて到着したクルーザーは漁港の一番左端、西側に停船した。

 とりあえず荷物を甲板に並べているとすぐに迎えの人々が現れてあれやこれやと手伝ってくれる。

 中には九条さんと顔見知りの年配の方も居たようで、玉彦と九条さんに駆け寄り、何度も頭を下げて挨拶をしていた。

 きっと最近島へ移住した人なのだろう。そうじゃなければ九条さんはともかく、玉彦の顔は知らないはずだから。


 揺られ続けていた船から波止場に降りてもまだ足元が揺れている気がして、私は持ち手を伸ばしていたキャリーケースの持ち手に体重を預ける。

 船上では爽やかに感じた潮風は陸では湿気を帯びていて身体に纏わりつくような不快感があった。

 それに何だか生臭いような気もする。

 九条さんとの修行で、基本的に生臭く嫌な臭いだな、と感じる時は良くないモノが近くにいる証拠だと教わっていた私は、僵尸の話を聞いていたこともあり身構えたけれど視える九条さんや豹馬くんは特に何も言わないのでただの潮の匂いなのだろう。


陸酔(おかよ)いしたか?」


 心配気に私のところへと戻って来た玉彦が近寄ると、持っている匂い袋の夏の緑の香りが生臭さを消す。


 いやいやいやいや、ちょっと待ってよ?

 匂い袋一つで生臭さって消えるもの?

 着物に焚き染めているならともかく、通りすがりにふんわりと香る程度の匂い袋で。


 複雑な思いを持って九条さんを見ると、ただ口角を上げて微笑む。

 その微笑みはどっちなんでしょうか……。


 出迎えてくれた人たちは島の西側から来た人たちだったようで、最近の五村の様子を九条さんに聞いては笑い合っている。

 するとしばらくしてから、この島にそぐわない紋付き袴の出で立ちをした中年男性を筆頭に十数人の人たちがぞろぞろとやって来た。

 もう見るからに自分たちは偉いんだぞオーラを放っていて、私はこっそり玉彦の影に隠れる。


「ようこそ御出で下さいました!」


 恰幅の良い体躯に似合った銅鑼声を上げたおじさんはかなり日焼けしており、今は紋付き袴姿だけれどきっと間違いなく漁師さん。

 私のお祖父ちゃんもそうだけれど、中年以降の外仕事をするおじさんは無駄に声が大きい人が多いのは経験済みである。

 おじさんの取り巻きが九条さんの周囲にいた人たちを押しやり、ますます私の中で彼らはちょっと嫌な人に感じる。


「正武家様。御門森様」


 おじさんは玉彦と九条さんにそれぞれ頭を下げたけれど、正武家様と呼んで九条さんに、御門森様と呼んで玉彦に。

 豹馬くんと私は逆だよっ! と心の中で突っ込みを入れて苦笑いをして、押しやられていた西側の住民の人たちはぎょっとしてすぐにおじさんに駆け寄り耳元に口を寄せた。


「えっ!?」


 驚きの声をさっきの挨拶よりも大きく上げたおじさんは二人に、というか主に玉彦に平謝りをして額に汗を浮かべた。

 その様子を後ろで見ていた豹馬くんが私にだけ聞こえるように囁く。


「ここは五村じゃないから次代の顔を拝む機会が無いしなー」


「でも普通は連絡が来てるんだからどっちがどっちだか分かるでしょうよ」


「西にも東にも連絡は入れた。けど情報共有をしていないところを見れば大体想像は付くだろ。見ろよ」


 さっきまで九条さんと談笑をしていた人たちはおじさんたちの集団の後ろでどことなく含み笑いをしていて、おじさんたちが恥をかいたのを楽し気に眺めているように見える。

 そしておじさんたちはそんな西側の住人を苦々しく睨んでいた。



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