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「それで出発は?」
「お昼過ぎにって今朝九条さんから」
「あいつもせっかちだなぁ」
「澄彦さんとお父さんが揃って面倒事が起こる前にとんずらしますって言ってました」
九条さんの言葉を伝えると、澄彦さんはもう大人なんだから~と笑ったけれど、たぶんそういうことになるんだろうと思っている私は南天さんに同情を禁じえなかった。
「九条の見立てでは十日ほどになるそうである」
「十日? それは随分だな。準備は怠るなよ」
「言われずとも解っている」
「それと島でジェットスキーには絶対に乗るな」
「なんですかそれ」
澄彦さんの的外れな忠告に首を傾げると、玉彦は大袈裟に溜息を吐いて箸を置いた。
「昔哭之島で馬鹿者どもがジェットスキーに乗り、仕掛け網の上を走り抜けて網を全て駄目にしてしまったのだ」
もしかしなくても馬鹿者どもは澄彦さんとお父さんだ。
島の産業に大ダメージを負わせれば出入り禁止にもされるよねぇ……。
ちなみにジェットスキーに乗るためには免許が必要なのだけれど十六歳から取得でき、玉彦も豹馬くんも須藤くんも持っているそうだ。
この三人は何が楽しいのか乗物に関する免許を呆れるくらい取りまくっている。
玉彦なんて絶対使う機会が無い癖に、フォークリフトの資格まで持っていた。
流石に空を飛ぶことはないだろうと思っていた私だけれど、須藤くんは既に飛べるそうだ。
三人は一体何を目指しているのか疑問である。
私なんてつい先日、ようやく玉彦を説き伏せて自動車免許を取ったばかりだ。
「盆も過ぎて海に入ることは無い。比和子、間違っても水着を持って行こうなどと思うなよ」
「う、うん」
既に私の旅行バックには玉彦と私の水着が入っていたので、こっそり出しておかなくては。
そんなこんなで私たちは午後になってから赤石村へと向かい、須藤くんと漁師さんたちに見送られて豹馬くん運転で船出したのだった。
正武家はお金持ちだと知ってはいたけれど、赤石村の漁港には所有するクルーザーが数隻あった。
正武家に普段使用されないことがほとんどで出番の無いクルーザーたちは、壊さないことという澄彦さんとのお約束のもと、赤石村に貸し出されている。
なので船を持たない五村の人たちが海釣りへ行く時などに使われているそうだ。
今回は中型のクルーザーで哭之島へと向かうことになって、つい最近免許を取った豹馬くんが操縦している。
フェリーには乗ったことがあったけれど、こういった海面が近い船に乗るのが初めての私は無駄にテンションが上がって船首付近に立って全身に風を感じて目を閉じた。
爽やかに潮風が流れ、もう八月下旬だけど夏だー! と実感する。
最近お屋敷ではずっと着物だった私は久しぶりにワンピースを着たこともあって、なおさら開放感を感じていた。
ワンピースを選ぶにあたって玉彦が白が良いと言うので着てみればなんとなく下着が透けて見えると解り切っていた事を言って勝手に頬を膨らませたので、結局無難なグレーで清楚なものになった。
それでも足元の開放感たるや! と玉彦風に心で言って振り向く。
相変わらず夏仕様の紺の着物で変わり映えがしない玉彦は海を眺めてなぜか無表情だった。
もともと感情を表に出すのが得意ではないので、これが平常運転と言えなくもない。
「玉彦! 玉彦っ!」
私は船首付近で両腕を大きく広げて名前を呼ぶ。
「なんだ」
「タイタニックごっこしよ!」
「……」
怪訝な表情に変わった玉彦に私も怪訝になる。
「玉彦?」
「沈没させるのか?」
「はっ!?」
「タイタニック号は沈没した客船である」
「いやそうだけども。……もしかして映画観てないの?」
首を縦に振った玉彦に私は思う。
興味が惹かれるものはとことん追求するけれど、自分に必要の無いものに対しては全くの無関心なのが玉彦だ。
映画はお屋敷に帰ってから観せることにして、私は彼の手を引き船首に戻り、強制的に後ろから抱きしめさせてその姿を九条さんに渡したスマホで撮影してもらった。
そしてそのスマホを今度は玉彦に渡して、九条さんとのタイタニックごっこも撮影。
九条さんは玉彦と違って映画を観ていたらしく、ニコニコして応じてくれる。
操舵室からこちらを見ていた豹馬くんは目を丸くしていた。




